伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2023年10月

第11回 吃音と向き合い、語り合う 伊藤伸二・吃音ワークショップin東京

 東京ワークショップは、「吃音を治すことにこだわらず、吃音と共に豊かに生きていくことを目指そう」と、大阪を基盤に活動している僕と僕の仲間と一緒に、吃音の問題について考え、話し合い、吃音との上手なつきあい方を探る関東地方での吃音ワークショップです。 これまで毎年1月に開催し、今回で第11回目となりました。参加者ひとりひとりの吃音の悩み、知りたいこと、体験したいこと、学びたいことに関わり、それを皆で共有し、「当事者研究」のように進めていきます。毎回、どもる人の人生に深く共感し、場を支える参加者と共に、豊かな時間を味わっています。人とのつながりを再確認できる場でもあります。
 人生について、吃音について深く考えたい方、どもりながら生きていく上でいろんな思いを抱えている方、どもる仲間とじっくり話したい方、僕や日本吃音臨床研究会の活動に関心があっても大阪まではなかなか行けない方、この機会にぜひご参加下さい。
 人生の途中で少し立ち止まって、吃音について、自分について、人生について、考える時間をもつことは、意味あることだと思います。ご一緒できれば幸いです。

 内容は参加者の要望によって組み立てますが、次のようなことが考えられます。
◇吃音を生きる、論理療法、交流分析、認知行動療法、アサーティヴ・トレーニング、健康生成論、レジリエンスなどについて
◇吃音で苦戦している問題についての具体的対処
◇どもって声が出ないときの対処・サバイバル
◇吃音を治す言語訓練に代わる、日本語の発音・発声のレッスン
◇今、困っていることや悩んでいることの課題を明らかにし、展望を探る公開面接<対話>
◇当事者研究の手法を用い、やりとりをしながら、今後の対処を明らかにする
         
□日時 2024年1月8日(月・祝)   10:00〜17:00
□会場 北とぴあ 東京都北区王子1−11−1  TEL 03−5390−1100
      JR京浜東北線「王子」駅北口徒歩2分
      東京メトロ南北線「王子」駅ト崕亳直結
□定員 18名  
□参加費 5,000円…当日、受付でお支払い下さい。
□申し込み方法…メールか電話、FAXでお申し込み下さい。 
 〔樵亜´年齢 住所 づ渡暖峭罅´タΧ函´ο辰傾腓辰討澆燭い海箸篳垢たいこと О貌伸二・吃音ワークショップを知ったきっかけ  
□申し込み締め切り 2024年1月7日(日)
□申し込み先  日本吃音臨床研究会・伊藤伸二
メールアドレス jspshinji-ito@job.zaq.jp
TEL    090-1228-2360 
FAXの場合   072-820-8244 (2023年12月25日まで)

第25回島根スタタリングフォーラム〜幼児期こそ、非認知能力を〜

集合写真 第25回島根スタタリングフォーラムのことを報告してきました。
 フォーラムには、幼児教室の担当の方がスタッフとして何人か参加しておられました。小学2年生の秋までは吃音に全く悩んでいなかった僕の経験から、幼児期の対応がとても大事だと考えています。フォーラムでは、詳しく話せなかったことなのですが、こんなことをいつも話しています。

 3歳頃からどもりはじめた僕は、2年生の秋までは、どもってはいたけれど、明るく元気で活発な子どもでした。小学2年生の秋、学芸会でせりふのある役を与えられなかったことで、悩みを深めていきました。悩み始めたきっかけについてはよく書いたり話したりしてきましたが、明るく元気で活発だった頃のことについては、ほとんど触れることはありませんでした。

 僕の家の近所に、絵本や幼児教育の専門家で、絵本カフェを開いている長谷さんという方がいます。散歩の途中、偶然、そのカフェをみつけてふらりと入り、そこでいろいろとお話をしました。そこで開かれている絵本の講座にも何回か参加しました。「ムーミン」「キューピー」「くまのプーさん」「ピノキオ」などの絵本について、その時代背景や作者の意図することなど、たくさん教えてもらいました。これまで絵本は好きでしたが、こんなに深く考えたことはなく、絵本の世界を広げてもらったことになります。僕が取り組んでいる吃音についてもお話し、その中で、幼児教育について、幼児期の新指針・要領についてもお聞きしました。その新指針が、以前から注目して読んでいたヘックマンや非認知能力と結びつきました。

 ノーベル経済学賞を受賞したヘックマンは、乳幼児期に注目し、「教育は開始時期が早いほど費用が大きくかからず、成果が出やすい。その教育は、認知能力だけでなく、非認知能力の育成が大事だ」としました。
 認知能力は、記憶力や思考力などに代表される知性といわれるもので、非認知能力は、情動や感情に関連する能力です。非認知能力とは、具体的には、たとえばこんなものです。
‘颪靴げ歛蠅鯀阿砲靴討眥めずやり抜こうとする粘り強さ、忍耐力(グリット)
◆屬海Δ笋辰燭蕕匹Α」「いいね、じゃあ、これは?」などと他者を受け入れながら、相互に対話(コミュニケーション)して協力できる社会性
Kが一失敗しても「大丈夫」「次は成功するよ」と気持ちをコントロールできる自信や楽観性
 僕がどもっていても、明るく元気で活発だったのは、きっと小学2年生までは、その非認知能力が発揮されていたということになるのでしょう。幼児教室の担当の方には、その非認知能力を育てることを大事にしていただきたいと願っています。それが、その後の学童期、思春期を支える土台になります。
 吃音に関しては、幼児期は環境調整といって、直接ことばを指導するのではなく、聞き手の受け止め方へのアプローチが主でしたが、最近は、リッカムプログラムが導入され、家庭で保護者が子どものことばを指導することが広がりつつあるようです。本来、家庭は安全であるもので、どんなにどもっても聞いてもらえる場であってほしい。その家庭に、短い時間とはいえ、言語訓練をもちこむことに僕は大反対です。どもらないようにするための言語訓練ではなく、非認知能力の育成と関連して、子どもの好きな絵本を一緒に読んだり、子どもが読むのを親が楽しく聞くことが大切です。家庭は子どもの安全基地であって欲しいのです。

