伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2022年01月

大阪吃音教室の実践〜まとめ〜

 大阪吃音教室の歴史、考え方の変遷、内容、参加者の変容とその分析などを紹介してきました。今日は、第一回吃音ショートコースでの活動の発表のまとめを紹介します。
 これは、1995年に報告されたものですが、大きな3つの柱は、今も変わりありません。ひとつひとつの講座は、毎年2月に行われる運営会議で改訂してきています。今年の運営会議は、2月19・20日に予定されています。コロナの影響でどうなるか微妙ですが、運営会議は、運営委員ひとりひとりがこの1年に考えたことや感じたことも語るので、その人の動向も知ることができる貴重な時間となっていて、とても楽しみにしています。

 
大阪吃音教室報告 まとめ
 1987年4月からの大阪吃音教室の実践は、今年で8年目を迎えています。参加者は当初から、常時20名から30名が参加します。
 吃音講座を含むその内容は、参加者の感想や要望などを検討し、毎年例会を考える合宿等で論議しながら、改良されています。現在では、当初にはなかった、一分間スピーチやアサーショントレーニングが加わり、数年前からは、話しことばへのアプローチとして、竹内敏晴ことばのレッスンが取り入れられています。
 〈吃音と上手につき合う〉を全面に出した大阪吃音教室の実践は、どもる人自身の学びや自己啓発が吃音克服に必要であることを実証した取り組みであると言えます。
 吃音に悩む人をどう支えるかは、セルフヘルプグループの究極の目的です。そのための独自の方法を探り、相互援助機能を高めるためには、グループ構成員一人一人が〈吃音と上手につき合う〉実践を積み重ねていくことでしょう。
 この8年間の中では、私たちなりの援助の事例ができつつあります。それらをまとめ、整理しながら、今後も大阪吃音教室をよりよいものにするため、さらに〈吃音と上手につき合う〉プログラム作りを続けたいと考えています。

●下記は、大阪吃音教室スタート時のプログラムだが、その後一年ごとに改訂がなされている。
〈吃音講座のスケジュール〉
講座1 吃音に関する基礎講座
1)吃音とうまくつき合うために
吃音とうまくつき合うためにはどうすればよいか
2)吃音の原因と治療の歴史
真似をしてうつるのか? 遣伝なのか? 吃音の原因についての正しい知識を得、これまでの治療法の歴史を知る
3)アメリカの治療法の紹介
ウェンデル・ジョンソンの言語関係図とチャールズ・ヴァン・ライパーの吃音方程式を中心に
4)吃音の予期不安・場面恐怖・吃語恐怖
吃音問題を考える上で大切な予期不安や恐怖について、その克服を探る
5)セルフヘルプの考え方
自分の問題を自分自身が気づき、解決していくことの重要性について
6)吃音問題解決の新しいアプローチ
新しくみんなで作る吃音方程式
7)吃音の事例研究
あるどもる人の事例検討を通して、自己の吃音を客観的にとらえる

講座2 コミュニケーション能力を高めるための講座
8)どもる人のコミュニケーションの諸問題
他人とのコミュニケーションを阻むものは何かについて考える
9)どもる人にとっての話し方教室
人前で話せる、人と楽しく雑談できる、人から信頼される話ができるなど、それぞれの目的に応じて訓練法を学ぶ
10)どもる人にとっての文章教室
要領よく話すために自分の考えをまとめるなど、コミュニケーションに役立つ文章作りのすすめ
11)どもる人にとっての朗読教室
より豊かな表現力を身につけるための朗読練習
12)発声訓練について
日l常生活の中でどのような発声の訓練をすればよいか

