伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2022年08月

吃音親子サマーキャンプを終えて〜千葉のことばの教室担当・渡邉美穂さんからみたサマーキャンプ〜

 渡辺貴裕さんと同じくらいの参加回数の渡邉美穂さん。吃音親子サマーキャンプには、初めは、教室に通う子どもたちのために何か得られるのではと思い、参加したとのことですが、いつの間にか、そのおもしろさにはまってしまい、今では、もう自分のために、自分がおもしろくてたまらないから参加していると、よく言っています。そんな渡邉さんの感想を紹介します。

 コロナで2年中止になった吃音親子サマーキャンプが3年ぶりにできてよかったと思いました。いろいろな不安もあったかもしれませんが、開催の決断に感謝します。
 毎年参加しているサマキャンですが、1年ぶりに会うといろいろな出来事があったことをいつも報告し合います。今回は、3年ぶりですからたくさん報告し合うことがありました。
 子どもだと思っていた子が大人になっていることが多かったかな。また、卒業生がスタッフになってみんなに声をかけている姿、ほほえましく思いました。
出会いの広場 渡邉美穂 

















私の担当は、最初のプログラムの「出会いの広場」です。全国から集まってきているので、初めて参加する人、緊張している人などが少しでもリラックスできたり、仲良くなったりできるように考えています。
 はじめは、一人でできるじゃんけんゲーム、二人でできる手遊びなどから、最後は、グループを作って、テーマに合ったパフォーマンスをしていました。今回は、コロナ禍ということで、密になったり、触れ合ったりしないで行おうと考えました。最後のパフォーマンスは、代表者がジェスチャーをして何をしているかを当てるクイズにしました。
 2人に出てきてもらって、1人は「うさぎ」、もう一人は「かえる」というように似ているけれど、違いを強調してジェスチャーをしてもらいました。「そばを食べている人」と「スパゲッティを食べている人」や「プールで泳いでいる人」と「海で泳いでいる人」、「アイスを食べている人」と「かき氷を食べている人」というように、2人が違いを意識して表現し、その違いをみんなが読み取りました。初めて参加した小学生が率先して参加してくれたので、とてもよかったです。

 それから、今回は劇を急に行うことになり、「がまくんとかえるくんシリーズ」のお話だったのでかえるのお面を用意しようと準備しました。いつもは、鈴木さんや西山さんが準備してくださっているので、鈴木さんに相談しました。絵を描いて写真を送ってくださったので、それをもとに画用紙でお面を作りました。当日は、これまで鈴木さんがつくってくれたカエルや、鳥、カラス、うさぎなどのお面のかぶりものというか、帽子をアレンジして縫ったものを溝口さんが持ってきてくれたので、「やっぱり違うな」と鈴木さんのすごさを感じました。
 スタッフは、初日、トータル1時間弱の練習で「お手紙」というお話を上演することができました。
 次の日からは、がまくんかえるくんシリーズの他の話3つを、子どもたちと一緒にグループごとに練習しました。これまでは、渡辺さんの演技指導を子どもたちに伝えるという劇の練習の仕方だったのですが、今回は、グループのスタッフでどうしようか?と話し合ったり、子どもたちとこれまで以上に意見を出し合って練習をしました。どうなることかと思いましたが、セリフを覚えて楽しそうに演じたり、アドリブを入れて笑いを誘ったりする子どもたちの様子を見ることができてうれしかったです。
 最後の振り返りでは、サマキャンが開催できなかったことで高校3年生として卒業式ができなかった子を含めて6人の子が卒業しました。
 一人一人のことばが、心に響きました。特に、私の劇のグループだった子が「今まで苦手だと思っていたナレーターにチャレンジできてよかった」と話していました。劇の練習では、さりげなく「ナレーターやります」と言っていたのですが、これまでどもるから演技でなんとかしてきた劇で最後だからことばだけで伝える「ナレーター」にチャレンジして、よかったということだったのです。
 そんな思いをもって劇に臨み、練習をしていたのだと最後に知らされ、ぐっときました。個々に思いやドラマがあるなと実感しました。
 やはり、今回も劇に取り組んだこと、サマキャンが開催できたことは、本当によかったと思いました。
 伊藤さんは、今回が最後だと思っていたと言っていましたが、来年もやると言ってくれたので、また新しいドラマが生まれる現場に行きたいな、行けるなとうれしくなりました。また来年、みなさんと会えることを楽しみにして、1年、過ごしたいと思います。
 3日間の出来事は、まだまだあります。また、報告していきます。(渡邉美穂)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/31

吃音親子サマーキャンプを終えて〜東京学芸大学教職大学院准教授・渡辺貴裕さんから見たサマーキャンプ〜 2

 昨日に引き続き、渡辺貴裕さんの、今度はNoteに投稿されたものを、許可を得て紹介します。
 文面から、子どもたちの話をよく聞いてくださっているのが分かります。それも、その子が小学校低学年の頃からずっと継続して参加してくださっているので、長いスパンでのかかわりとなります。話し合いや演劇の練習は、それぞれグループに分かれて行うので、自分自身が担当している所以外の様子が分かりません。こうして、言語化、文字化していただくことはとてもありがたいです。2年前に卒業するはずだった男の子の話です。吃音のことを考える上で、また、人と人とのかかわりやコミュニケーションのことを考える上で、大切なことが含まれていると思います。

吃音の高校生、撮り直し可のプレゼン動画提出と一発勝負の対面面接、どちらを選ぶ?