 もうひとつ、引っ越しをして、転校するという両親から質問が出ました。
 今まで、島根では当たり前のように受けていた、「吃音と共に豊かに生きる」を方針にした、幼児・ことばの教室での指導が受けられなくなる。新学期から行くことになっている引っ越し先の市のことばの教室で話を聞いたら、吃音の改善を目指して言語訓練をしているというので、そのようなところには行かせたくないというのです。親がこのように二つの方針の中から、自分で考えて選んでいることが素晴らしいと思いました。
 僕は、どもるからことばの教室に行かなくてはならないものではなく、そのことばの教室はどんな考え方をもっていて、どんなことをしているのか、確かめ、実際に見て、通わせるかどうか判断することが大事だと話しました。
 以前にも、ことばの教室の担当者に、親として大切にしたいことを伝え、方針を変えてもらった人もいました。どうしてもそれが聞き入れてもらえなくて通級をやめた人もいました。親が吃音についてしっかり勉強し、信念をもっていることに敬意を表します。ちまたにあふれる、どもっていてはかわいそう、少しでも改善すべきだという大多数の考え方に、疑問をもっている親は決して少なくないのです。
 どんなにどもっても、家庭では安心して聞いてもらえる。家庭は、安心、安全な場でなければならないのです。吃音の情報に惑わされないためにも、親も吃音について学ぶ必要があります。島根で出会った両親のように、吃音の情報を吟味し、今、子どもにとって何が大切かを見極め、自分が信じた吃音についての考え方を説明することばを持ちたいものです。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/29

第25回島根スタタリングフォーラム 2日目 〜転ばぬ先の杖ではなく、生きる力を〜

会場全景 2日目は、近くの浅利富士への登山から始まりました。僕は、パスして、朝食から合流です。
 午前9時から12時まで、保護者との対話の時間が始まりました。昨日、さんざんしゃべったけれど、まだまだ話したいことはあります。保護者からの質問もまだ残っています。

○伊藤さんと連絡をとりたいときは、どうしたらいいか。
 日本吃音臨床研究会のホームページリニューアルの話をしました。そのいきさつもドラマチックです。そのホームページの中に、僕の連絡先が書いてあります。電話も住所も、問い合わせフォームから入ってもらうと、メールでつながることもできます。
○中学生でも声を出すことはした方がいいのか。
 年齢に関係なく、人間にとって大事なことです。親が声を出している姿を見せることも大切でしょう。親が自分の好きな小説や、新聞記事を声を出して読むことを日常的にしていることは、自分にとっても子どもにとってもいい影響を与えるでしょう。
○弟は、兄の吃音に関心がないけれど、いいのか。
 関心がないのが当たり前だろうと思います。それでいいです。でも、今回も、このフォーラムに参加しているのだから、きっと何か感じ取ってくれるでしょう。まあ、感じ取っていなくても構わないのですが。

 ひとつの質問から、話はどんどん広がります。今回、保護者との対話でキーワードになったのが、「治す努力の否定」と「転ばぬ先の杖」でした。

最後のアップ 「治す努力の否定」は、僕が大阪教育大学にいるとき、治すこと、治そうとすることが却って悩みを深く大きくすることから、治す努力をやめようと提起したものです。何か障害になることを治すことは、ある意味当然のことで、努力することは美徳とされているのに、それを否定するということは、とてもセンセーショナルで、反発も、誤解、曲解もたくさんありました。治ることもあるだろうに否定するのか、努力は大事だろう、全ての努力を否定するのはけしからん、など。治すために使っていたエネルギーを、より良く生きるエネルギーに変えようという提案だったのですが、そう受け取ってもらえないことも少なくありませんでした。大勢の人たちが吃音を治そうとして失敗してきたことを繰り返したくありません。報われる可能性のあることに努力をするために、報われない努力は諦めようというのです。そこで、僕は、ニーバーの祈りを紹介しました。

変えることができることは、変えていく勇気を
変えることができないものなら、それを受け入れる冷静さを
変えることができるかできないか、見分ける智恵を

 「転ばぬ先の杖」は、合理的配慮との関連で、最近、よく話すテーマです。この話も誤解される可能性があるのですが、話す必要があると考えて話しました。合理的配慮については、基本的にいいことだと思います。ただ、それが過ぎると、あるいはそれに頼りすぎると、子どもの生きる力を奪うことにつながるのではという心配をもっています。必要な支援、必要な配慮をしてもらうことに異論はありません。ただ、その支援、配慮がないと、何もできないというのでは、この世知辛い世の中を生きていくことはできないのではないかと思うのです。理解してくれる環境ばかりではありません。自分にとって厳しい環境も、これから待っているかもしれません。そのときに、だめになってもらいたくないのです。どんなに環境が悪くても、それなりに自分なりに、自分を支え、生き抜いてもらいたい、その力を子どもの頃に培ってほしいと願います。親として、目の前に障害があるなら取り除いておきたいと思うのは、当然ですが、子どもと話し合って、どうするか決めてほしいと思います。子どもが自分の力で取り除くのか、誰かの力を借りて取り除くのか、子どもに選択権があります。がんばるところ、逃げるところ、助けてもらうところ、どの場面でどれを選ぶのか、子どもに任せたいものです。

 黒板に予め書いておいた、幸せ生きるために、共同体感覚、言語関係図、ストレス対処力などのことばの説明を具体例を挙げながらしました。これらを知っておくことで、今後の生活に役に立つと思います。