講座3 自分を知り、自分を高めるための講座
13)交流分析1 自分の中にある3つの自我とエゴグラム
自分の中にある3つの自我に気づく
14)交流分析2 気持ちのよい交流をするためのやりとり分析
自分がとっている交流パターンに気づき、よりよいものにする
15)交流分析3 人間関係をよくするストロークについて
人間関係をよりよいものにするために、相手にプラスのストロークを与えることの大切さを学ぶ
16)交流分析4 人との交流での時間の構造化(人生目標の明確化)
より有意義な時聞の使い方を考える
17)交流分析5 脚本分析
これまで知らずのうちに繰り返し行ってきた非建設的な行動パターンに気づき、それを変える
18)論理療法1 論理療法の基礎哲学
人はなぜ、不安や悩みをいつまでも持続させるのか、そのしくみを知る
19)論理療法2 非論理的な考え方
自分が持ち続けている非論理的な考え方に気づく
20)論理療法3 非論理的な考え方の粉砕
不安や悩みからの解放の道を探る
21)行動療法 断行訓練
言いたくても言えない、言わない自分に気づき、正当に自分を主張することの大切さを学ぶ
22)ゲシュタルト・セラピー
今、ここでの気づきの大切さを学び、自分を変えるとはどういうことかを知る
23)自己開示
人と楽しくつき合う、人生を豊かに楽しく生きるには自分をさらけ出すことが必要であり、そのときの留意点について考える
24)森田療法
吃音のとらわれ、吃音によるはからいの行動から脱却するために森田式生活術から学ぶ

(『障害児指導の方法』学苑社 吃音の指導法〈3〉成人吃音の指導 より)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/31

大阪吃音教室の実践〜参加者の感想とその分析2〜

 どもる人がどう変わっていったのか、大阪吃音教室の機関紙「新生」に掲載されていた参加者の感想文と、分析されていた文章を紹介しました。今日は、もうひとりの感想とその分析を紹介します。

  
自分の中の吃音
                     山本さん(32歳)看護婦

 物心がついた頃から、どもっていた。厳格で、潔癖な母は、何とか私のどもりを治そうと、私の異常な発音に注意深くなっていた。母の前で話すときは、ついどもってしまった。どもるたびに、困惑し、悲しそうにする母の顔を見るのが辛かった。
 小学校、中学校時代は男子生徒から馬鹿にされたり、はやしたてられたりし、何度となくみじめな思いを味わった。しかし、それでも、学校を欠席することは、その後の学校生活を含めて一度もなかった。自己紹介、国語の朗読、研究発表、与えられたことは、皆と同じようにしてきた。どんなにひどくどもっても苦しくても逃げることはしなかった。本当は辛いと言って泣きたかった。逃げたかった。でも、それをしなかったのは、逃げる勇気がなかったのかもしれない。
 母は、「どもりは必ず治る」と、私を勇気づけ、私もそれを信じて疑わなかった。どもりが治ることが、母の、そして私の願いだった。
 高校1年のとき、民間矯正所へ行った。期待して行った矯正所は、劣等感、罪悪感をさらに植え付けただけで、多くのどもる人が経験したのと同じ結果となった。
 ハンディを持つ私に、何がしかの資格を持たせたかった母に言われるまま、看護学校へ進んだ。そして、免許を得た私は、単身で大阪に出た。友人も知り合いもない土地、働くのも初めての経験、さらに重いどもり、何とも言えない不安を感じつつ、私の生活が始まった。
 看護婦としての生活は、スタッフ間の申し継ぎ、電話の対応、病棟内放送、緊急時の医師への連絡等、どれもが辛い仕事だった。
 毎日毎日、どもり続け、そして悩み続けた。日毎に、朝の来るのが辛くなった。何度も退職しようと思った。それでも学校を休まなかったように、仕事を休んだり、逃げたりはしなかった。皆の前でどもり続けた私は、ことごとく自分を責め、そして辛くて逃げようとする自分も決して許さなかった。どもれば嘆き、逃げようとすれば自分を責める繰り返しだった。結婚、育児と生活環境が変わっても、それは同じだった。今まで逃げずにやってきたのにどもりは消えない。あれほど人前で話し続けてきても恐怖心は増すばかりだった。私はだんだんと疲れてきた。前へすすむことも、引き返すことも、逃げることもできない状態に自分自身を追い込んでいった。
 途方に暮れていたときに、大阪吃音教室と出会った。仕事と家庭をもつ身に、毎週金曜日の夕方からの教室への参加は、大変なことだった。しかし、無理をして参加して、私は大きなものを得た。
 「吃音と正しくつき合う講座」の中で、吃音について、吃音の原因や治療の歴史について、また他のどもる人の体験など、多くのことを学んだ。その中で、どもりは治らないかもしれないこと、治らないのは自分のせいではないこと、自分を許し、ほめることの大切さを知った。
 なんとか治そうと必死になっていた頃の肩に大きな荷物を背負っていたのが、軽くなった。もう自分を苦しめることはやめよう。どもりを治そうと必死になることはやめよう。そう思えたら自分をあれほど苦しめていたもう一人の自分がいなくなった。大阪吃音教室と出会えたこと、これは私の生涯で劇的なことだった。これまでどもることで苦しいことばかりの連続だったけれども、生きていてよかったなあと、今は思える。
 これから先、もっと苦しいことに出会うかもしれない。でも、今度からは、少し気楽にやってみようと思う。そして、やっぱり逃げないで生きていこうと思う。(1987年10月機関紙『新生』より)