 第31回吃音親子サマーキャンプにスタッフとして参加してきた

 「吃音とともに豊かに生きる」ことを掲げる日本吃音臨床研究会(代表:伊藤伸二)が主催する行事だ。

 このキャンプには、学生のときからもうかれこれ20回以上参加してきた。昨年・一昨年はコロナ禍のため中止。今年も、開催するかの判断はギリギリのところだったが、なんとか再開にこぎつけた。

 滋賀県彦根市の荒神山自然の家に、全国から、どもる子どもたちと、そのきょうだいと、その親、スタッフ(どもる大人やことばの教室の教師、言語聴覚士など)が集まり、2泊3日でみっちりと吃音と向き合う。
 子どもたちは、吃音について話し合いをしたり作文を書いたり、劇の練習と発表をしたり、山に登ったり。親も、話し合いと学習会とプチ表現活動がある。
 スタッフは、何かをしてあげたり教えたりするような存在ではない。たしかに話し合いのファシリテートや劇の練習のリードはするが、スタッフも一参加者としてここに(同じ参加費を払って)学びに来ている。伊藤伸二さんが大事にする「対等性」。伊藤さん含め、誰に対しても「先生」呼びはしない。
 今年もなんとか活動の柱は変えずに、約80名の参加者ら(例年より小規模)と共に、3日間のプログラムを実施することができた。

 さて、そんなキャンプで、今回一つ印象に残ったこと。
 小学生のときからの参加者で、無事AO入試で第一志望に合格して、大学生となって今回のキャンプに来ていた男の子の話。

 そのAO入試、元々は対面での面接が予定されていたのが、コロナ禍の影響で、15分間のプレゼン動画の提出になったらしい。どもりまくって内容が飛んだりで撮り直してを繰り返して、結局、彼は動画の作成に丸2日間かかった。最終的にもたくさんどもった動画だったが、中身に関しては、やりきったと思えるもの、自分が出せるものを出し尽くしたと思えるものになったらしい。そして無事合格。達成感を得たという。

 そんな彼に、気になったことがあって聞いてみた。

 動画提出なら、思いっきりどもったとしても何度でも撮り直すことができるわけだけれど、それと、元々予定されていた対面での一発勝負での面接、もしどちらか選ぶならどっちを選ぶ?

 彼は即答した。

 
絶対面接です。


 撮り直すことでより整ったものを出せる選択肢があったとしても、彼はそれよりも、一発勝負の対面面接を選ぶという。彼はこう言う。

 
相手の反応を見ながら、「ここもうちょっと話したほうがいいかな」とか調整して話すことができる。相手なしでカメラとマイクに向かってしゃべるのはしんどい。「もう一回」とかしていると、よけいどもって、ドツボにハマっていく。


 んー、まあ、彼は元々人に積極的にかかわっていくほうだしなと思って、大学生&高校生グループの話し合いのときに、他の子たちにも聞いてみたら、「私も対面がいいです」だった。
 理由は同じ。「相手に合わせてしゃべるほうがしゃべりやすい」。

 キャンプに何度も来ていて自身の吃音を一定受け入れている子たちだからなのか、あるいはこれが一般的傾向なのかは分からない。
 が、これは、第三者による勘違いを招きやすいポイントでもあるのかなと思う。
 つまり、「どもる人たちは、できるだけどもらずにしゃべる姿を見てもらえるほうがよいだろうから、撮り直しがきく動画作成と提出のほうを好むだろう」といった一方的な思い込みだ。場合によっては、それを「合理的配慮」とさえ呼ぶかもしれない。

 けれども、少なくとも今回来ていた子たちは、たとえやり直しはきかなくても、人と直接しゃべることができるほうを選んだ(そもそもそのほうが楽にしゃべれる、一人でカメラに向かってしゃべるとめっちゃどもる、というのもあるようだが)。

 ことばは人から人への働きかけだ。
 望ましいとされる型に近づけてしゃべれるようにすることがゴールでは決してない。
 このことを忘れて、教師や専門家は、ただ見かけ上のなめらかさをよしとしたりそこを目指させたりしてしまってはいないか。
 あらためてそんなことを考えさせてくれる出来事だった。

【補足 
 一つ前の2019年の第30回キャンプを朝日新聞に取り上げられたときの記事。このときには、まさかその後2年間、感染症の流行のためにキャンプが開けなくなるなんて、思ってもみなかった。

吃音の子 ありのままの君で 親子キャンプ30回目:朝日新聞デジタル
 吃音(きつおん)を隠さなくてもいいんだよ、そんな子どもを丸ごと受け止めようよ―。言葉をうまく出せない子どもとその親が全国から集う年一回のキャンプが30回目を迎えた。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14160633.html?iref=pc_ss_date_article

【補足◆
workbook cover『親、教師、言語聴覚士が使える、吃音ワークブック』(解放出版社)。吃音と共に生きていく子どもを支えるための1冊。キャンプの話も登場する。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/28

吃音親子サマーキャンプを終えて〜東京学芸大学教職大学院准教授・渡辺貴裕さんから見たサマーキャンプ

 大学生のときから吃音親子サマーキャンプに参加してくれている渡辺貴裕さんのFace bookの記事を紹介します。渡辺さんは、吃音との接点はなかったそうですが、僕たちが大阪で開催していた、竹内敏晴さんの「からだとことばのレッスン」への参加がきっかけで、学生時代からキャンプに参加するようになり、今に至っています。
 僕たちの良き理解者であり、大切にしている表現活動・演劇の担当をしてくださっています。長年、竹内敏晴さんが脚本を執筆し、事前レッスンとして合宿で演出してくださっていました。その竹内さんが亡くなり、さて、吃音親子サマーキャンプの大きな柱である劇の稽古と上演のプログラムをどうしようと思っていたとき、「引き継ぎましょう」と言ってくれました。以来、僕たちの演劇活動を支えてくださっています。
 渡辺さんの許可を得て、渡辺さんの書かれた、吃音親子サマーキャンプの報告をそのまま紹介します。