 昼食後、最後のプログラムです。保護者との対話のラスト、90分が始まりました。僕は、そこで、吃音親子サマーキャンプに宮城県女川町から参加した阿部莉菜さんの話をしました。彼女の書いた作文「どもっても大丈夫!」も読みました。今回は、彼女の体験を、健康生成論の一貫性感覚(センス・オブ・コヒアレンス)の、把握可能感、処理可能感、有意味感にからめて話してみました。彼女は、サマーキャンプに来て、自分が不登校になっていることをグループのみんなに話しました。グループのみんなもいろいろ質問をして、それに答える中で、彼女は、自分の経験を整理することができました。これが把握可能感です。そして、彼女はサマーキャンプから帰ってから不登校だった学校に行き始めます。処理可能感に気づいたからです。自分には、助けてくれる仲良しの友だちがいる、理解してくれる仲間もいる、何より力強い家族がいる、それらの力を借りて、行きたい学校に行けるようになります。また、キャンプ前にお父さんが言っていた「吃音は、いい肥料なんだよ」のことばや、キャンプでグループの子どもたちが言ってくれたことばから、自分にとって吃音は意味があるものなんだという有意味感をもつことができました。これで、健康生成論の説明ができました。
 ひとりひとりの感想をお聞きして、時間きっちりと終わりました。長丁場につきあってくださった保護者のみなさんに感謝の気持ちでいっぱいです。

終わりの会 子どもたちは子どもたちの活動が展開されていたようです。子どもたちの話し合いの中で、どうしても僕に聞きたいことがあるというので、最後のおわりの会のときに、質問を受けました。その質問とは、「どうしてどもるのですか。吃音の原因を知りたいです」でした。
 これは、よく質問されることです。僕の答えは、決まっています。「わかりません。どうしてどもるようになったのか、分からないのです。たくさん研究されてきましたが、分からなかったし、きっとこれからも分からないでしょう」
 ところが、分からないと言っても、どうしても知りたいという子どもがいます。以前、島根のスタタリングフォーラムに参加していた子もそうでした。別のことで島根県に来ていた僕の宿泊ホテルまで「どうしてどもるのか、知りたい」と訪ねてきました。仕方なく、僕は、こんな話をしました。
 空気中に、どもり菌がいて、ふわふわと浮かんでいる。ある人は、口に入ってもぺっと吐き出してしまうけれど、ある人はそのまま飲み込んでしまう。飲み込んでしまった人がどもるようになったんだよ。この話に、その子は納得したようでした。その子というのが、今回も参加しているOBの稲垣君なのです。

 今回、スタッフの中に、幼児教室担当、幼稚園のことばの教室担当の人が何人も参加していました。島根は、小学校はもちろんですが、他の県と比べて、中学校のことばの教室も充実していて、幼小中の先生がそろっていました。幼児期が大切だと思っている僕にとって、これはありがたいことでした。
 僕のどもりの悩みの始まりは、小学校2年生の秋の学芸会からだということは、いろんな所で話したり書いたりしています。どもり始めたのは、多くの人がそうであるように3歳前後らしいですから、3歳頃から小学校2年生までは、どもっていたけれど、明るく元気で活発な子だったのです。「どもっていたけれど、明るく元気で活発な子だった」ということ、このことについて、もう少し話したかったなあという思いが残ります。
 島根のフォーラムの報告は、今日で終わるのですが、この幼児期のことについては、明日に続きます。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/25

第25回島根スタタリングフォヘラム 1日目 4年ぶりのフルバージョン開催から保護者との濃密な対話の時間から

 第25回島根スタタリングフォーラムに参加するため、前日の10月20日に島根入りをしました。昨年は1日だけ、一昨年は僕は自宅にいてZOOM参加、その前はコロナで中止。今年は、2019年以来、4年ぶりの1泊2日のフルバージョンのフォーラムです。
 浜田駅前のホテルにチェックインして、そのホテルの真向かいにあるレストランを予約しました。店の名前は、ケンボロー。豚肉がとてもおいしいお店です。このケンボローは、べてるの家の向谷地生良さんとばったり会った思い出深い店です。北海道の向谷地さんと大阪の僕が、浜田の小さいレストランで偶然出会うという不思議なことが起こったところでした。ここへ来ると、いつもそのことを思い出します。
 
出会いの広場 10月21日、会場である島根県立少年自然の家に向かいました。前日は、時折雨も混じる天気だったのですが、初日はきれいな青空になっていました。会場に着くと、事務局の森川和宜さん、受付には藤川さん、何年か前、ホテルまでの送迎をしてくれた伊津さん、小学生のときから参加していて今は青年スタッフになっている稲垣君など、顔見知りのスタッフが迎えてくれました。前の事務局の佐々本さん、どうしても予定が入っているので参加できないけれど顔だけ見たいと、地元のおいしい水を持って、立ち寄ってくれました。初めて参加するというスタッフが多いのですが、温かい雰囲気が以前と変わらず、僕を迎えてくれました。故郷に帰ってきたような安心感が広がりました。

 全体に向かって10時30分、フォーラムが始まりました。出会いの広場は、流水さん。ポンポンポンと軽快な手拍子をもとに、参加者の気持ちをリラックスさせていきます。そのよどみない的確な指示で、みんな、魔法にかかったように、いつの間にか、笑顔になっていきました。
 昼食の後は、90分、どもる子ども、その保護者、スタッフのことばの教室の教員の参加者全員を前に、僕が話をすることになっていました。対象がこれだけ幅広いと話が絞れず、難しい展開になりそうだったので、急遽、お願いして、ことばの教室の担当者に前に出てもらい、僕とやりとりをしながら、参加者もまきこんでいこうということに変更してもらいました。「夫婦漫才でいいなら、しますよ」と言ってくれた伊津さんに感謝です。事前に出してもらった質問や、その日に出してもらった質問に答えていきましたが、伊津さんと少しやりとりをするので、立体的になったようです。
 たとえば、こんな話題が出ました。