   山本さんの感想からの分析
 山本さんのように、吃音を治したいと切実な思いで、大阪吃音教室を訪れる人は少なくありません。この人たちと吃音と上手につき合うという立場で、どう援助できるか、セルフヘルプグループの真価が問われるところです。
 初めて大阪吃音教室を訪れた人が、来て良かったことを次のように言います。

1)吃音に悩んでいるのは自分一人だと思っていたが、自分と同じような人が大勢いることを知り、安心した。
2)初めて吃音のことを話題にでき、吃音について学ぶことができた。
3)吃音のことを話せる友達ができた。

 親にも、教師にも、友人にも、吃音の悩みは話せなかったという人は少なくありません。自分以外のどもる人と知り合い、吃音について語り、悩みを出し、初めて他人に受け入れられる、この体験は、問題解決への出発点でもあります。
 しかし、山本さんのように吃音に悩み、「前へ進むことも、引き返すことも、逃げることもできない」深刻な状態のどもる人にとって、事態の進展は容易ではありません。同じような悩みを持つどもる人に悩みを話し、共感や励ましを受けても問題解決の糸口を見つけることは困難です。
 小学校・中学校時代からの吃音による辛い体験は、吃音は劣ったもの、悪いものという価値観を植え付け、吃音は治さなければならないという考えを強化してきました。そして、信じて疑わなかった、努力すれば必ずどもりは治るという願いは、就職しても、「あれほど人前で話し続けても恐怖心は増すばかりだった」と、現実のものになりませんでした。「皆の前でどもり続けた私は、ことごとく、自分を責め、そして辛くて逃げようとする自分も決して許さなかった。どもれば嘆き、逃げようとすれば自分を責める繰り返しだった。結婚、育児と生活環境が変わっても、それは同じだった」

吃音は劣ったもの(過去の辛い体験でもつ価値観)
  ↓
どもりは必ず治る
  ↓
どもりが治らない現実
  ↓
努力不足・どもる自分を責める
  ↓
吃音は劣ったもの(過去の辛い体験でもつ価値観)

 この悩みの悪循環を断ち切るのには、吃音についての正確な知識を学び、他のどもる人の体験に学びながら、吃音や自分自身と向き合うことがまず必要でした。
 山本さんは、大阪吃音教室での経験を次のように振り返ります。
 「吃音と正しくつき合う講座」の中で、吃音について、吃音の原因や治療の歴史について、また他のどもる人の体験など、多くのことを学んだ。その中で、どもりは治らないかもしれないこと、治らないのは自分のせいではないこと、自分を許し、ほめることの大切さを知った。なんとか治そうと必死になっていた頃の肩に大きな荷物を背負っていたのが軽くなった。もう自分を苦しめることはやめよう。どもりをなおそうと必死になることはやめよう。そう思えたら自分をあれほど苦しめていたもう一人の自分がいなくなった」
 吃音と直面し、自分と向かい合うことは、吃音で辛い体験をしてきたどもる人にとって簡単なことではありません。同じように吃音に悩んできた仲間の協力が必要です。そして、どもる人自身が、どのように吃音と取り組めばいいか、吃音についての知識や取り組み方も学び、知る必要があります。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/30

大阪吃音教室の実践〜参加者の感想とその分析〜

 第一回吃音ショートコースで、大阪吃音教室の活動について報告した内容について紹介しています。昨日は、大阪吃音教室の実践を紹介しました。今日は、どもる人がどう変わっていったのか、大阪吃音教室の機関紙「新生」に掲載されていた参加者の感想文と、分析されていた文章を紹介します。