第31回吃音親子サマーキャンプにスタッフとして参加してきた
荒神山 写真 渡辺さん
 滋賀県彦根市の荒神山自然の家で開かれる2泊3日のこのキャンプには、学生のときから毎年もう20回以上参加してきたのだが、去年・一昨年はコロナ禍のため中止になっていた。
 今年も、開催できるどうかスレスレのところだった。が、主催者の伊藤伸二さんが「行動制限が出されない限り実施」という方針を固め、開催。3日間、どもる子どもたちやそのきょうだいとその親、スタッフ(どもる大人やことばの教室の教師、言語聴覚士など)が集まり、吃音について話し合いをしたり、作文を書いたり、劇の練習と発表をしたり、山に登ったりする。親は学習会がある。
 劇は、今年は、スタッフの事前合宿もできなかったため難しいんじゃないか、となっていたのを、開始10日ほど前の打ち合わせで急遽実施する方向になった。
 そんなわけで、大枠ではほぼ例年通りの内容だ。参加者は少し少なめの約80名。
 初日のスタッフ顔合わせのミーティングで、キャンプ卒業生であり今は理学療法士をしているスタッフが、
 「3年ぶりなんで、ここに来られるだけで泣きそうなんですけど」
と言っていた。
 私は彼が小学生のときから知っていて、どもりまくりながら(正確には、難発でなかなか声が出てこないなか)真っ直ぐにセリフを届けようとする姿、普段学校の友達とはできないような吃音に関する話を同年代の仲間らとしてきた姿を知っている。参加者としても、大学生以降のスタッフとしても、キャンプを大事に思ってきたことを知っている。そんな彼の率直な言葉が私の胸にも刺さる。
 また、私自身、3年ぶりの再会、3年ぶりのこの場にグッとくる。
 休止前、高校生で「医者を目指します」と言っていた女の子が、1浪のあと無事医学部に合格して勉学に励んでいた。小さい頃からキャンプに参加して生き物が大好きだった男の子が大学生になって海洋学部に入っていた。それぞれ、入試のときの面接やら入学後のプレゼンやら苦労もしているが、吃音と共にしなやかに生きている。
 そして、キャンプは、私自身、素の自分でいられる場だ。「大学の先生」うんぬん関係なく、気楽に子どもとも親ともスタッフともかかわれる。その心地よさ。キャンプ自体、伊藤さんの方針で「対等性」を大事にしていて、「スタッフが何かをしてあげる場」ではないことに価値を置いているのだが、そのなかで過ごすことで、自分の大元に立ち戻れる気がする。
 私が自身の専門としても「評価する−される」「助言する−される」とは異なる関係性での実践を通しての学びや対話を追究していることの原点の一つは、この吃音親子サマーキャンプにある。
 キャンプは、全員が1日2回の検温をしたが、一人の発熱者も出ることなく、無事終了。
 他にもいろいろと書きたいことはあるが、ひとまずはこれで。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/27

吃音親子サマーキャンプ、無事、終わりました

 しばらくブログをお休みしました。吃音親子サマーキャンプの最終準備と、当日、そして、終わった翌日に長旅に出る無謀ともいえるスケジュールを組んだため、パソコンに向かう時間がとれませんでした。充実した日々を過ごしていて、とても元気です。

サマキャン 伸二挨拶 縮小2 さて、第31回吃音親子サマーキャンプ、無事に終わりました。
 コロナ感染大爆発の中、しかもキャンプ前日には感染者の数が過去最多となる中で、77名の参加でした。コロナ感染で急遽キャンセルも10人ほどいました。こんなに集まりにくい状況でも、初参加の人が多かったことに驚いています。
 1年前、2年前に、吃音ホットラインに電話をいただいたり、サマーキャンプの問い合わせをいただいたりした方にも、サマーキャンプ開催しますの連絡をしたのですが、その中の2組の方が参加して下さいました。必要とされていたのだ、待っていて下さったのだと、うれしくなりました。

 サマーキャンプが大切にしてきた柱のひとつ、演劇活動は、初め、コロナのためにできないと思い、別の活動を考えていました。声を出す喜び、表現することの楽しさを味わってもらえる活動を模索していました。これまで演劇活動を、竹内敏晴さんの代わりに担当してきて下さった東京学芸大学大学院の渡辺貴裕さんと私たちスタッフとで相談しました。その話の中で、やっぱり演劇は外せないと判断し、急遽、何か小さなお芝居でもできないだろうかとなり、取り入れることにしました。それがサマーキャンプ開催10日前のことでした。そこから、事前合宿もしない、いつもと違う形での演劇活動の準備に入りました。
 渡辺貴裕さんが台本を選び、脚本をつくり、演出・構成をするなど、動いて下さいました。そして、一部のスタッフが、当日の短い時間、おそらく合計1時間ほどの練習で、なんとか形にしたものを、みんなの前で披露したのです。アーノルド=ローベル作の【がまくんかえるくんシリーズ】の「お手紙」というお話でした。ひとりでお手紙を待っているがまくんの悲しさの背景や、ふたりでお手紙を待っているときのやりとりをふくらませ、別の空間では、かたつむりくんが一生懸命手紙を運んでいる場面をユーモラスに表現しました。そのかたつむりくんの姿が、子どもたちに大いに受けたようで、このお話のタイトルが「かたつむりくんの大冒険」になるのではないかと思うくらいでした。
 最終日には、同じシリーズの別のお話を、小さなお芝居として、3グループに分かれて完成させました。子どもも親もスタッフも大満足でした。
 初めて参加したどもる成人が、「演劇って、こんなに楽しいものなのですね」と感激の涙を流していました。声を出す喜び、表現することの楽しさを感じてくれたのでしょう。
 もちろん、スタッフとして成人のどもる人と専門家が入る、吃音についての同年齢の子どもたちに話し合いも充実していました。親の学習会は今回、新しいことを学習するよりも、一人一人との対話を重視したものになりました。