○全校生徒に、自分の吃音のことを先生から話してもらった。だから、みんなは、ぼくの吃音のことを知っているはずなのに、忘れるのかわざとなのかは分からないが、「なんで、そんな話し方なん?」と聞いてくる。そういうことがあると、イライラするし、悲しくなるし、嫌になる。
 伊津さんは、全校のみんなに話したと言うけれど、聞いている方は、自分ごととして聞いていないんじゃないか、と言います。僕も、全校生徒に分かってもらうのは無理だと思ってほしいとまず言いました。分かってもらえないというのが前提です。からかわれたり、笑われたり、いやな思いをした、そのとき、その場で、目の前の相手に伝えるしかないと思います。そして、からかわれたときの選択肢として、その場から立ち去るというのもアリだと知っておいてほしいと思います。立ち向かうことも大事だけれど、逃げることも大事なのです。
親と 一回目 これに似た話題は、今年の鹿児島県の大会後の吃音交流会でも、吃音親子サマーキャンプでも、ちばキャンプでも出ました。永遠のテーマだろうと思います。僕は、自分の経験を話し、広く吃音を理解して欲しいという前に、目の前の身近な人に自分のことばで吃音をどう理解して欲しいかを伝えていくことをすすめました。そして、からかってくる子どもはどんな子どもなのかを研究しようと勧めます。からかってくる子どもに目を向けると、子どもたちからは、意地悪な子ども、周りからも嫌われている子ども、イライラしている子どもなどいろいろと出てきます。「残念な子ども」と言った子がいました。では、その、からかってくる残念な子どもに対しては、しっかりとその相手を見て「あなたは残念な人ですねえ」と言ってみたらどうかなあと提案した、鹿児島市のことばの教室でウケた話をしました。過去と他人は変えられません。自分の受け止め方を変えるしかないのです。

○話しにくくて恥ずかしい。ことばにつまらずに話したい。
 残念ながら、吃音の原因も分からないし、治療法もありません。おそらく、今後、研究がすすんだとしても、どもる人全員に有効な治療法はみつからないでしょう。恥ずかしい気持ちを恥ずかしくないように変えるのは無理です。その気持ちを克服するのは無理です。恥ずかしいという気持ちは持っていていいのです。大切なことは、恥ずかしくても発表することです。どもる人は、どもりながら、しゃべっていくしかありません。
 その他、流れ星を見て願い事をしたことがあるか、吃音がなかったらどんな人生だろうか、吃音のある人でオレ以上だと思う人はいるかなど、ユニークな質問もありました。
 ひとつひとつ丁寧に話していきました。伊津さんがそばにいて、合いの手を入れてくれるので、落ち着いてゆったりとすすめることができました。全員参加の90分間、最初のプログラムを無事終えることができました。心配していましたが、とてもいいスタートが切れました。  
 この後は、保護者と子どもは別プログラムです。
 僕と保護者が3時間、対話するプログラムが始まりました。初めに、さきほどの1時間半の話を聞いた感想を聞かせてもらいました。感想を聞いて、また僕がレスボンスをしていくので、ゆったりとした時間の流れの中で、僕は、たくさんのことを考え、思い出し、話しました。きっと、参加された保護者も同じだったろうと思います。
 島根のフォーラムでは、僕と保護者の時間として、3時間が2回の計6時間と、振り返りの90分と、長くとってあるので、急がず、ゆったりとすすめることができます。参加者も、初参加の人が多く、フレッシュなメンバーで、なんだか僕も、新鮮な気持ちになり、わくわくしながら、話を聞き、しゃべるという、対話の醍醐味を味わっていました。

・会話をしていてどもったとき、予想できることは代わりに言っていいのか、待った方がいいのか。
・今、6歳で、自分の吃音に気づいているのかどうか、分からない。気づくまで待っていたらいいのか。
・通級教室が整っていない所に引っ越すことになっている。親としてできることはあるか。
・予防としてワクチンの話が出たが、ワクチンをうつタイミングはあるか。
・幼児期は、何を大切にしたらいいか。

 一つ一つの質問に対して、いろいろな角度から答えていると、本当に長くなります。これまでに学んできたこと、出会ってきたどもる子どもやどもる人の体験、それらがひょいひょいと顔を出してくるので、たくさん話してしまいます。
夜 スタッフと 3時間があっという間に終わり、夕食。その後、ケーキを食べながらおしゃべりをしようという会、そして、夜8時から、子どもや保護者は、キャンドルの集いをしましたが、僕は、このフォーラムへの参加回数が1、2回の人たちから質問を受けることになっていました。45分間の授業の組み立て方、声を出すレッスンのこと、幼児に対する指導で大切にしたいこと、吃音に気づいていない子への取り組み方、子どもの吃音の波に一喜一憂する保護者への対応、など途切れることなく質問を出してくれました。僕の頭が、フル回転しているのが分かります。予定の時間をはるかに超えて、刺激的で、知的な興奮を起こさせてくれた、いい時間を過ごしました。随分と話し続けたことになります。
 僕の話を真剣に聞いてくれる人たちがいる、幸せな気持ちで、島根スタタリングフォーラム一日目を終えました。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/24

継続は力〜25回目を迎えた島根スタタリングフォーラム〜

 明日からの週末、島根県立少年自然の家で、島根スタタリングフォーラムが開催されます。僕は、第1回からずっと参加しています。前日の今日、島根入りをしました。今年で25回目となる島根スタタリングフォーラム、滋賀県での吃音親子サマーキャンプに次いで長寿となりました。
 事務局を引き受けることばの教室担当者は変わりますが、大切にしてきたことは変わらず、引き継がれています。文化を繋いできた歴代の担当者に敬意を表します。
 「スタタリング・ナウ」NO.96 2002.8.23 の巻頭言は、島根スタタリングフォーラムのことを書いています。明日から始まる第25回のフォーラムの前夜、この巻頭言を紹介します。吃音親子サマーキャンプがまだ13回目の時の文章です。今年は32回目のキャンプだったので、とても懐かしく、自分が書いた文章を読み返していました。

