伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2023年07月

吃音の夏の序盤戦〜ハードなスケジュール〜

吃音の夏 序盤戦が終わりました

 さっき、つい1時間前に、千葉県大会での講演が終わりました。千葉県特別支援学級・通級指導教室設置校校長会 難聴・言語障害専門部会、千葉県特別支援教育研究連盟聴覚障害教育研究部会、千葉県特別支援教育研究連盟言語障害教育研究部会の合同夏季研修会でした。2時間、立ちっぱなしでずっと話してきました。今、ホテルに戻ってきたところです。
 27日の朝、大阪寝屋川の自宅を出発してから、埼玉、名古屋、そして千葉と移動してきましたが、その最後の千葉での仕事が終わったことになります。
 埼玉は、全国難聴・言語障害教育研究協議会に参加し、仲間の実践発表を応援しました。名古屋では、29・30日、第10回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会を開催して、二日間いっぱい話をして、そして今日31日が千葉県の大会でした。
 今回、会場の都合で日本をあちこち動くスケジュールになりました。この酷暑の中、からたがもつかなと少し心配していましたが、なんとか最後までもってくれたようです。途中、しゃべりすぎて、声がかすれることがありましたが、それもなんとかもちました。
 聞いているだけでも疲れるのに、それだけよく話しますねと、何人もの人に声をかけられました。パワフルですね、とも。でも、まだまだ話したりないです。それだけ僕には、吃音について話したいことがあるのです。小学校2年生ときから21歳まで、吃音に悩み苦しんだ経験、その後21歳から今まで吃音とともに幸せに生きている経験、それらを伝えて、今、どもる子どもとかかわっている人たちと共に考えていきたいことがたくさんあります。
 しばらくブログをお休みしましたが、元気です。また、少しずつ、報告します。

 日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/07/31

茨木市での研修〜吃音交流会〜

 7月21日(金)の午後、大阪府茨木市で開かれた吃音交流会に呼んでいただきました。前日に1学期の終業式を終え、夏休みに入ったばかりでした。
茨木吃音交流会3 保護者に向けて90分話し、子どもたちの質問に答え、全てが終わった後、担当者に向けて90分話をするというハードなスケジュールです。でも、これは、僕が望んでそうしてもらいました。この吃音交流会は、今回で10回目だそうです。コロナでしばらく途絶えていたそうですが、今年、久しぶりに復活したと聞いています。どもる子どもたちや保護者が集まって、交流する、親睦を深めるという意味合いが強い集まりだったそうですが、せっかく行くので、僕が話す時間を大幅に増やしてもらいました。
 僕には、伝えたいこと、知ってほしいことがたくさんあるのです。連絡をくださった担当の方をはじめ、教育委員会の方もかなり柔軟に計画を見直してくださいました。当初の計画では、保護者同士の話し合いにちょっと顔を出してちょっと助言をする程度だったのです。
 吃音についての正しい知識をもってもらいたいと思い、いつものように、たくさん資料を用意しました。話したりない分は、それで補ってもらうことにしました。吃音の基本的な捉え方を話し、健康生成論について話し、あらかじめ出してもらっていた質問に答えていたら、あっという間に時間が来てしまいました。「子どもたちが待っています!」と言われて、子どものいる部屋に移動し、子どもたちからも質問を受けました。
茨木吃音交流会2茨木吃音交流会4 子どもと保護者が帰った後、担当者向けに話をしました。茨木市では、通級指導教室が昨年と比べて、一気に倍に増えたそうです。子どもたちのニーズに合わせて受け皿を作るという英断だったようですが、研修は追いつかなかったでしょう。新しく担当になった人の中には、これまで支援学級を担任した人もいるようですが、急に、4月から通級にと言われた人もいます。週に一度は、担当者同士の集まりをもち、みんなで実践を紹介し合うなど、工夫しておられるとのことでした。それを聞いていたので、できるだけ基本的な話を丁寧にしていきました。僕が吃音に悩み始めた小学校2年生のときの学芸会の話をすると、よかれと思っての配慮が与える影響について初めて気づいたと率直に話してくださる人もいました。担当者向けの時間もあっという間に終わってしまいました。熱心に聞いて下さったことが伝わってくるいい時間でした。
 この茨木市の吃音交流会に呼ばれたのは、僕が毎年、大阪公立大学の松田博幸さんのところへ、ゲストティーチャーとして行っていることがきっかけでした。昨年の12月、僕の話を聞いた学生が、茨木市のSSW(スクールソーシャルワーカー)として来ていて、吃音交流会のことを聞き、「伊藤さんという人がいるよ」と紹介してくれたそうなのです。担当者は僕のことは知っておられたようですが、まさかこんなに気楽に来てもらえるとは、と驚いておられました。基本的に、僕は呼んでもらったら、どこへでも出かけます。吃音一筋に生きてきた僕の話が何かの役に立つのなら、こんなうれしいことはありません。
茨木吃音交流会1茨木吃音交流会5 松田さんとは、大阪セルフヘルプ支援センターの初期の頃、ご一緒し、勉強会やセミナーをしていた仲間です。こんなつながりがあると、うれしくなります。
 吃音交流会参加の中には、昨年初めて吃音親子サマーキャンプに参加し、今年も参加申し込みをしてくれている親子もいました。吃音の世界は広くて狭い、狭くて広い、と思いました。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/07/25