 また、中止した2年間で、卒業式ができず、1年前に卒業するはずだった子、2年前に卒業するはずだった子が参加してくれたので、卒業証書を渡しました。計6人が、卒業したことになります。ひとりひとりのことを思い出し、手作りの卒業証書を渡しました。その後、卒業生のひとりひとりが、メモを見ることなく、自分のこと、吃音のこと、サマーキャンプでの出会い、今考えていることなど、自分のことばで話しました。これは、毎年恒例の光景ですが、見事なものです。これまで、先輩の姿を見て、後輩たちが受け継ぎ、学んできたことなのでしょう。いい伝統が受け継がれていることをうれしく思いました。
 体調を崩す人もなく、無事終わりました。
 吃音親子サマーキャンプは今年で最後、僕は実はそのつもりでいましたが、もう少し続けてみようかなという気にさせられました。来年、開催することにしましたので、どうか、来年是非参加していただければうれしいです。
 僕も来年は79歳です。これからは、一年一年が勝負です。毎年、今年が最後、との覚悟を決めて開催することになります。もう少し詳しい報告を、少しずつしていきたいと思います。とりあえず、無事、終わったことの報告でした。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/25

吃音親子サマーキャンプに寄せて〜「どもり・親子の旅」感想から

 「どもり・親子の旅」は、どもる子ども、どもる子どもの親、そして家族の思いがつまった一冊の冊子です。実在の人たちの体験や生の声は、仲間がいること、私もできるかもしれないと思えることにつながります。今日は、どもる大人の感想を紹介します。

自分と向き直るきっかけをもらった
                        東良一(大阪吃音教室)
 『どもり・親子の旅』を拝読しました。
 子どもさんたちの多くは「自分と同じどもりの友だちができてよかった。来年もまた行きたい」と感想を語っています。自分もそうだったなあと思いました。僕は18歳のときに東京の矯正所で初めてそういう気持ちを実感したのだけれど、この子たちはすでに小学生、中学生にしてそれを味わっている、それはとてもうらやましく、また頼もしく思えました。
 もし自分が小学生のころ親や教師から「どもりの子どもたちのキャンプに行かへんか?」と誘われたとしても、僕は拒否したと思います。「なぜ?」と聞かれても説明できなかったでしょう。
 「自分のことは放っておいてほしい。どもりのことも、触れないでほしい」
 僕はそう感じていました。それをことばにする勇気は自分にはなかったし、大人の人たちに自分の気持ちを説明して分かってもらえるなどとは思わなかった。ありていに言えば、わずらわしかったからです。周囲からは「何を考えているのか分からない子ども」と映っていただろうと思います。
 それだけに、吃音親子サマーキャンプに母親から「いってみる」と誘われた時の松尾君の「行く行く、僕困っててん」という素直で率直な反応に、僕は驚きました。そしてうらやましく思いました。松尾君は小学生だけど、どもりを自分の胸にきちんと抱きかかえるようにして接している。僕はどもりを自分につきまとう重い尻尾のように引きずってきた。昔も、今も。
 そういう自分の姿と、改めて向き直るきっかけを、松尾君の文章と「どもり・親子の旅」からもらったように思います。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/17

『患者よ、がんと闘うな』と『吃音と闘うな』

 近藤誠さんが亡くなられました。73歳、僕より5歳も年下でした。これまでの医療の常識に批判的で、新型コロナウイルスに関しても発言がありました。まだまだいろいろなことを発信し続けて欲しいと考えていました。何より、もし、僕ががんになったら、近藤さんに診てもらいたいと考えていたので、とても残念です。
 近藤さんと、僕の考えに共通することが多く、多くのヒントを得ていました。センセーショナルなタイトル『患者よ、がんと闘うな』の本から、僕は、「どもる人よ、どもりと闘うな」「どもる子どもを、吃音と闘う戦場に送るな」とのことばを思いつきました。がん医療の主流派、ほとんどの医師から批判を受け、いろいろとバッシングも受けていましたが、僕は近藤さんの考えを支持していました。どんなに批判されても、ご自分の信念を曲げない人でした。たくさんの論文を読み、自分の実践から、エビデンスにもとづく提言だったからです。
 『患者よ、がんと闘うな』(近藤誠)が刊行されたのは、今から27年も前のことでした。
 1996年に書いた巻頭言を紹介します。今は使っていませんが、当時は「吃音者」ということばを使っていましたので、そのまま紹介します。
(「スタタリング・ナウ」1996年8月15日 NO.24)
 
  
吃音者よ、吃音と闘うな
               日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


 ― 人は夢や希望を持つことが大切とよく言われます。しかし、ことがんに関しては、それは当てはまりません。いや、むしろ、夢や希望を持つことは有害とさえいえるでしょう。なぜならば、夢や希望にすがった結果、からだを切りきざまれ、単なる毒でしかないものを使われてしまうからです・・(中略) 
 せっかくよかれと思ってつらい治療をうけたのに、あとで後悔するのは悲しすぎます。後悔しないためには、がん治療の現状を正確に知り、がんの本質を深く洞察することが必要になるのです。できることとできないことをはっきりさせて人々に知らせることも科学としての医学の役割でしょう。これまで、患者や家族が悲痛にあえいできたについては、がんと闘う、という言葉にも責任があったようにも思われます。自分のからだと闘うという思想や理念に矛盾はないでしょうか。徹底的に闘えば闘うほど、自分の体を痛めつけ、滅びの道へと歩むことにはならないでしょうか ―      『患者よ、がんと闘うな』近藤誠 文藝春秋社