    
継続は力
             日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 まさか、ここまで続くとは思わなかった。島根スタタリングフォーラムのことだ。第1回が、予想外の多くの参加者と熱気に包まれて終わった。その終わりの会の余韻にひたりながらスタッフ数人で会場近くのログハウスでコーヒーを飲んでいた時、「やったね!よかった、よかった。じゃこれでおしまい、とするのはもったいないね」という話が、誰からということなく出されていた。その輪の中に、ここまで継続をさせた仕掛け人、宇野正一さんがいた。
 ことばの教室関係では、言語障害児の療育キャンプの歴史は古い。全国各地で、毎年キャンプが行われている。しかし、どもる子どもだけを対象にしたキャンプは、私の知る限りでは、これまでは私たちの吃音親子サマーキャンプ以外にはなかった。だから、島根でスタタリングフォーラムが企画され、私も関わることができたとき、本当にうれしかった。吃音親子サマーキャンプの実践が、島根の地に小さな種を落としたような感じがした。だから、続いて欲しいとは願ったが、実際に続いていくとは思えなかった。続けるには、初めて行うのとは質の違ったエネルギーがいるからだ。そのエネルギーが、島根のことばの教室の担当者にはあったことになる。それを宇野さんは、「手弁当、自腹を切ってでも参加したい、いい意味での〈アホ〉なスタッフがたくさんいるからだ」と言う。
 さて、4回目のフォーラムのスタート。親のグループは、吃音への思いや、吃音について知りたいことをもり込んだ自己紹介から始まった。ひとり、ふたりと自分を語っていく中で、「うーん。これは何だ?」という不思議な思いにかられた。これまでの3回とは明らかに違う風が吹いていた。余裕というか、温かいというか、安定感といっていいのか。複数回参加している人の顔が、初めての時とは明らかに違っている。その親の雰囲気が全体に影響するのか、初めて参加する人も安らいでいる。つい涙ぐみながら、緊張ぎみに話し、相談会のようだった1回目とは大きく違っている。
 このフォーラムが3年の歴史を積み重ねたこともあるだろうが、これは日頃の島根県下のことばの教室のどもる子どもへの思いと指導方針にあると思った。それは、島根と他の地方の実践の違いが親の口から実際に明らかにされたからだ。この春に島根から転居した2組の親子が遠く離れた転居先から参加した。島根にいた時通級していた教室と、引っ越した先の現在通級していることばの教室の方針が大きく違うのだという。平たく言ってしまえば、島根が吃音の症状にとらわれないで、子どもの暮らしを大事にしようという立場なのに、転居先のことばの教室では、吃音の症状の改善、および消失を目指しているように思えるというのだ。島根の方が自分としては方針は合っているので、またそれを確認したくて参加したのだという。
 私は、このふたりの親の話を聞いて、新しい風が吹いていたのはこのことだったのかと思った。ひとつの基本理念が、しっかりと親に根差し、違う理念と出会っても、揺るがない。私はうれしかった。
 昨年の夏、島根県松江市で、全国のことばの教室の担当者の集まり、第30回全難言協全国大会島根大会が開かれた。その大会テーマが、「子どもたちが自分らしく暮らしていくための支援のあり方」だった。基調提案から、シンポジウム、記念講演と、その基本理念は一貫していた。私がコーディネーターを務めた吃音分科会もその流れに添っていた。「吃音との上手なつき合い方を模索して」と、山口県で始まった「吃音キャンプの報告から」のことばの教室の実践をもとに、大会テーマに添って話し合ったのだった。
 その島根の掲げたテーマは、その後、どうなっているのだろう。必ずしも全国的なものにはなっていないのではないか。分科会でも私が主張した、「どもっていても大丈夫。どもっていてもその人なりの充実した楽しい人生は送ることはできる。吃音の症状への取り組みよりも、子どもが自分なりの充実した日常生活を送れるように、子どもをどう支援するかが大切なのだ」も、説明不足もあるだろうが、まだまだ誤解や曲解が多く、理解されにくい。フォーラムに参加した親に出会い、あきらめず、粘り強く、あせらず、丁寧に、そして、繰り返し、主張していく必要があるのだと思った。
 私たちの吃音親子サマーキャンプも13年の歴史を積み重ね、島根スタタリングフォーラムも今後、継続していくことだろう。『スタタリング・ナウ』も100号に近づいている。昨年から始めた「臨床家のための吃音講習会」は今年は全国28都府県から参加して下さる。静岡でもこの10月、私を呼んで下さり、どもる子どもたちのためのキャンプがスタートする。
 一粒の種は、継続の力で確実に育っている。(「スタタリング・ナウ」NO.96 2002.8.23)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/20

第5回千葉県吃音相談会&学習会を行います

 第5回目となる、千葉県吃音相談会&学習会の案内をします。
 主催する、千葉のことばの教室の担当者、渡邉美穂さんから、案内が届きました。
 毎年、この時期に開催していて、保護者、ことばの教室の担当者、言語聴覚士、通常学級の担任や養護教諭など、さまざまな立場の人が一堂に会し、一緒に、対等に、どもる子どもが幸せに生きるために、何が大切か、何ができるかを話し合います。
 どうぞ、ご参加ください。
 案内のチラシを紹介します。


   
 2023年 第5回千葉県吃音相談会&学習会のご案内
 「吃音はどう治すかではなく、どう生きるかの問題だ」と主張する、日本吃音臨床研究会会長の伊藤伸二さんをお招きして、相談会・学習会を行います。
 吃音のある子どもが幸せに生きるために、子どもにかかわる私たちに何ができるか、保護者やことばの教室の担当者、言語聴覚士、通常の学級担任、養護教諭など、参加の皆さんの質問に添っての話や、新しい子育て、教育について提案していただきます。

日時 2023年12月2日(土) 9:30〜16:00
会場 千葉県教育会館 本館 6階 608号室
     千葉県千葉市中央区中央4丁目13−10  
     TEL 043−227−6141
      <徒歩> JR 千葉駅から20分
           JR本千葉駅から12分
           京成千葉中央駅から12分
      <バス> JR千葉駅東口 2番、3番より乗車 中央4丁目にて下車 徒歩3分
内容
 ・吃音がある子どもが幸せに生きるために必要な子育て、教育理論や実践方法
 ・伊藤伸二さんの体験や最新の研究、情報をもとにした、吃音についての捉え方
日程
 受付  9:15〜 9:30
 午前  9:30〜12:00
 昼食 12:00〜13:00
 午後 13:00〜16:00
           *午前のみ、午後のみの参加も可能です。
スタッフ
  渡邉美穂 (スタタリング・ナウちば事務局 千葉市立松ケ丘小学校ことばの教室担当)
  溝口稚佳子(日本吃音臨床研究会事務局 元小学校教師・支援学級担任)
参加費  2,000円(資料代 会場費) 当日、受付でお支払いください。