 
開き直りだけじゃない
                  春木さん(48歳)会社員

 「吃音への偏見を訴える―治るものと決めてかかる不幸―」(昭和52年2月、毎日新聞、編集者への手紙〜溝尻佐江子)の記事を読み、私の吃音観は大きく変わった。その記事を何度も読み、自己流に解釈し、自分のどもりは治らないものと開き直っていた。そうすることで、会議等の発言内容の乏しさで自己嫌悪に陥ることもあるが、日常生活については支障なく過ごしてきた。
 この大阪吃音教室を新聞で知ったのも何かの縁、何回出席できるか疑問だが、「どもりは治らない」、ただそれだけでも確認できたら十分、そんな軽い気持ちで参加した。
 しかし、回を重ねるごとに大阪吃音教室の内容の新鮮さに引き込まれ、これまでの自分がそのまま話されているような気持ちになり、うれしくなったことがたびたびあった。さらにコミュニケーションの講座に入る頃から、これは吃音講座というより社会教育を受けているような気がしてきた。今まで開き直りだけで吃音に対処し、生活してきたことが恥ずかしくなってきた。
 話すことだけでなく、聞くこと、読むこと、書くことの難しさと重要さ。自分に足らないことばかり。これまで一番大切なことを忘れていたような気持ちだ。少しずつでもよい、自分を高めるために勉強していこうという気持ちが強く湧いてきた。そのために、講座の中で紹介された本を読むことから始めたいと思う。
 どもりに負けそうになったとき、きっとこの講座での資料が心の支えになってくれそうな気がしている。


 春木さんの感想からの分析

 吃音と直面し、自分と向かい合うことが吃音と上手につき合っていく第一歩です。吃音と上手につき合うために学び、努力しなければならないことは、吃音を治す立場よりはるかに多くあります。大阪吃音教室を訪れた人が、大勢の同じような悩みを持つ人たちと共に学ぶ中で、そんなことを気づいていきます。春木さんの感想文は、そのことを表しています。
 どもりだから、人とのコミュニケーションが下手であっても仕方がない。自分の吃音は治らないものと自己流に解釈し、開き直っていたものの、会議等での発言内容の乏しさに自己嫌悪に陥る。ちょっとしたきっかけで大阪吃音教室を訪れます。教室に参加していく中で、「今まで開き直りだけで吃音に対処し、生活してきたことが恥ずかしくなってきた」という自分への内省が生まれ、改めて話すこと以外の、聞く・読む・書くなどのコミュニケーションの重要さを認識します。吃音が治らなくても、自分に足りないコミュニケーション能力を磨いたり、自分を高める努力をすることで、よりよく生きることができることに気づきます。
 また、春木さんの、「これは吃音講座というより社会教育を受けているような気がしてきた」という感想は、大阪吃音教室の講座の特色を示しています。
 コミュニケーション能力を高ある講座や、自分を知り自分を高めるための講座内容は、どもるからしなければならないものではありません。吃音でなくても、職場などでの人間関係をうまくしたい、人生をより楽しく、より豊かに生きたい人たちにとっても役立つ内容になっています。ゆえに、「吃音教室の新鮮さに引き込まれ」、継続して参加できるのです。かつて民間吃音矯正所などで発声訓練や弁論練習など、吃音矯正訓練に明け暮れた経験を持つ人は多くいます。それらは、単調であり、どもらない人ならしないであろう訓練をしなければならないという、疎外感を感じさせ、継続することは困難でした。
 有意義な人生を送りたいと願う人であれば、誰もが役立ち、学ぶ楽しさを感じさせるものでなければ、継続は難しいでしょう。(1987年8月機関紙『新生』より つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/28

吃音と上手につきあう大阪吃音教室〜実践の報告〜

 1995年9月、大阪で開かれた第一回吃音ショートコースで、大阪吃音教室についての実践発表がありました。吃音矯正から始まった活動は、大きく変わりました。そして、その流れは、今も受け継がれています。