第10回 親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会が近づいてきました

第10回 親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会

 厳しい暑さが続いています。昔は、暑いといってもこれほど暑くはなかったのになあと思います。自然の災害は、実は、僕たちの暮らし方に原因があるのだと思う人の割合がだんだん減っているのだと聞きました。

 吃音親子サマーキャンプの準備をすすめていますが、1週間後は、名古屋で吃音講習会です。 親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会は、今年で10回目となります。水町俊郎さんや村瀬忍さんたちと一緒に始めた吃音講習会は、水町さんがお亡くなりになって、4回で終わりました。そのときの吃音講習会を、シリーズ1とすると、その8年後にシリーズ2が始まり、それが今年、第10回となります。
吃音講習会チラシ 今年のテーマは、どもる子どもが幸せに生きるために〜7つの視点の活用〜健康生成論、レジリエンス、ナラティヴ・アプローチ、ポジティブ心理学、オープンダイアローグ、当事者研究、PTG(心的外傷後成長)としていますが、今回は、健康生成論を中心に、レジリエンス、ポジティブ心理学に絞ります。この三つを絡め、ストレスの多いこれからの社会を生き抜く子どもに育って欲しいと願って、親や教師、言語聴覚士が子どもとどう対話を続けるかを考えます。
 全国難聴・言語障害教育研究協議会全国大会埼玉大会の吃音分科会で発表する、ことばの教室の実践報告から始まり、僕が、基調提案で、「どもる子どもが幸せに生きるために、ことばの教室でできること」を提案します。その後、自分自身の吃音の課題を自分で把握するために吃音チェックリストを活用しようと、大阪吃音教室の公開講座を行います。グループで話し合いを持ち、そこで出た質問に答えていく、1日目のプログラムは、このような流れです。参加者みんなで作り上げていくことを大切にしています。
 2日目は、国立特別支援教育総合研究所の牧野泰美さんによる基調講演「どもる子どもの「生きるかたち」を支えるために」とのタイトルでスタートします。そして、具体的に、どもる子どもたちと、ことばの教室で、どう対話を広げ、深めていくか、対話につながる教材として、吃音カルタ、言語関係図、吃音チェックリストの教材を紹介します。
 盛りだくさんな内容ですが、参加者と、ゆったり対話をしながら、すすめていけたらと考えています。
 まだ間に合います。ぎりぎりまで参加を受け付けていますので、ぜひ、ご検討ください。吃音のこと、どもる子どものこと、自分の生き方について、じっくり考える時間をご一緒しましょう。
 詳細は、日本吃音臨床研究会のホームページをご覧ください。参加申し込み書も、ホームページからダウンロードすることができます。ご参加、お待ちしています。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/07/23

吃音親子サマーキャンプ、ご一緒しましょう

 吃音親子サマーキャンプの劇のための事前レッスンから早1週間が過ぎました。子どもたちとの楽しい時間を想像しながら、実は自分たちが一番楽しんでいたスタッフたちでした。
 この事前レッスンは、大阪市内のお寺で行うので、大阪近郊の大阪吃音教室の仲間が中心だったのですが、サマーキャンプのときに、「事前レッスンはおもしろいよ」、「サマーキャンプは事前レッスンから始まる」などと言うものですから、最近は、遠い所からもこの事前レッスンに参加する人も増えてきました。
 今回、初めて事前レッスンに参加した人が話していた感想を紹介します。

・初めて台詞のある役にチャレンジした。私は普段、どもっていることが外からは分かりにくい方だ。しかし、演劇の台詞ではとてつもなくどもり、そのどもり方は想像を超えていて、おもしろかった。役を演じることは、とても楽しかった。
 このグループは自分にとって、チャレンジできる場、失敗できる場、多少の恥をかくことができる場。そういう場だから、伸び伸びと楽しむことができたと思う。キャンプでは、私と同じように、初めて台詞のある役にチャレンジする子もいるだろう。一緒に楽しんで、子どもたちのチャレンジを見守りたいと思う。

・事前レッスンが毎回とても盛り上がる、と以前伊藤さんに聞いていたので、ずっと参加したいと思っていました。今回念願が叶ってうれしいです。いざ自分が何かの役を演じるとなると難しかったですが、普段から凝り固まっている自分のイメージを打ち破り、新しいキャラクターを演じることは新鮮で楽しかったです。また参加者のみなさんの表現力の豊かさに感動し、みんなで一つのものを作り上げていくおもしろさを感じました。サマーキャンプ本番では、子どもたちがそれぞれの殻を打ち破って表現できるよう、まずは大人たちがありのままをさらけ出し、全力で楽しむ演技を見せていきたいです。昨年のサマーキャンプに引き続き、スタッフとしての参加は2回目です。初回は緊張が大きかったですが、今年はとにかく楽しくをモットーにがんばりたいと思います。

・事前合宿に初めて参加して、まず感じたのが、お芝居は何度やっても緊張してしまうという点。サマキャンでは子ども、大人スタッフ通算で過去何度もやっていても緊張する。そんな私でもよく見られたいし、他の人が演技しているのを見て、もっとこうしたら良いのにとも僭越ながら思う。とにかく、大人でも緊張するし、どもるし、でも声や身体で表現することが楽しいってことを子どもたちに見てもらって、知ってほしい。そう思います。子どもたちに自分の役がやりたいと思ってもらえるようにがんばります。