申し込み方法
 〇臆端垰疚勝´⊇蚕蝓´E渡暖峭罅´ち蠱未靴燭い海函知りたいこと、困っていることを申し込み用紙に記入して郵送または、電話で申し込んでください。
申し込み先
 〒260−0807  千葉市中央区松ケ丘町580
              千葉市立松ケ丘小学校 ことばの教室 渡邉美穂 宛
                  電話 043−261―3373
申し込み締め切り  2023年12月1日(金)   
定員 30名
主催 スタタリング・ナウちば

吃音をテーマにした新作落語 天満天神繁昌亭で落語会〜ハナサクラクゴ〜 3

ハナサクラクゴパンフレット 昨日のつづきです。
 自分と同じようにどもる、たもつの父親の話を聞いた先生、じゃ、卒業式に出るわ、となるところですが、そうはいきません。やっぱり無理と言い張ります。なぜなら、呼名ができないからだと言います。卒業していく子どもの名前が言えない、これは、僕たちも、どもる教師からよく聞く相談のひとつです。普段の授業も保護者との面談もなんとかなるけれど、卒業式の呼名ができないと悩む人は少なくありません。それに対して、たもつは、こうアドバイスします。
 「僕の親父は、僕の名前を呼ぶときに、いつも、たもつの前にキャッチフレーズをつけてくれたんや。明るく元気なたもつ君とか、呼ぶたびに俺への気持ちを伝えてくれたんやと思う。なんか、それ、うれしかった。親父がどもりでよかったとさえ思うくらいや。これ、先生もやったら」

 場面が変わります。どうやら、卒業式が済んだ後の教室のようです。
 たもつが、みんなに話しています。
「今日は、最高でした。みんな輝いていた。でも、一番輝いていたのは、俺らの担任やった。みんな、先生への手紙、書けましたか?」
 そこへ先生が帰ってきます。そして、クラスのみんなが書いた手紙を、たもつから受け取ります。そして、ひとりの子どもの手紙を声をあげて読み始めました。
 「私は、先生の吃音のことを知りませんでした。初めて聞いたときは嫌だなと思いました。そして、悪口を言ってしまいました。そしたら、先生は悲しい顔をして、学校に来なくなりました。私は、謝ろうと思ったけれど、勇気が出ませんでした。でも、今日、先生は、勇気を出して卒業式に来てくれました。私は、先生が名前の前にキャッチフレーズをつけて呼んでくれて、うれしかった。先生、ありがとう」
 この手紙を読んだ後、先生はこう話します。
 「僕は、自分をダメな人間だと思っていました。どもることが恥ずかしくて、どもりを隠して、逃げて生きてきました。でも、今日、そんな弱い自分から卒業できます。だって、ここに、35通の卒業証書があるからです。みんなからの手紙は、僕の卒業証書です」
 ここで、名前の前につけてもらったキャッチフレーズが紹介されていきます。
 ・まぶしい笑顔の○○
 ・まじめで誠実○○
 ・まあ、なんてサッカー上手な○○
 ・まあ、なんてピアノの上手な○○
 初めの何人かは、工夫がありましたが、後は、みんな、「まあ、なんて…」がついています。
「なんや。まあ、なんて、ばっかりやんか」
「でもな、マのつくことばはそんなに多くないんや」
「マ行やったら、マだけでなく、ミムメモもあるやん。なんでマばっかりで探したん?」
「だって、おまえ、教えてくれたやろ。先生には、独特の間(マ)があるから、その間(マ)を大事にしろって」

 落語好きの人には誰もが知っていますが、落語はオチが大事です。洒落や語呂合わせや機転の利いた言葉で締めくくる「オチ」です。「独特の間」も、桂文福さんが師匠の桂文枝さんからいつも言われていた大事なことばでした。これをオチに持ってきたのかと、大いに納得しました。落語が終わったあと、音楽とともに、学校や教室の風景が映像で流れ、文福さんと師匠の文枝さんの写真も出てくるというおまけ付きでした。
 吃音を否定することなく、配慮を求めるのでもなく、自然に認めて、そのままでいいという力強いメッセージが流れていた今回の新作落語、聞き終わったあと、清々しいものを感じました。
 そして、オープニングのトークのように、出演者全員が再び登場しての振り返りのトークがありました。その場に、桂文福さんが登場しました。すると、まさに主役が文福さんに変わったようでした。文福さんは、気持ちよくどもりながら場を盛り上げていました。落語の世界で、文福さんが吃音を含めていかに愛されているのかがよく分かりました。

終わってから、4人で 繁昌亭から出て、絶対に会うことのない、僕の車のディーラーの担当の人に声をかけられました。「えーっ、なんで?」とびっくりしました。落語作家の石山悦子さんを間接的に知っていて、自分も趣味で落語の台本を書いて応募しているというのです。彼が話しかけてくれたお陰で、再び文福さんや出演者のみなさんに会うことができました。そうでなければそのまま繁昌亭を後にしているところでした。しばらく立ち話をしていたおかげで、文福さん、桂かく枝さん、石山悦子さん楽屋から出てこられ、最後にもう一度、お話することができました。本当に不思議な縁を思います。
 「よかったです。石山悦子さんが作られた話もよかったし、演じたかく枝さんの演じ方もよかったし、もう本当によかったです」
 そう伝えたら、みなさん、喜んでくださいました。ちゃんと吃音のことを台本に書けているか、ちゃんと演じられているか、少し心配だったとのことでした。繁昌亭の前で話が盛り上がり、みんなで写真をとりました。大満足で帰りました。
 落語の主人公が吃音の教師だったので、しばらく吃音と教師、卒業式について以前の文章を紹介していこうと思います。だから、吃音と教師について、話は続きます。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/16