 今、ベストセラーになっている、この本はがんについて書かれたものだが、がんを吃音に置き換えると、そのまま、私たちがこれまで主張してきたこととほぼ同じだ。
 「今まで言われているがん治療法は手術を含め、ほとんど有効ではない。抗がん剤の副作用で多くの患者たちが悩んでいる。抗がん剤が効くのは、1割程度。がん検診は百害あって一利なし」
 近藤さんはこう主張し、がんと闘うなという。
 吃音は、薬も、手術もない。これといった治療方法はまだ確立されていない。その中で、治したいという希望だけが根強く残っている。
 確実な治療方法がないのに、吃音を治したいと夢をもつこと、吃音を治そうと試みることが、どんなにその人の自分らしく生きることを阻害するか。私たちは多くの実例をみてきた。
 ギリシャのデモステネスの時代から、吃音を治す試みは続けられた。多くの人が果敢にも、どもりとの闘いに挑んだ。闘いに挑み、勝利した人もいるだろうが、実際には、努力しても治らない人の方が圧倒的に多い。
 治らないことに気づき、早く闘いを投げ出した人はいいが、諦められず、吃音を治さなければならないと思いつめる人は、果てしない闘いに駆り立てられていく。治らないのは、自分の努力が足りないからだと自分を責め、あくまで吃音との闘いを止めず、疲弊していく。
 吃音者の悩みは、治せないものに対して、治ると信じて闘いを挑むことだと言っていい。挑戦し続け、それが実現せず、自己不信に陥り、自己を否定していく。吃音の場合の、治療からくる副作用は自己否定である。
 早くこの闘いの無意味さを知らさなければならない。私たちは20年以上も前の1974年、《吃音を治す努力の否定》を提起した。
 この20年間、吃音についてどんな進展があったろうか。有効な治療方法が確立しただろうか。一方、私たちの主張は広く受け入れられるようになっただろうか。
 残念ながら、両者とも全く変わっていない。
 20年前、それこそ清水の舞台から飛び降りる決意で提起した《吃音を治す努力の否定》以降も、吃音との闘いに挑む人、どもる子どもをその闘いに向かわせる吃音研究者、臨床家も後を絶たない。
 吃音者の悩みの多くが、治らないものを、治そうと挑むことなのに、その吃音との闘いをすすめることはなんと残酷なことか。
 私たちは、再び声をあげなければならない。
 『吃音者よ、吃音と闘うな』
 『どもる子ども・吃音者を、吃音と闘う戦場に送るな』
              (「スタタリング・ナウ」1996年8月15日 NO.24)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/16

吃音親子サマーキャンプに寄せて〜「どもり・親子の旅」感想から

 いよいよ今週の金曜日から、第31回吃音親子サマーキャンプが始まります。このコロナ禍の中、どもる子ども、その保護者、ことばの教室担当者やどもる大人など、80名が参加します。
 感染対策を第一に考えて、内容・プログラムも変更しました。吃音についての話し合いと、自分の声やことばに向き合う表現活動は欠かせません。例年のように事前合宿をしてのお芝居はできませんが、それに代わる表現活動を考えました。
 子どもたちの生きる力につながる3日間を過ごしたいと願っています。

 「どもり・親子の旅」を読んだ、同じようにどもる子どもの保護者の感想を紹介します。

吃音親子キャンプに期待すること
   〜『どもり・親子の旅』を読んで〜
                福田雅子(どもる子どもの親)


 この冊子を読んで、私は今なお受け入れの悪い母親ですし、我が子を見ても、同年代のどもる子どもと比べて随分心身共に幼いように感じました。
 私は昭和62年に双子を、2年後に三男を出産し、やんちゃな3人の子育てにイライラした毎日を送っていました。
 次男が4歳頃、突然「お、お、おかあさん」と、どもるようになりました。そして双子の長男もいつしか同じくどもるようになったのです。私はこの時から、長男・次男を随分叱り、押さえ続けてきた結果で、私の子育てが悪かったと思ってきました。
 学校での次男は、いつも自由帳だけが頼りで、毎日毎日、真っ黒になるほど描きなぐって帰ってきます。「秀ちゃん、休み時間は何してるの?」と尋ねると、「自由帳」と答え、友達がいないことが親として大変辛いことでした。
 伊藤伸二さんが講演会で、勉強より友達とかかわる休み時間が辛かったこと、楽しい遠足がお弁当を一緒に食べてくれる友達がいないために大変憂鬱だったと話されたことが、次男の心中と重なり、親として何もできず、ただただがんばってと願うしかありませんでした。
 去年の9月より、ことばの教室に通わせていただくことになりました。担当の先生は、自分もどもることがあるよと次男に話しかけて下さいました。私が学校の様子を聞いても「どうでもいいやん」と言っていた子が、ことばの教室に行くとすすんで吃音や学校について語り合っている姿に、私が子どもの悩みや吃音について話させなかったのだと思いました。担任の先生にも連絡して下さり、クラスの次男に対する理解が深まったのか、友達関係も広がってやっと明るさを少し取り戻してくれているこの頃です。
 体験文からは、親がしてやれる限界があり、子どもを信じて見守ってあげる大切さが切々と伝わってきました。ことばの教室の先生が何故私にこの吃音親子体験文集を送って下さったのか、読むうちに少し理解できたように思います。
 今年のキャンプは参加できませんが、冊子を読んで、苦難を幸福に変える、それがキャンプで体験できることを確信しました。私共もいつか参加し、同じ悩みや体験を共有できる親や子どもたちと出会って学んでいきたいと願っています。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/15