 僕たちスタッフが一番盛り上がっているのではないかとさえ思えてきます。
 吃音親子サマーキャンプ、日程は8月18・19・20日、会場は滋賀県彦根市の荒神山自然の家、その他、詳しくは、日本吃音臨床研究会のホームページに掲載しています。一応の締め切りは、開催当日の2週間前の8月4日です。ホームページのサマーキャンプコーナーをぜひ、ご覧ください。わかりにくいことがありましたら、いつでも、お電話ください。
 夜の8時頃がつながりやすいです。072−820−8244 です。
 今年のサマーキャンプは、初参加の人、2回目の参加の人など、フレッシュな顔ぶれです。ぜひ、ご一緒しましょう。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/07/22

自分らしく生きる 2

 婦人公論(中央公論社)の2001年4月7日号に掲載してもらった記事を紹介します。上村悦子さんが丁寧に僕をインタビューし、吃音について書いてくださいました。そのときの僕の年齢は、56歳。改めて、年を重ねてきたことを思います。

 
「以前は何年も前の幸せを思ってましたけど、今は目の前の幸せは何だろうって思うようになりました。今日は昨日より痛くない、とか。そういうささやかなことを探していくと、リラックスできるんだなあって。昔は限界を知ったら終わりだと思っていた。でも今は、そうじゃないと思える。そこから新しいスタートがあるんだ」

 リウマチという病を得て見えてきた風景について語る女優の叶和貴子さん。作家の荻野アンナさん、バレーダンサーの熊川哲也さんや読者の体験。
 婦人公論(中央公論新社)の2001年4月7日号の特集は、《自分らしく生きるとは?》。
 その特集に、「吃音のままでいいんだ」と上村悦子さんがインタビューをもとに吃音について書いて下さった。今読み返して、随分と長い文章を書いていただいたものだと思う。
 私たちの吃音体験が的確に表現されており、吃音を理解する上で多くの人に読んでいただきたいと、中央公論新社にすぐに転載の許可をお願いした。しかし、2001年の12月までは販売しているからそれまでは控えるようにとの連絡があった。すでにその時期を過ぎたので転載させていただいた。

 吃音のままでいいんだ

 「お名前は?」という質問に対して、自分の名前を何とか言おうとするのだが、言葉がつまって出てこない。本人にはつらい沈黙の時間が続き、それからようやく言えた。
 「イイイイイトウシンジです」
 相手はびっくりし、気まずい空気が流れる。日本吃音臨床研究会代表であり、大阪教育大学非常勤講師(言語障害児教育)の伊藤伸二さん(56歳)の体験談だ。世の中には、さまざまなコンプレックスを持つ人が多いが、コミュニケーションの最も身近な手段である言葉がスムーズに出ない「吃音」、つまり、どもる人の悩みは驚くほど広く、深刻である。周囲に理解されにくいハンディキャップを抱えたとき、自分らしく生きるには、どうすればいいのだろう。