吃音をテーマにした新作落語 天満天神繁昌亭で落語会〜ハナサクラクゴ〜 2

 さあ、ハナサクラクゴの落語会が始まりました。
ハナサクラクゴ看板 新作落語が3つ披露されるのですが、共通のテーマは、「実は実話のストーリー」。つまり、空想や想像ではなく、実際に起こった話、実話に基づいた落語だということです。
 幕が開くと、舞台上には、6人が並んでいます。オープニングトークで、新作落語を演じる落語家さんとその落語を作った作家さんがペアになって3組が並んでいました。普通の落語会とはひと味違った幕開けです。そして、それぞれ新作の落語の話を少しだけ話しました。1つめは、銭湯「湯処 阿部野橋」の話、2つめは413,000円が入っていた財布を拾った子どもとその家族の話、そして3つめは吃音の話です。
 吃音の話をしてくれるのが、桂かい枝さんで、作家は石山悦子さん。桂文福さんの吃音は、みなさん、ご存じで、文福さんも、2階席から応援しておられました。急に、「今日は、吃音の専門家も来てくださっていて…」とかい枝さんが話し始めました。えっ、と思っていると、誰かから「吃音の専門家? 何、それ」とつっこみが入り、「何って、…専門家やんか」「へえ…」。楽屋でかい枝さんとは、あいさつしているので、日本吃音臨床研究会の僕のことを指しているのです。いきなりに僕のことが出てきてびっくりしました。

出演者名前 演目は、案内チラシには書いてありません。落語のタイトルはあるはずなんでしょうが、僕たちが見落としたのか、結局、最後まで演目を知らないままでした。受付のところに張り出してあったのかもしれませんが。
 話は、こんなふうに始まりました。どうも、誰かが不登校になっているようです。メモをもとにした再現なので、違っているかもしれませんが。また、ここまで書いていいんかいなあと思いますが、吃音の新作落語だということで許してもらいましょう。

 「なんで学校、休んでるの? いじめられてるの? 何が原因なん?」
 相手が問いかけますが、不登校になっている方は、学校に行けない理由をうまく説明できないようです。とうとう、しびれを切らした相手は、こう言います。
 「なんとか言うてくれよ、先生。先生が生徒に心配されてどないするねん」と言います。ここで、不登校になっているのは子どもではなく、先生だったということが分かります。不登校だとつい子どもだと思ってしまいますが、先生とは、意外な展開でした。
 「6年3組を代表してお願いに来てるんや。明日だけ来て。頼むわ。明日は卒業式やろ。先生はオレらの担任やろ。先生に送り出してほしいんや」
 先生は、そのことばに一言返します。
 「無理」
 そして、なぜ、自分が卒業式に出られないのか、説明を始めます。
 「卒業式には出たい。みんなを見届けたいという気持ちはもちろんある。でも、無理。隠してたけど、先生は吃音なんや。どもりともいう。言いたいことがつっかえて出てこないんや」
 「でも、先生、普通にしゃべってるやん」
 「不思議なことに、吃音が出る相手と出ない相手がいる。犬や猫やったらどもらない。うさぎ、にわとり、亀、金魚、みみず、それからたもつ、おまえの名前でもどもらない。教室の中でも子どもたちの前ならどもらない。ところが、職員室ではどもる。緊張してるからどもる。でも、職員室でいじめられてはいない。みんな、理解してくれてるし、フォローしてくれる。先月、授業参観があったやろ。あれは、一番の恐怖なんや。保護者が見にくるやろ。スラスラしゃべれるわけがない。どもりやということが知られてしまったらどうしよう。バレないようにしようと思って、この2年間、参観はずっと体育をしてきた。でも、当然クレームはくるわな。保護者からのクレームは当然で、今回は算数をすることになった。考えて、腹話術を取り入れた」
 「そうか、なんで、腹話術なんやと思ったわ」
 「普通にしゃべって45分間授業をするなんて無理、歌でも歌わないとできへん。おかげでバレなかったけど、でも、怒られた。ふざけてるんですかって。吃音やから、ああするしかなかったんや。ちゃんとした先生に受け持ってほしかったとか、どもりって「わわわわ…」とかなるのは病気やろ、大外れやとか、いろいろ言われた。
 僕は、小さい頃からできそこないと言われてたけど、それをバネにしてがんばって、教師になった。けど、やっぱり外れなんや。もう朝、起きられへん。このままフェードアウトしてしまいたい」
 そんな先生に、たもつが言います。
「甘ったれるな。吃音の何が悪いんや」
「おおおおまえに、わわわわ分かるわけがない」
「分かる! オレの父さんもどもりやから!」

 そして、たもつは、自慢するように、どもる父親の話を始めます。
 父親の名前は、「のぼる」(桂文福さんの本名です)やけど、ついたあだ名が「どもる」。サ行が言いにくく、食べに行ったところで、「スープ」と言おうとして「ススススス」と言っていたら、酢が出てきたとか、好きな人に告白しようとして「すすすす…」と言ったら、変態と間違われたとか、父親の吃音にまつわる話を聞かせました。そんな父親は、手先が器用だったから、散髪屋になりました。散髪屋のおやっさんがいい人でした。散髪の腕はあがってきたけれど、お客に話しかけることができない父親に、おやっさんが言いました。「お客さんはな、髪の毛を切りに来てるだけと違う。ホッとしにきてるんや。どもってもかまへんから、自分のことばでしゃべってみ。おまえには、独特の間がある。その間を大事にせーよ」と。そして、父親は、少しずつお客とも話すようになり、自分の店をもつことができるようになりました。
 この散髪屋のおやっさんは、桂文福さんの師匠の5代目桂文枝さんのことをイメージしてのことだとは、落語ファンなら誰もがわかることでしょう。桂文福さんを取材してこの新作落語がつくられたことがよく分かるエピソードです。(つづく)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/15