吃音親子サマーキャンプに寄せて〜「どもり・親子の旅」感想から

 初期の吃音親子サマーキャンプに参加したあることばの教室の担当者の感想を紹介します。この担当者と参加した母親との間で、サマーキャンプの夜、深夜に近い時間に繰り広げられたやりとりを、僕もよく覚えています。「吃音は治らない、治せないと思っているのに、なぜ、ことばの教室担当者のあなたは、改善していこうね、がんばろうねと言うのか」。この、母親からのまっすぐな問いかけに対し、何と答えるのか。緊張感が漂う時間でした。
 「どもりを治したい。でも治せない。そんなこと、子どもや母親に言えない」と、その担当者は心の底で思っていたそうです。そんな自分を見透かされ、思考が止まりそうになるのを必死に押さえ、僕やどもる子どもの保護者やどもる人たちスタッフの話に耳を傾け、その人は、『どもりを持ちながら生きていける援助をする』のが、ことばの教室にかかわる者の在り方だということが分かったと書いています。

どもり・親子の旅 そしてわたしの旅
                     東京都、ことばの教室  三田和子


 ある晩、「三田さん、○○さんが最近元気がないんです。私の高校のときと重なって心配でしょうがないんです。一緒にお菓子を作りませんか」という斉藤さんからの誘いの電話がありました。
 午後のひととき、3人が集まってケーキ作りに励みました。粉を計りながら、メレンゲを泡立てながら、話が弾みます。
 私たち3人は「吃音親子サマーキャンプ」で知り合いました。関東から参加した人は少ないので、つながりが切れないよう東京に戻ってもこまめに連絡を取り合っています。
 喫茶店で、公園で、デパートの屋上でとおしゃべりを楽しんできました。サマーキャンプの直後は「つまってしゃべりにくい」「電話も初めのことばが出にくい」と言ってた斉藤さん。友達ができ交際範囲が広がるにつれ、「長電話になってしまう」「将来は北海道に行って、牧場で働きたい」と明るく話してくれるようになりました。
 吃音をなんとかしたいと吃音親子サマーキャンプに飛び込んできた彼女たちを支えていきたいと思っています。ことばの教室の担任として、多少の責任感もあったかもしれません。しかし、初めて知り合ってから3年目、責任感のみでは続くはずありません。仲間になった気がするのです。
 それは私も「何とかしたい」と吃音親子サマーキャンプに飛び込んで行ったからです。どもるお子さんと向き合う時、自分に自信がなかったのです。
 ことばの教室の担任になって十数年が経ちますが、吃音のお子さんとの付き合いは十人に満たないくらいでした。相談にくる子どもの中に吃音のお子さんがあまりいなかったということもあるでしょうが、吃音のお子さんを受け持つことに前向きでなかったこともあります。
 そんな自分から抜け出したいともがいていたときに吃音親子サマーキャンプの誘いが目についたのです。
 まず竹内敏晴さんの演出で「セロ弾きのゴーシュ」の演劇レッスンを受けに行きました。今思うとよく一人で行けたなあと思ってしまいます。私はどもりませんが、「自分の発する声が相手に届いていない」不安がいつもあり、ここで変えたいという欲求が背中を強く押したのでしょう。
 事前のレッスン、そしていよいよ吃音親子サマーキャンプ初体験となりました。子どもたちが寝静まり、スタッフとお母さん方の話し合いのとき、ことばの教室の担任としての姿勢を問われたのです。自信のなさ、不安をあるお母さんから指摘されてしまいました。 「先生は吃音は治らないと思っているのに、一緒に改善していこうね、というのはおかしい」と言われました。そのお母さんは「吃音は治りません」と言われた時はショックだったそうです。次に「治らないんだからどうしようか」と先を考え始めていたのです。そんな矢先に私のことばは欺瞞に思えたのでしょう。私は悲しくなるくらい真剣に自分に問い続けました。「吃音を治したい。でも治せない。そんなこと、子どもや母親に言えない」と心の底で思っていたのです。
 母親の重く厳しい一言が私の頭の中を真っ白にさせました。思考が止まりそうになるのを必死に押さえ、伊藤伸二さんを初めスタッフの方の話に耳を傾けました。『どもりを持ちながら生きていける援助をする』のが、ことばの教室にかかわるものの在り方だということが分かりました。
 わたしのどもりの旅は頭の中が真っ白になった所から始まります。あいまいな自分をさらけ出してしまったからにはもうこわいものはありません。
 夏休みが終わり、晴れ晴れとした気持ちで子どもと向き合うことができました。母親との話し合いも苦にならなくなりました。親と同じ土俵に立って子どもを援助していこうと思いました。
 2回目のサマーキャンプでまた新たな出会いがありました。4年生の本田みほさんとお母さんです。斉藤さんたち同様、キャンプが終わった後もかかわりは続いています。本田さん親子のどもりの旅はキャンプの後の帰りの新幹線の中から始まりました。どもりにふたをするのではなく、取り出して二人の手のひらに載せ、触ってみたり弾いてみたりときには磨くこともあるかもしれません。時々私の手のひらにも載せてもらって、キャッチボールができたらいいです。
サマキャンの旗 親子旅の表紙 『どもりを持ちながら生きていける援助をする』かかわりから、今変化が起きていることを感じています。出会いから始まり、心を通わせていくに従い、生かされている、援助されている自分を感じるようになったからです。どもりをきっかけに触れ合いの輪が広がっていくことに感謝しています。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/13

吃音親子サマーキャンプに寄せて〜「どもり・親子の旅」感想から

 「吃音の夏」と僕たちが呼ぶ、夏の大きなイベントを今年は3年ぶりに開催しています。
7月末には、千葉で「親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」を開催しました。次は、1週間後に迫った吃音親子サマーキャンプです。会場への連絡、保険加入手続き、参加者への最終案内と、準備を進めています。
 昨日は、「スタタリング・ナウ」1998.7.18 NO.47の巻頭言を紹介しました。巻頭言の後には、大阪吃音教室のことば文学賞の選考を長くして下さっていた高橋徹さんが、吃音親子体験文集を読んで感想を寄せて下さったものを掲載しています。高橋さんは、朝日新聞の記者で、カルチャーセンターで文章講座の講師を務めるなど、書くことを大切にしてこられました。