十数年ぶりに腹の底から笑えた日
 「私は自分のどもりが大嫌いでした。でも、多くの仲間と出会い、今は堂々と、どもりでよかったと言えるんです」という伊藤さんが、紆余曲折のすえ、「どもる自分」を肯定的に受け入れられるようになったのは、どもる人のためのセルフヘルプグループを創った35年前。過去の暗くつらい体験をベースに、現在は「吃音と上手につきあおう」と、よりよい人間関係をつくるための吃音教室やことばの相談室など、さまざまな活動を行っている。
 「どもりの苦しさは、だれでも言えるような自分の名前や会社の名前など、相手が答えて当然と期待するようなことが言えないこと。他人を意識しなければ起きない障害だけに、常に人に気をつかい、その苦しさが何倍にもなることです」
 伊藤さんのもとには毎日、相談の手紙、電話、ファックス、メールが数限りなく届く。「吃音は必ず治る」「子どもの吃音は意識させないことが大切」といった間違った情報が氾濫する中で、親は子どもの吃音を見て見ぬふりをし、その結果、子どもも口を閉ざし、自分の吃音を否定し続けて成長する。逆に、親が治すことに熱心になりすぎて、子どもに劣等感を抱かせ、症状を悪化させる場合もある。
 どもる症状は、「タマゴ」を例にとると、
 屮織織織織織泪粥廚蛤能蕕硫擦魴り返す。
◆屮拭璽泪粥廚蛤能蕕硫擦魄き伸ばす。
「・・・・・・タマゴ」と、言おうとする言葉がつまって出ない。
 この、大きく3つに分けられる。
 しかも、サ行、タ行、母音など、発音しにくい音は人によって違い、緊張するとどもる人、逆にリラックスしたときにどもる人、また自分の名前や会社名など、言えて当然と思われる言葉が出ない場合など千差万別。そのうえ、症状が不定期に良くなったり悪くなったりする不思議な波があって、自分のことながら予測がつかないという複雑さ。原因についても、これまで無数の学説が出されたが、まだ不明のままだ。
 伊藤さんがどもり始めたのは、3歳ごろから。それでも明るく積極的な子で、吃音をはっきり意識したのは小学2年の秋である。学芸会で、『浦島太郎』の劇をやることになり、成績の良い子が主役に舞ばれていた当時、勉強に自信があった伊藤少年は自分が主役になるのではと期待した。ところが決まった役は、せりふのない「村人A」。友達に「どもりやから、せりふのない役になったんや」と言われ、言いようのない屈辱感を味わった。
 「それ以来、どもるのは恥ずかしいことと、劣等感を持つ子に変わってしまった。私のどもりの旅は、そこから始まりました」
 授業中にあてられても、最初のひと言が出てこない。ケンカをするたびに浴びせられる「どもりのくせに偉そうに言うな」の罵声。いじめの標的になり、自信を失い、孤立していった。中・高校生になっても、逃げてばかりの生活が続いた。自己紹介がいやだからと好きなクラブを辞め、国語の授業で朗読がある日は校門に立ちすくんだという。
 そんな伊藤さんの夢はひとつ。不幸の原因であるどもりを治すことだった。
 「どもりさえ治れば、本当の人生が始まる」
 2浪の末、東京の大学に合格、三重県から上京することは、大学よりも民間吃音矯正所へ入るのが目的だった。
 「呼吸法に発声練習、戸外での演説…、4ケ月間、懸命に訓練に励んでも、どもりは治りませんでした。でも、そこはどもる人だらけの世界。どもることを気にせず人に思いっきり話を聞いてもらうのがこんなに嬉しいのか、仲間といることがこんなに安らぐのかと思い知らされた。十数年ぶりに、腹の底から笑えたんです」
 伊藤さんは、「せっかく出会えた仲間と今後もどもりについて話し合っていきたい」と、1965年、21歳でセルフヘルプグループを旗揚げした。いくら訓練しても治らない現実をふまえ、「どう治すかよりも、どう生きるかを探っていこう」と、「吃音を治す努力の否定」を提起する。大学を卒業後も会の活動を続けながら、72年には大阪教育大学の言語障害児教育教員養成一年課程に入り、修了後、助手から講師の道へ。その間にも全国各地を回って、吃音巡回相談会を開くなど、自分たちの考えをアピールするとともに、どもっても前向きに生きる人たちと出会い、グループ創立10年の節目に『吃音者宣言』を発表した。
 「どもりを認めなければ、自分らしさを表現するよりも隠すことにとらわれてしまう。どもることを全面的に受け入れ、前向きに暮らしていけば、新しい人や出来事と出会え、自分も、症状も変わっていけるんです」
 その後、伊藤さんは「自分は研究者ではなく当事者の側にいるべき」と考えて大学を辞め、「ことばの相談室」を開設。94年に日本吃音臨床研究会を設立し、現在、吃音と上手につきあうための「大阪吃音教室」や、電話相談「吃音ホットライン」、昨年は146人が参加した「吃音親子サマーキャンプ」の活動のほか、『吃音と上手につき合うための吃音相談室』(芳賀書店)などの本も出版している。各行事のゲストには詩人の谷川俊太郎さん、演出家の竹内敏晴さん、また同じ吃音者として、映画監督の羽仁進さん、芥川賞作家の村田喜代子さん、落語家の桂文福さんら、多くの著名人の協力も得ている。
 「特に子どもの場合、初めてキャンプに参加して、自分以外にたくさんのどもる子どもやどもる人がいることにまず驚く。そして『あなたもどもっていいんだよ』との呼びかけや、どもっても明るく生きている大人の姿に、徐々に心を開いていく。吃音というのはそれだけ閉ざされた世界なんです」 つづく

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/07/20

自分らしく生きる

 吃音親子サマーキャンプの、スタッフのための演劇の事前レッスンが終わりました。
 7月末は、愛知県名古屋市で、第10回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会があります。そして、8月18・19・20日は、滋賀県彦根市で第32回吃音親子サマーキャンプです。猛暑が続いている今、「吃音の夏」を満喫しています。
 今日は、「スタタリング・ナウ」2002.5.18 NO.93の巻頭言を紹介します。
 どもる自分を否定せず、どもりながら生きる覚悟をもつ、それが僕にとって、自分らしく生きること、なのでしょう。

 
自分らしく生きる
                    日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「あなたにとって、自分らしく生きるとはどういうことですか?」
 「自分らしく生きる」がよく使われるようになって久しく、簡単に使ってしまうことばだが、こう改めて問われると、ことばに窮してしまう。
 自分らしいと思っていることが必ずしもそうとは限らない。自分を壊したところから、自分らしさが現れることもある。好きな自分、嫌いな自分、変えたい自分もあるだろう。何が自分らしいのか、自分をみきわめるのはかなり難しいことだと言える。
 吃音に悩んできた人にとって、自分らしく生きるとは、吃音抜きには考えられない。私にとっても、吃音と自分との長い闘いの歴史があった。
 私の吃音は、時期により、場面により、相手によって変化した。調子の大きな波、小さな波もあった。だから、どもらずに話している自分が自分なのか、ひどくどもっている自分が自分なのかがつかめなかった。どもって、立ち往生している、みじめな自分を、自分らしいとは思えない、思いたくない。どもらずに話している自分こそが、自分らしいと思いたかった。どもらずに話せることもあったから、あと一歩で手の届くところにあるように思え、吃音が治ることにあきらめがつかず、いつかは治ると固く信じていた。治るはずのものを受け入れる必要はない。どもっている間は仮の人生で、どもらなくなってからの人生が本来の自分の人生だと思った。仮の自分を、「自分らしく生きている」とは到底思えない。
 今のままの自分が自分らしいのか、変えたい自分、変わった自分が自分らしいのか。揺るがない自分らしさがある一方で、変化していくものもある。
 長い、セルフヘルプグループの活動の歴史の中で、伝えられ続けてきたことばがある。AA(アルコーホリックスアノニマス)など匿名性のグループのミーティングのはじめにみんなで読む、「神よ!私にお与え下さい」ではじまる平安の祈りだ。