大阪吃音教室の実践〜吃音と上手につき合う例会活動〜
                   報告 大阪吃音教室 東野晃之

 吃音を治す立場で、独特の吃音矯正活動を続けていましたが、吃音を持ったままの生き方を確立しようという《吃音者宣言》以降、《吃音者宣言》の理論と実践をどうグループ活動に具体化していくか、試行錯誤を繰り返していました。
 例会活動である大阪吃音教室では、担当者の工夫で表現よみによる朗読練習、3分間スピーチ、自由討議が続けられましたが、矯正訓練を中心とした時と比べ、参加者は少なく、活気のない活力に欠ける印象がありました。この吃音教室の活力の低下は、活動全般に影響し、次第に例会活動よりもレクレーションや親睦のための行事が活動の比重を占めるようにもなりました。本来の目的である吃音に取り組むことより、親睦や交流が会活動の中心になり、吃音問題を話題にする空気さえ薄れた時期もありました。
 1987年、大阪吃音教室は、〈吃音と上手につき合う〉ための独自のプログラムを作り、実践することになりました。吃音問題の最大のポイントである《吃音の受容》の趣旨に沿った活動方針を立て、実践内容の転換を図ることになったのです。
 〈吃音と上手につき合う〉きっかけになったのは、前年の1986年8月に京都で開催された第1回吃音問題研究国際大会でした。そこでの論議で、「〈吃音と上手につき合う〉との主張は分かるが、吃音受容のための具体的なプログラムは持つのか?」が問われました。
 〈吃音と上手につき合う〉について、当時の吃音教室の配布資料では次のように述べられています。

吃音と上手につき合う
 〈吃音矯正〉から出発し、〈吃音克服〉へと吃音に取り組む視点を変えてきた。矯正から克服へと変わってもそこにはまだ吃音との対決の姿勢が感じられる。22年の活動の中で、多くのどもる人が吃音にあまり左右されない生き方を実践してきた。しかし、決して吃音に悩まない強く明るくたくましい人たちではない。ときには、吃音の調子が悪く、ふさぎこんだり、将来への展望がつかめなかったりする人たちである。ときには、吃音で悩む自分をも受け入れ、気張らずに、自然に生きる人たちである。その姿は、〈吃音克服〉ではしっくりこない。吃音を生かすとか、吃音だからこそ、とかいう気負った姿勢ではなく、自分の吃音を誰のものでもない、自分自身のものとして、素直に受け入れ、共に生きる。それは、〈吃音とつき合う〉という表現がよりふさわしい。同じつき合うなら、自分の行動や人生を、あまり吃音に振り回されないよう、つまり、吃音と上手につき合いたい。

 《吃音受容》を概念として分かりやすく表現し、建設的な取り組みに向かうために一歩進めたのが、〈吃音と上手につき合う〉という主張だと言えます。

 次に、〈吃音と上手につき合う〉吃音教室のプログラムについて説明します。
 大阪吃音教室では、〈吃音と上手につき合う〉ために次の3つの柱を立てました。

1.吃音に関する基礎講座
 これは、吃音の原因、これまでの吃音治療の効果と限界など、つき合う相手、つまり吃音そのものについて学びます。
2.コミュニケーション能力を高めるための講座
 吃音そのものは完全に治らずとも人と楽しくコミュニケーションすることはできます。その能力を伸ばすために話す・読む・書く・聞くの、総合的なトレーニングを行います。
3.自分を知り、よりよい人間関係を作るための講座
 ちょっとした自分への気づき、他者への気づきでも、人間関係は変わります。交流分析、論理療法などの考え方を応用してよりよい人間関係を作るにはどうすればよいかを学びます。

 これらは、吃音講座として1年間のスケジュールを組んで実践されています。
 また、大阪吃音教室では、個人個人の悩みの解決を最優先にします。自己紹介や近況報告で、参加者から現在、吃音で困っていること、悩んでいることが出されるとき、場合によっては後の予定を変更してもその問題が話し合われます。

一日の教室のスケジュール
6時45分〜7時15分  初めて参加した人の自己紹介とか近況報告、またはスピーチとか朗読練習、希望者の時間にしています。
7時15分〜8時30分  吃音講座。
8時30分〜8時50分  吃音講座に関する質問とか、感想を出し合う。