サマキャンの旗 親子旅の表紙
どもり・親子の旅〜吃音親子体験文集〜 感想特集

その"旅"に光あふれて
                詩人・高橋徹


 わが子がどもりだと、知った時の親の衝撃の大きさは想像を絶する。
 それまで目に入らなかった〈どもりは治る〉といった広告を頼り、すがる思いで子どもとともに吃音矯正所に通う。
 が、効果はない。一時、軽くなったと思えた症状は、いつか再びひどくなっている。
 大阪吃音教室や吃音親子サマーキャンプに参加する人々の多くは、たいていこのような回り道のあげくであろうか。
 そしてそれらの場で、どもりは「治らないということを受け入れること」、子どもに「早い時期に、吃音を自覚させること」を知らされる。
 『どもり・親子の旅』の松尾さんの報告は、その驚きを鮮やかに伝えている。
 「やはり治してやれないのかという絶望感と、今まで私がしてきたこと(吃音を意識させないようにしてきたこと)と全く正反対の考えに、大変ショックを受けました。
 これは1995年6月、初めてどもる子どもの両親教室に参加した時のことだそうだ。そしてこの報告には、また次のようにもあった。
 「今、ようやく長かった原因探しや治療探しの旅から解放された気がします(後略)」
 原因探し・治療探しの旅という言葉も重い。子どもと共に病院を回り、吃音治療所を転々とした焦りと涙がにじんでいる。
 詳細なこの報告には、もちろん当の子どもさんも描かれている。
 「おまえの話し方、おかしいなあ」と級友から言われて、子どもは自分は普通ではないと知るのだが、後に子どもは母に次のように言った。「ぼくのような話し方は、どもりとか吃音だということをきちんと教えてほしかった」
 『どもり・親子の旅』には、どもりの子に対するいじめも報告されている。「に」や「く」をどもる子にわざと「肉」と言わせたり、どもるまねをして見せたり、「日本語知らんの?」とからかったり、帽子を取り上げて「くやしかったら、ちゃんと喋って見ろ。そしたら返してやる」。また「あいうえお」を言わせたり…。
 それらの多くの報告の現場を想像すると、胸が凍りついてくる。教室や廊下か校庭か下校の途中か。どもる子は仲間に囲まれている。ひとりかふたり、強い子がいて声をあげると、全員がどもる子を指さしてはやしたてる。
 高校にもいじめがあることを不覚にも、私は初めて知った。しかも、先頭に立つのは教師だという。その高校生の報告―。
 ―1年の担任のことば「オレはこのクラスに、めっちゃ嫌いな奴がおるわ…。誰とは言わんけどなあ。なんでオレのクラスにこんな奴おるねん!」
 この生徒は小さな時からどもり故に、先生からやっつけられていたらしい。
 ―小学生の時、「早く言い! 私は待てへんで」。「中学1年の担任は暴力教師。生徒も合わせて集団嫌がらせ。文化祭のせりふをどもったと、そのせりふの最初のことばをとってあだなに」。
 さて、吃音親子サマーキャンプ。どの子もどの親も参加してよかった、と報告している。『どもり・親子の旅』を知らない読者のために、整理して紹介する必要があるだろう。
 吃音親子サマーキャンプは施設の整ったキャンプ地で、3日間にわたって開かれる。どもる子ども同士、親同士、また親子同士の話し合い、触れ合い。同行したリーダー・世話役ももちろんそれらに加わる。そしてさまざまなレクリエーション、劇のけいこと発表、詩や作文も書くなどまことに充実した3日間だ。
 「2年のころ、よくみんなにからかわれたり、まねをされて、泣いて帰ったことがあります。でも3年の時、親子サマーキャンプに行って、どもってもべつにいいんだということが分かりました。それから、たまに発表ができるようになりました。どもることがあっても気にせず、読んだり言ったりしています。まだみんなから、からかわれているけど「それがどうしたんや」
と言い返しています。」(小学4年生)
 3・4年が集まって話し合う時間、「発表の時に、ことばがつまるのがはずかしいです」と言うと、「ぼくもいっしょや」と言ってくれました。(小学3年生)
 仲間との交流によって、開眼していくようすがよく分かる。どもりは自分だけではないと確認することも、自信への道なのであろう。

 どもりは治らないものらしい、とこの私も大阪吃音教室の人々との触れ合いによって、ようやく分かってきた。たまさか、大阪吃音教室の夜の例会に出席することがある。
 皆さんの顔は明るく、表情や態度にやさしさがにじみ出ている。何よりもびっくりするのは、どもる人などいないかに見えることだ。
 が、やはりつまったりする。初めて、なるほど吃音教室の会合だと納得する。
 余談だが、私の新聞社の先輩は、ひどいどもりだった。常に初めの音が出ない。機関銃のように音が発射される。が、ことばにはならない。
 顔は紅潮し、汗がにじむ。呼吸を整えて後、ようやく「きみにたのみがある。れいのひとにあって、しゅざいしてほしい」
 と用件が伝わる。そうかと思得と、実にすらすらと会話をかわす時もあるのだ。
 仕事の話だとつまり、のんきな話だとつまらない―ともいえないようだった。その逆とも。くつろいで酒などのみ合っている時もひどくつまったり、つまらなかったり。
 どもりは全く得体のしれぬやつだ。
 この先輩とは随分親しく付き合った。家も近くだった。が、どもりについては、ついに質問したことはなかった。
 大阪吃音教室、日本吃音臨床研究会の伊藤伸二さん初め、会員の人々を知って、私の視野は広くなった。今回の『どもり・親子の旅―吃音親子体験文集』を贈られて更に。
 この文集を読めば、あの先輩はどのように反応するだろうか、とふと思った。が、それを知ることはできない。彼は先年、亡くなってしまったから。
 文集に出てくる子どものことばのうち「ぼく、どもってもええんか」
が深く印象に残る。どもりを治してやろう、と必死の親。どもりは恥ずかしいものである、との考えを叩き込まれる子ども。
 このことばには、その呪縛からの脱出第一歩がひそんでいると思われるからだ。
 伊藤さんの次のことばも、私の魂に刻みこまれてしまった。
 <症状に注目し、吃音を治してあげたい、軽くしてあげたいと取り組むことは、その子の吃音を、ひいてはその子自身を否定することになるのです〉
 伊藤さんらスタッフの精進をこの上とも祈りたい。(1998.7.18)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/12