  変えられるものは変えていく勇気を。
  変えられないものを受け入れる冷静さを。
  変えられるか変えられないかを見分ける知恵を。

 現実の人生の中で、変えられないものは、それこそ山ほどある。実際には変えられないものを、変えられると思い込んで、変えようと努力するのは、自分自身についての事柄であれば、無駄な努力であるだけでなく、自己否定につながっていく。
 「人は、瞬間瞬間に自分に一番理にかなった行動を無意識のうちにとっている」は、ゲシュタルト・セラピーの考え方だが、そうして生きた歴史が、その人の言動をつくるのだから、そんなに簡単には変わるものではない。人が変わる第一歩は、「あなたはあなたのままでいい」と今の自分がまず肯定されることだろう。その時、「このままの私でいい自分とは何か?」の問いかけが、他人からの強制ではなく、自分自身の叫びとして浮かび上がってくる。もし、現実の自分に満足できず、自分を変えたいと思えば変えていけばよい。しかし、これまで馴染んできた自分を変えるには勇気がいることだ。
 また、ひとりでは、それが変えることができるか、変えられないものかの見分けが難しい。吃音の長い歴史がそれを物語っている。変えられないものだと知る知恵は、同じように変えられると信じて悩んできた人が大勢出会うことで得られるのだろう。セルフヘルプグループの意義のひとつは、この知恵を共有することだ。だから、この平安の祈りは、セルフヘルプグループの中で生き続けたのだろう。
 自分らしく生きるとは?
 自分の中で変えたいと思い、変えられることは、変えていく勇気をもち、無理ない程度に誠実に取り組みを続けること。変えられないものをいつまでも変えようとするのではなく、それを受け入れる冷静さをもつこと。そして、変えることができるかどうかを見分ける知恵をもつこと。
 それは常に自分を発見し、自分をしっかりとみきわめ、それを受け入れていくことだろう。
 今のままの自分も自分らしいし、変わっていく自分もまた自分らしい。(「スタタリング・ナウ」2002.5.18 NO.93)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/07/19

第32回吃音親子サマーキャンプ(8月18日から20日)、スタッフのための演劇の事前レッスン、終わりました

 猛暑となった3連休の初めの土日、大阪市内の銀山寺で、吃音親子サマーキャンプのはじめの一歩が始まりました。サマーキャンプで子どもたちと取り組む芝居の練習を、まずスタッフが事前に合宿で行うものです。
 演出家の竹内敏晴さんが、どもる子どもたちのために書き下ろしてくださっていた脚本をもとに、竹内さんが亡くなってからは、学生の頃から、サマーキャンプに関わってくれている渡辺貴裕・東京学芸大学教職員大学院准教授が後を引き継いでくれています。
事前レッスン1 渡辺さんは、自分の専門性を生かし、演劇を仕上げるということではなく、そこに至るプロセスを重視し、子どもたちと取り組めるエクササイズをたくさん紹介してくれます。スタッフはいつも、本番、子どもたちと取り組む姿を想像しながら楽しみにしています。
 この事前レッスン、コロナの影響で、今年、4年ぶりに行いました。会場である銀山寺の住職も、「久しぶりに開催でき、よかったですね」と喜んでくださいました。
大阪在住が中心ですが、遠く千葉、東京、埼玉、静岡、山口、三重などから、20人が集まりました。その中には、事前レッスンに参加するのは初めてだという人が、5人もいました。
 2019年の夏以来、4年ぶりの事前レッスンは、からだを揺らし、声を出し、少しずつ、感覚を取り戻しながら、いつもの空間に変わっていきました。
事前レッスン2 台本が配られ、それぞれいろいろな役を交代しながら、物語をたどっていきました。歌がたくさんあって、登場人物も多くて、楽しい演劇の世界に浸りました。
 レッスンが終わったその日に投稿された、渡辺貴裕さんのFacebookを、渡辺さんの許可を得て紹介します。

