どもる君へ、今、伝えたいこと
           はじめに

 この本を手にとってくれた君、ありがとう。
 君がこの本を手にとって読み始めてくれたことが、ぼくはとてもうれしい。ぼくはこれまで10冊のどもりに関する本を書いているけれど、この本を書いているうちに、これが、ぼくが一番書きたかった本なんだと気がついたからだ。
  どもりは、「そんなことぐらい気にしないで」と周りから言われるほど単純で軽いことじゃない。
 どもりは、とても人間らしい悩みで、古くは紀元前のギリシャの時代から、どもる人の悩みは記録として残っている。また何人もの小説家が自分のどもりについて書いている。
 大昔からたくさんの人がどもりに悩み、どもりを治そうと、努力してきたことも伝わっている。どもりを研究する学問も、100年近い歴史があり、どもりを軽くしたり治そうと指導する臨床家といわれる人が世界中にたくさんいる。
 君がどもることで困り、悩むのは当たり前のことなんだ。ぼくなんか21歳まですごく悩んでいたし、世界的に活躍した有名な人で、30歳や50歳まで悩んでいた人がいる。君がひとりで考えるほど簡単なことではない。
 ぼくは深刻に悩んでいたとき、真剣にどもりに向き合ってこなかった。21歳の夏に、初めて同じようにどもる人と出会ってから、勉強し始めた。それから40年以上、どもりに取り組み、どもりについて考え続けてきた。
 どもる人の会や研究会をつくり、世界大会を初めて京都で開き、国際組織を作った。また、子どものための吃音親子サマーキャンプは今年で19年になる。世界のたくさんの人の体験が集まったことで、どもりとどのようにつきあえばいいか、ぼくなりに整理ができた。
 だから今、ぼくが40年以上考え、実際に行動して、失敗したこと、とてもよかったことを、君のようにどもることで困ったり、悩んでいる人に伝えたかったんだ。
 ぼくは今、たくさんの友達がいて、自分の好きな仕事をし、充実した楽しい人生を送っている。今からみると、なぜあんなに悩んだのだろうと不思議なくらいだ。だけど、あんなに悩んだから今のぼくがある。悩んだことに意味があったんだ。
 自分の人生は良かったと思えた瞬間に、過去の苦しかったことは、オセロゲームの黒がばたばたと白に変わるように、大切な意味のある経験に変わる。
 ぼくが幸せに生きられるようになったのは、偶然の人との出会い、本やできごととの出会いのおかげだ。あのとき、あの出会いがなかったら、ぼくはまだ悩んでいたかもしれない。
 人や本やできごととの出会いはとても大きな意味をもつ。だから今、君と出会えたことが、とてもうれしい。
 誰も君の人生を代わりに生きてあげられない。君がどんなにつらくても、悩みの中から自分の力で自分の人生を見い出していくしかない。君とぼくとは違うけれど、ぼくの経験を伝えることで、少し、君の役に立てそうな気がする。
 子どもの頃に、どもりの正しい知識や考え方を教えてくれる人がいたら、違う学童期、思春期を送れただろうと思う。
 悩み方に上手下手と言うのは変だけれど、ぼくは逃げてばかりいたから、損な悩み方をしてきたと思う。人間は悩みながら生きていく。悩んでもいいけれど、悩みが君にとって意味のあるものになるために、君とどもりについて一緒に考えたい。
 ちょっと違った見方が君に広がればいいなあと思う。
 たくさん失敗してきた先輩として、「こんなことには気をつけてね」と書きたかった。少しでも参考になればうれしい。
 君にとって、内容が少し難しいところがあるかもしれない。その時は、家族や先生に手伝ってもらって読み進めてほしい。この本がきっかけで、君が周りの人にどもりについて話し、一緒に考えるきっかけになればいいね。
 質問は、吃音親子サマーキャンプや電話相談でよく受けることだ。そのほか、ぼくの仲間の小学校のことばの教室の先生が教室で子どもから受ける質問を出してくれた。
 君が質問したかったことがあればいいけどね。読んで疑問が出てきたり、違う質問があれば、メールでも手紙でも電話でもファックスでもいいから質問してほしい。
 この本の後ろに、ぼくの住所や電話番号、メールアドレスを書いておくから、困ったときはいつでも連絡してほしい。
 ちょっと先を歩いてきたどもる人間として、一緒に考えたい。ぼくはいつも君の味方だから。決してひとりで悩まないでね。
                                 伊藤伸二