こっちの道もあったんだ

 「どもりは治る、治せる」、「どもりを治さないと大変なことになる」
 1965年の21歳まで、僕にはこの情報しかありませんでした。吃音を治すことが、唯一の道のように思わされていたのです。しかし、大勢のどもる人が集まり、自分の人生を語り、対話する中で、「どもっているまま、豊かに生きる」という道があることに気づきました。まさに、「こっちの道もあったんだ」です。僕は、僕の意見を押しつけようとは思いません。ただ、こっちの道もあるんだよということは伝えたいと思っています。
 吃音親子サマーキャンプが1週間後に近づいています。新型コロナウイルスの感染拡大がかつてないほどに拡大している中でも、初参加の人のキャンプへの申し込みがあります。コロナウイルスの感染には最大限注意しながら、今年は開催しますが、今回紹介するのは、吃音親子サマーキャンプに参加した人たちの声を特集した「スタタリング・ナウ」からの紹介です。
1998年7月18日の「スタタリング・ナウ」NO.47の巻頭言を紹介します。

こっちの道もあったんだ
              日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「どもりでちょっとよかった」(高校1年女子)
 「僕、どもってもいいんか」(小学3年男子)

 30数年前、どもる人のセルフヘルプグループを創った頃、どもりを治したいとの思いはとても強く、このようには考えられなかった。このような考え方ができるとは想像すらできなかった。
 吃音親子体験文集『どもり・親子の旅』には、小学生・中学生・高校生、そして親の、従来なかった視点からの体験があふれている。それは、新しい価値観、新しい文化とも言えるものだろう。

◇私はいろんなおともだちとしゃべりたい。その時私がどもっても平気です。だって、キャンプでどもっている大人の人が平気なのを見たからです。(小学4年生・女子)
◇親の話し合いのスタッフは、出された疑問や質問に自分の経験を交えて、かなりどもりながら応えていた。その姿を素敵だと思いました。(親)
◇同室のどもる子どものお母さんが「私もどもります」と少しどもりながらいろいろと話して下さいましたが、どもっている彼女に嫌悪感など、みじんも感じませんでした。(親)
◇劇の上演の時、すごくどもっていたけれど、それはそれは一生懸命に言葉を言おうとしている青年の姿に感動しました。(親)

 吃音親子サマーキャンプに取り入れている芝居。緊張する状況に身を置き、大勢の前で舞台に立つ。
 《大勢の人の前で劇をすることを避けなかった》
 《練習の時よりも大きな声が出た》
 《みんなが真剣に聞いてくれてうれしかった》
 これらの体験によって、子どものどもりに対する見方が、これまでにない広がりをみせる。私にもできるのではないかと少し自信が生まれる。
 吃音親子サマーキャンプのスタッフの多くは、どもる人たちだ。どもりながら明るく笑い飛ばす大人がいる。大人がどもりどもりキャンプの説明をしている。どもりは悪いものでも劣ったものでもないと信じる大人のどもる姿は、どもってもいいとの安心感を与える。どもりが治らずに大人になっても大丈夫なのだという見本がいっぱいいるのだ。子どもたちはその全体の雰囲気、大人たちの姿に影響を受ける。
 どもりながらやり遂げたという体験と、このどもる大人との出会いによって、価値観は広がりをみせる。
 吃音を否定し、自己を否定することによって自分を見失ってしまった私たちが、後に続く人たちにできることは、「どもっていてもいい」「あなたはひとりではない」と言い続けることしかない。
 しかし、この私たちの価値観や文化を主張することは、他の価値観や文化を抑圧することに繋がる危険性があることは意識しておきたい。
 だから私たちは、私たちの価値観を子どもたちや親に押しつけ、サマーキャンプで、それを声高に叫んでいるわけではない。ことさらにどもりを受け入れようと強調しているわけでもない。ただ、どもりと真剣に向き合い、自らのどもりを、気持ちを自分のことばで表現しているだけだ。
 一般的によく使われる《180度の価値観の転換》とは言わず、価値観を広げるという表現をする。それは、ひとつの道しか考えられなかったところに、「こっちの道もあるのだよ」と伝えることだ。どの道を選ぶかはその人の自由なのだ。
 この子どもたちも、今後どもりに悩むことはあるだろう。どもりを治したいと願う時期もおそらく来るだろう。しかし、一度は吃音と真剣に向き合い、複数の仲間と語り、自分ひとりではなかったと実感したことは確かなのだ。そして、どもりながら、自分なりに豊かな人生を生きているどもる人に出会ったことは、「こっちの道もあったのだ」とまた思い出させ、気づかせてくれることだろう。
 「どもりは治さなければならない」
 ひとつの道しか考えられなかった私たちの時代とは、明らかに違うのだ。
           「スタタリング・ナウ」1998.7.18 NO.47


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/11
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