 
2023年7月16日 渡辺貴裕さんのフェイスブックより
 吃音親子サマーキャンプ(日本吃音臨床研究会主催)の事前合宿、大阪・銀山寺、終了。
マルシャーク「森は生きている」を故・竹内敏晴さんがアレンジした脚本を使って劇づくりを行ったわけだが、私は、芝居の演出にとどまらず、スタッフが子どもと劇の練習をするときに楽しめるようなプチワークを多く取り入れるようにしている(このあたりの詳細は、石黒広昭編『街に出る劇場』所収の拙稿をどうぞ)。たいていは、その場で思いついたちょっとした遊びだ。
 「女王」と「博士」の日常、つまり、まだ子どもで気まぐれ・わがままな「女王」と、何かにつけて勉強につなげてくるうっとうしい「博士」との短いシーンをペアでつくる。たかだか2分ほどの準備時間で、「セミがうるさい。全部鳴き止ませなさい!」と命じる女王から、女王の「なんでこんなに暑いの」に「今は一年のうち太陽が最も高い時期で…」と自然科学的解説を始める博士まで、笑いで沸く発表が多数出てくるあたり、さすが大阪か(参加者は千葉やら静岡やら山口やらいろいろだけど)。
 林光の有名な「燃えろ〜燃えろ〜あざやかに」の曲に着想を得て、呼びかけの遊び。3〜4人にほのお役で座ってもらい、周りを取り囲む人は、自分が応援したいほのお(いわば「推し」)を決めて、「燃えろ〜燃えろ〜」と呼びかける。ほのお役のほうは、自分が応援されたと感じたら燃え上がり、逆だったら消沈する。それで、自分の「推し」を燃え上がらせる。これぞまさに「推し、燃ゆ」だ!と自分ではかなりツボったのだが、残念ながら他のスタッフには多分通じていなかった。こうしたちょっとした遊びを通じて、人物を掘り下げたり、声をしっかり届ける練習をしたり。
 キャンプ本体でも、劇の完成度うんぬんよりも、こんなふうに虚構の世界を楽しむこと、そこでしっかり人とかかわることを、大事にしたい。


事前レッスン3事前レッスン4 毎年、この事前レッスンから、吃音親子サマーキャンプが始まるのを実感します。子どもたちとどんな時間・空間を共有できるのか、とても楽しみです。
 参加を迷っている方、まだ間に合います。一緒に空間を楽しみましょう。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/07/18

吃音親子サマーキャンプ、会場の荒神山自然の家で打ち合わせしてきました

サマキャンの写真  7% 今日は、吃音親子サマーキャンプの会場である彦根市荒神山自然の家に行ってきました。
 サマーキャンプ開催1ヶ月前に行う打ち合わせのためです。雨を心配していましたが、出発のときは曇りで、途中、小雨が降りましたが、無事、荒神山自然の家に到着しました。着くと、所長の西堀さんが「お待ちしていました」と、にこやかに出迎えてくださいました。西堀さんは所員としてお世話になり、何年か前から所長としてお世話になっています。また、吃音親子サマーキャンプのことや僕たちのことをよく知っていてくださる堀居さんも、今日はお休みとのことですが、所員としていてくださることがわかり、安心です。変わらぬ温かい出迎えを受け、ほっとしました。
 打ち合わせは、活動プログラムに沿って行いましたが、学校の林間学校と違って、人数の確定が難しく、今年も今の段階では、全然参加人数が読めません。開催2週間前には確定することになっています。
 打ち合わせを担当してくださった方が、「昨日は、雷がすごかったんですよ」とおっしゃっていました。雷といえば、10年くらい前のキャンプのとき、天気が急変して、荒神山へのウォークラリーの途中でものすごい雨が降ってきたことがありました。別プログラム参加で、自然の家に残っていた人が車を出し、山に登ったみんなを迎えに行ってもらったことがありました。今では、笑い話になりますが、あのときは、もしものことがあったら…と思うと、気が気ではありませんでした。
 荒神山自然の家で、吃音親子サマーキャンプを開催するのは、1998年、第9回目からでした。あれから、25年、所員のどなたよりも、僕たちの方が、自然の家を知っているというか、古くから使わせてもらっています。吃音親子サマーキャンプといえば、荒神山です。
 ここでは、僕たちは、「吃音さん」と呼ばれています。「吃音さん」と、吃音に「さん」をつけて呼んでくださるのも、荒神山自然の家だけです。
 吃音親子サマーキャンプにまつわるたくさんのエピソードがあります。いつか、そんな話も、このブログでできたらいいなあと思います。

 今年の吃音親子サマーキャンプは、下記の日程です。
 どもる大人と、ことばの教室担当者や言語聴覚士が協同で行う、吃音親子サマーキャンプ。吃音についての話し合いと、自分の声やことばに向き合う演劇の練習と上演、親の学習会が主なプログラムです。学童期、思春期に、しっかりと吃音に、自分に、向き合うことの大切さを思います。
 今週末は、合宿で、プログラムの柱のひとつである演劇の事前レッスンを行います。
 キャンプ当日稽古をして、最終日にみんなの前で上演しますが、そのために、スタッフが事前に合宿でレッスンをするのです。遠くから交通費を使って多くの人が合宿に参加してくれます。その事前レッスンの指導は、東京学芸大学大学院准教授の渡辺貴裕さんです。今年の劇は、渡辺さんが「森は生きている」を選んでくれました。竹内敏晴さんの作・演出の作品です。コロナのために、この合宿による事前レッスンは4年ぶり。それを楽しみに全国から仲間が集まってきます。いよいよ吃音の夏の本番、間近です。
 32回という歴史あるこのキャンプに、どうぞ、ご参加下さい。お待ちしています。

日程 2023年8月18・19・20日
会場 滋賀県 彦根市荒神山自然の家(最寄り駅 河瀬駅) 
参加費 17,000円(大人も子どもも同額)
 詳しくは、日本吃音臨床研究会のホームページをご覧ください。お電話で問い合わせていただいても構いません。
  TEL 072−820−8244
荒神山 写真 渡辺さん
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/07/13