吃音をテーマにした新作落語 天満天神繁昌亭で落語会〜ハナサクラクゴ〜

 旅から帰ると、2本の留守電が入っていました。「○日まで留守にしています」とメッセージを入れているので、留守電へのメッセージはそれほど多くはありません。そのうちの1本が、落語家の桂文福さんからでした。
ハナサクラクゴパンフレット 「ハナサクラクゴ」という落語会が大阪天神橋の天満天神繁昌亭であり、創作落語のひとつが、吃音をテーマにしたものなので、ぜひ、来てください、という内容でした。日にちは、13日の金曜日の夜席でした。金曜日は、大阪吃音教室があります。千葉の吃音親子キャンプがあったり、用事があったりして、ここ2回、吃音教室に参加できていないので、13日は絶対行こうと思っていました。うーん、少し迷いましたが、せっかく文福さんが知らせてくださった落語会、それも、文福さんがモデルではないけれども創作に関わった、吃音をテーマにした一席、落語の作家の方も参加するという落語会、ということで、吃音教室を休み、落語会に参加しました。
繁昌亭全体 当日券を購入するため、早く天満天神繁昌亭に着くと、主催が繁昌亭ではないので、開場時間の午後6時にならないと買えないとのことでした。せっかく早く来たのにと思い、企画会社に電話してみました。そのとき、電話対応してくださった人が、かなりどもっている人でした。どもってはいても、何の問題もなく、席は押さえておくので5時半頃に来てほしいとのことでした。吃音をテーマにした落語を聞こうと思ってきたら、どもる人が電話口に出てきた、何かおもしろいことになりそうな予感がしてきました。
ケルン看板 開場まで時間があるので、天満天神繁昌亭近くの喫茶店で、夕食をとろうと入りました。店の名前は「喫茶ケルン」、見覚えのある文福さんの絵が看板になっています。中に入ると、落語家さんや落語を聞きに来た芸人や著名人の色紙がずらりと並んでいます。写真もたくさん飾られていました。入り口近くの席に座り、人気のカレーを食べていると、ドアの向こうに、見たことのあるような人影が…。文福さんでした。
 今日は、文福さんの出番はないはずなのですが、来られたようです。私たちもびっくりしましたが、文福さんも驚いておられました。案内をしたけれども、日程が金曜日なので、大阪吃音教室があるから無理だろうなと思われていたようでした。「よう、来てくれました」と何度も言われました。一緒に来られた方に、「この人が、日本吃音臨床研究会の会長の伊藤伸二さんです」と紹介してくださいます。紹介された人たちも、多分、なんかよく分からないけれども、「そうですか」と親しげに挨拶してくださいました。不思議な世界に引き込まれているような気がしてきました。そして、開場前に、文福さんに案内されて、繁昌亭の楽屋に連れていってもらいました。初めて楽屋に入りました。きょろきょろしていると、その日の演者である、桂吉弥さん、笑福亭笑利さんと出会い、挨拶をしました。そして、吃音をテーマにした落語をする桂かい枝さんを文福さんが紹介してくれました。「ちょっと心配やったんです。うまくできるかどうか…」と言いながらも、僕たちが来たことをとても喜んでくださいました。そして、その落語の作家である石山悦子さんも紹介してもらえました。石山さんは、文福さんに取材をし、日本吃音臨床研究会のホームページも見て、今回の落語を作ってくださったそうです。
楽屋 文福さんと 落語が始まる前から、不思議な立ち上がりに、ワクワクしてきました。肝心の落語の内容は、また明日。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/14

第5回 ちば吃音親子キャンプ 2日目 千葉に根づく吃音親子サマーキャンプの伝統

 「ちばスタタリング・ナウ」の旗のもと、ラジオ体操から、2日目がスタートしました。
作文1 2日目の最初の活動は、作文を書くことです。これも、滋賀県の吃音親子サマーキャンプと同じです。みんなで話し合って、刺激を受けて、自分のことを振り返ることも大切ですが、ひとりで自分や吃音と向き合う時間も大事です。作文は、それにふさわしい時間で、子どもも親も、もくもくと原稿用紙に向かいました。その間、僕は、スタッフのことばの教室の教員の質問に答えていました。
カルタとり1 その後、親子が別々になり、親は学習会のつづき、子どもは、歌舞伎の白浪五人男の口調を真似て「知らざあ、言ってきかせやしょう」から始まる自己紹介を考えました。大きな声で、ゆっくりと、リズムにのって、自己紹介をします。自己紹介を苦手とするどもる人、どもる子どもは少なくありません。歌舞伎のリズムで自己紹介ができるところはないでしょうが、嫌だ、苦手だと思っている自己紹介で、こんなに楽しく面白く遊べると思えることがいいのです。自己紹介って、案外おもしろいものだなと思えることこそが、吃音と上手につきあっているということでしょう。その後、残りの時間を使って、昨日作ったカルタでカルタ取りをしました。絵札の数が少なくなると、同時に「ハイッ」となるので、最後はじゃんけん大会のようになってしまいました。
 昼食後、全員が集まり、大きな輪になって、最後のプログラムのふりかえりをしました。子どもたちひとりひとりが、「知らざあ、言ってきかせやしょう」の自己紹介を披露してから、ひとりひとりの感想を発表していきました。主なものを、メモをもとに紹介します。

ふりかえり・友だちができて、遊べたし、勉強したし、楽しかった。
・こんな考え方があるんだと気づいたり、ああ、そうなんだよねとうなずいたり、心がとても軽くなった。
・これから、吃音に対して理解がない場面に出会うこともあると思うが、ここで学んだことや出会った仲間のことを思い出してほしい。
・先回りして、子ども抜きで決めないことはとても大事だと思う。
・今回、参加できなかった子がいるけれど、ぜひ、来年は誘って一緒に参加したい。
・同じようにどもる子どもと出会い、勇気をもらった。
・なんだか親学のセミナーを受けているようだった。伊藤さんの本は読んでいたので、書いた本人と会えてうれしい。
・あなたはあなたのままでいい、このフレーズがずっと心に残っている。
・同級生にどもる人が2人いる。どう接したらいいのか分からなかったけれど、今回参加して、こんなふうにしたらいいのか、こうしたらどもる人はうれしいのか、ということが分かってよかった。
・滋賀のキャンプに長く参加してきて、去年卒業した。今回、千葉のキャンプに参加して、なんだか懐かしかった。参加している人の雰囲気が似ていて、温かいと思った。

 僕は、滋賀の吃音親子サマーキャンプで感じた同じことを感じていました。集まってくるどもる子どもやその保護者、そしてスタッフであることばの教室担当者、そのみんながどの人も、その人らしく、優しく温かいなあということです。滋賀と千葉、遠く離れているのに、つながっていると感じました。世の中、捨てたもんじゃないなあと、人のもつ力を改めて思いました。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/10/10
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