本音

 時間が経っても、あのときのあの人の発言は忘れないということがあります。
 NHK番組「にんげんゆうゆう」のテレビカメラが入った大阪吃音教室、その日初めて参加した野村さんの、講座の最後の感想です。90分間の講座の空間、そこで交わされていた対話、どもる人の体験、それらが彼女に「吃音でもいいかなと思えてきました」という発言につながったのです。戦略ではない、本音として、「このままでいい」と思っている僕たちだからこそ、人を動かしたのだろうと思います。
 「どもっていてもいいんだよ」と言いながら、なんとかどもらずに音読できたらと思って、一生懸命音読練習している担当者がいるとしたら、敏感などもる子どもはその矛盾に気づき、見破ってしまうでしょうね。
 本音でそう思えるか、そこにかかっているのだと思います。
 今日は、「スタタリング・ナウ」2002.4.20 NO.92 の巻頭言を紹介します。

  
本音
           日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「これまで、吃音にマイナスのイメージをもっていましたが、皆さんに会い、話を聞いて、吃音でもいいかなと、思えるようになりました」
 2000年、NHKの福祉番組『にんげんゆうゆう』で、若い女性がこう言っていたことを、番組を見られた方なら覚えている方も多いことだろう。あまりにも劇的な転換に「ヤラセ」ではないかと思われるのではと心配になったほどだ。
 NHKのテレビカメラが、NPO法人・大阪スタタリングプロジェクトの、週一度のミーティング、大阪吃音教室に入った日、初めて参加した野村貴子さんが大阪吃音教室の終わりの感想として言ったことばだ。スタジオではこの発言を受けて話が続いた。

柿沼アナウンサー: 伊藤さん、あの人は、会に来てみんなの話を聞くうちに、まさに今考え方が変わったということなんですね?
伊藤: そうなんですね。あの大阪吃音教室そのものが、吃音と上手につき合うことを目指しているのでああいうことが起こるんですね。私たちが会を作った35年前までは、吃音は治さなければならない、治るはずだという考え方だったから、治したいとばかり思っていました。そういう中では、あのようなことは起こらなかったろうと思いますね。セルフヘルプグループの活動の中で、どもりは簡単には治るものではない、治療法もない、それでは「吃音とつき合う」しかないじゃないか、とおぼろげながら分かってきた。そのとき、吃音というのは、ひどくどもっていても平気な人と、ちょっとしかどもらないのにひどく悩む人がいる、上手につき合っている人とそうでない人がいるわけですよ。この教室に参加している人は、吃音を治そうとは考えず、吃音と上手につき合うことを学んでいる人たちだから、その人たちの話を聞いて、「ああ、こういうふうにつきあえば生きていけるのかと思った時に、吃音でもいいかなあと思えたのでしょうね。

 先だって、大阪吃音教室の一年間のスケジュールが終わって、この一年を振り返る日に、野村さんに、あの時からどう変わったかの質問がみんなから出された。
 『あのときのことばは、本当にそう感じたから言ったが、あれきりこの大阪吃音教室に来なかったら、今の私はないかも知れない。大阪吃音教室が楽しくて、毎回参加し、世話人にもなり、吃音ショートコースや吃音親子サマーキャンプなど、ほとんどの行事に参加した。その中で、この大阪の仲間は、戦略的ではなく、本音で、本気で、『どもってもいい』と思っていると思った。仮に、「吃音を受け入れよう」という一方で、「吃音を治そうとしたり、改善するために努力しよう」としていたら、私は変われたかどうか疑問だ。「どもってもいい」という考えやことばをシャワーのように浴びたから、そして、実際に行動して、そうだと実感できたから私は変われたのだ』
 野村さんはそう振り返った。
 この時、もう25年も前になるだろうか。ある吃音の専門家から言われたことばを思い出した。
 「君たちは狭い。吃音と共に生きるという考えは、間違っていないし、素晴らしいものだが、吃音を治すという考えも否定してはいけない。吃音を受け入れる方向と、少しでも吃音を軽くする方法を両立させればいい。頑なにならずにもっと幅広く考えられないか」
 このような指摘を受けたが、あれもこれもと取り組むエネルギーは私たちにはない。私たちは、私たちの信じる道を愚直に生きるしかできない。吃音を治す取り組みは一切しないで、「吃音のままのあなたでいい。どもってもいい」と、吃音と共に生きることだけに集中して取り組んで来た。それがどもる人や吃音を否定しない、自己肯定の道だと信じていたからだ。野村さんの体験はひとつの答えを出してくれていると私は思う。
 狭いと言われようと、頑なすぎると言われようと、私たちは、「どもってもいい」と主張していきたい。だからと言って、ことばに対して何も努力しないのではなく、吃音親子サマーキャンプで厳しく演劇に取り組んでいるように、表現としてのことばのレッスンには取り組んでいきたい。どもるどもらないのレベルを越えて、いわゆる吃音症状の消失や改善を目指さない『からだとことばのレッスン』だ。そうして周りを見てみると、吃音が治ることを諦めきれない人たちよりも、吃音を受け入れようと主張する私たちの方がむしろ、ことばにこだわり、「生きる上での声」を耕す『ことばのレッスン』に人一倍取り組んでいるのではないかと思う。
 どもってはいても、野村さんの声は大きく、力のあるものに変わってきた。そして表情も、涙ぐんで発言していたあの時とは別人のように輝いている。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/07/11

診断起因説 秘話

 「フランケンシュタインの誘惑」というNHK番組があります。ずいぶん前に、その番組の関係者から、ウェンデル・ジョンソンの診断起因説にまつわるモンスター研究について取材を受けました。先日、テレビ番組表を見ていて、「フランケンシュタインの誘惑」というタイトルをみつけました。再放送のようです。「母親がどもりを作る」と言われ、母親が自責の念にかられたこともありましたが、ジョンソンの「いい聞き手になりましょう」との呼びかけ自体は、子どものことばにのみ注目していた母親にとっていい提案でした。その程度にしておけばよかったのですが。
 いつか近いうちに、この番組のため受けた取材の資料などをもとに、詳細を「スタタリング・ナウ」で紹介したいと思います。
 「スタタリング・ナウ」2002.3.16 NO.91 の巻頭言を紹介します。

診断起因説秘話
                 日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 ウェンデル・ジョンソンの『診断起因説』ほど、数ある吃音学説の中で、有名なものはない。単一の原因論としては現在では否定されているものの、当時としては革命的なものであり、現在も少なからず影響を与えている理論でもある。
 聞き手への認識を高めたこと、どもる子どもにどう接すればいいか悩んでいた母親に、少なくともマイナスのかかわりを止めさせた点で大いに貢献したと言える。
 その学説が、倫理的にあってはならない実験によってなされたものだという、衝撃的な真実が65年の歳月を経て、明らかにされた。資料の保管のよさ、粘り強いジャーナリストの熱意に驚かされる。
 ウェンデル・ジョンソンの研究が、『モンスター研究』と呼ばれ、人体実験とも批判されるのは、当然のことだろう。ジョンソン本人も、それが悪いことだったと認識したから、その実験を隠そうとしたのだろう。実際に実験を担当した大学院生、被験者に大きな傷を与えたことには疑いがない。
 ジョンソンと同じように吃音に苦しんできた、吃音の当事者の私が、このジャーナリスティックに展開される秘話に触れて、どう感じたかを述べたい。
 まず、被験者の反応だ。報告があまりに長文であったために、全ては紹介できていないのだが、実験をそれとは知らずに受けて、どもる人としての人生を送った人の感想がいくつも紹介されている。その人たちは一様にその実験を知り、驚き、実験者を恨み、現在の不本意な状態を嘆いている。被害を受けた当事者としては当然の思いだろうが、ジャーナリストとしては、このような非道な実験がなされ、このような悲劇が起こったと、センセーショナルに扱いたくなるのだろう。
 「私は、科学者にも大統領にもなれたが…」と、吃音のために、いかに大きな損失を被り、人間関係を閉ざされたことが紹介されている。私にはそれが痛い。
 本来、吃音にならなかった人が、ジョンソンのために吃音になり、どもっていたために人生で大きな損失を被ったと、ジャーナリズムが被験者の悲劇性を強調すればするほど、今現に、ジョンソンのせいではなく、どのような原因かは分からないが、どもって生きている人がみんな悲劇の人となってしまう印象を与える。そもそも、吃音はそんなに忌むべきものなのか。
 「どもっているあなたのままでいい」と心底思い、自分自身へも、どもる人、どもる子どもたちへもメッセージを送り続け、吃音と共に生きてきた人生を、とてもいとおしく思う今の私にとって、吃音へのこの強い否定的なメッセージは、胸苦しさを覚えるのだ。
 吃音になったからといって、それがマイナスの人生になるとは限らないのだ。
 あとひとつ。実験のつもりではなくても、ジョンソンの実験に似たようなことが、無自覚に、一般的に行われていないか、ということである。
 「そのうちに治りますから心配しないで。吃音を意識させるのが一番いけないから、どもっていても知らんぷりしていなさい」
 このアドバイスは、ジョンソンの原因論からくるひとつの弊害だと私は思っているが、現在でも児童相談所や保健所などで言われている。そのうち治ると言われ、どもっているのを見て見ぬふりをして、ひたすら治るのを待ったが、中学生や高校生になっても治らないがどうしたらいいか、という相談が最近実に多い。
 何の根拠もないのに、安易に、「そのうちに治ります。吃音のほとんどは一過性のものだ」と言い切る臨床心理や教育の専門家の意見を新聞や雑誌等で現在でも見受ける。治ると信じていたのだろう。子どもの頃に吃音に一切向き合うことなくきたために、波乱の思春期に問題が吹き出す。そうなってから、吃音と直面せざるを得ないのは、難しいことだ。こうして、吃音に悩み、戸惑う人と接すると、「モンスター研究」と似たようなものを感じてしまうのだ。
 「吃音は必ず治る」と、多額の器具を売りつけたり、書物などで自己の吃音治療法を紹介しながら、実際は効果がない場合もそうだ。その宣伝を固く信じたが、吃音が治らずに悩みを深める。ジョンソンの被験者のように現在の不本意な生活を嘆く人がいる。この現実を暴いてくれるジャーナリストはいないのだろうか。
 「どもっていては決して有意義な、楽しい人生は送れない」とする考え方に、「どもっていても決して悪い人生ではない。自分の人生に、吃音というテーマを与えられたことであり、一緒に考え、取り組むことができる。自分の人生は自分で生きよう」と、私は言い続けたいのだと、ジョンソンの秘話に接して改めて思った。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/07/10
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