 振り返りますと、〈吃音と上手につき合う〉を全面に出した大阪吃音教室は、それまでの例会担当者個人の創意工夫によっていた内容に比べ、大きく変化をしています。参加者は、〈吃音と上手につき合う〉ために、系統立った吃音講座を毎週学習します。その内容は、一方的な講義ではなく、小グループでの話し合い、全体でのその日の吃音講座をテーマにしたディスカッションなど、より内容を理解するための実習も行われます。
 また、6か月周期のスケジュールを立て、継続して参加をすすめたいことから、開催日をそれまでの、土曜日・日曜日から、平日の金曜日の夜に変更しました。吃音教室は、金曜日例会として運営委員の全員参加協力のもと、次第に定着をしていきました。
 次に、この吃音教室の実践を通して、吃音者がどう変わっていったのか、二人の参加者の感想文を紹介し、それぞれについて分析をしたいと思います。(1996.5.18記 つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/27

吃音と上手につきあう大阪吃音教室

 日本吃音臨床研究会と共に歩んでいる大阪吃音教室。コロナ禍で、この2年間、何度も休講しています。いつもの時間、いつもの場所で会い続ける=ミーティングが、セルフヘルプグループにとって一番大事なことなのですが、それができないことは本当に寂しいことです。早い時期の再開を待ち望んでいます。
 第一回吃音ショートコースでのゲストの講演2つと、僕が進行をつとめたことばの教室担当者が多く参加した分科会の様子を報告してきましたが、この吃音ショートコースの場で、大阪吃音教室の活動について発表していました。「スタタリング・ナウ」1996.5.18 NO.21に掲載された、東野晃之会長による発表の紹介をします。まずは、この号の巻頭言です。

 
吃音と上手につきあう大阪吃音教室
                 日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 吃音に対しては、いろいろな観点から、アプローチが続けられている。《吃音を治す》アプローチは古くからあり、現在でも根強く続けられているが、《吃音とつきあう》アプローチはまだ始まったばかりだと言ってよい。
 言語治療が発達しているアメリカにおいても、大ざっぱに言って、《吃音を治す》派と、《吃音と共に生きる》派が対立し、互いに批判し合っている。日本でも同じような状態だといっていい。《吃音を治す》派は、いかにその方法が陳腐であっても、具体的に訓練法を提示することができ、《吃音と共に生きる》派を、主張が抽象的すぎて、具体的方法にに欠けると批判をする。
 私たちは、同じ悩みを持つ者同士が出会い、悩みを出し合い、どもりを隠さず、どもりながらも自分の人生を大切にして生きる中から自らの吃音問題に対処してきた。そして、『吃音者宣言』を出し、吃音はどう治すかではなく、いかに生きるかの問題だと主張してきた。しかし、「病気や障害と共に生きる」は、私たちに限らず、ほとんどのセルフヘルプグループが辿る道であり、様々な試行錯誤の活動の結果だ。私たちも、『吃音者宣言』に沿ったプログラムをつくり、その活動の中から得たものではなかった。
 1986年、私たちが開いた、第一回吃音問題研究国際大会で、吃音者宣言は理解できるが、どのような具体的な取り組みがあるのかという質問を世界各国の臨床家や、どもる人から多く受けた。この質問は、これまでも、具体的にどもる子どもをどう指導すればよいかを模索する、ことばの教室の先生方からはよく出されていたものだった。
 この国際大会をきっかけに、改めて具体的なプログラムを作る必要性を感じた。
 当時、私は、全国的な活動が中心で、地元というべき、大阪吃音教室の例会活動には全く関わっていなかった。足元の大阪吃音教室の例会活動を改めて見た時、例会は、吃音を治すでもなく、真剣に吃音について向き合うというものでもなく、ただ漫然と集まる、親睦的な要素が強いように私には感じられた。参加者も少なく、活発ではなかった。
 足元のグループにきちんと関われないで、何が全国的、世界的な活動かと、私自身、大いに反省させられたのだった。そこで、『吃音と上手につきあう』プログラムを一緒に作っていかないかと、大阪のメンバーに呼びかけた。最初の1年間は、大阪吃音教室を全て私に担当をさせてもらえないかと提案した。こうして、第一回吃音問題国際大会の翌年、1987年春、大阪吃音教室は従来とは全く違うスタイルで開講することになる。
 例会日もこれまでの土・日曜日から、金曜日に移した。週一度、一年間の大阪吃音教室は40回を越える。自ら求めたものではあったが、私の悪戦苦闘がここから始まった。
 吃音についての学習の講座、コミュニケーションに関する講座、人間関係に関する講座の3本の柱を立てた。毎週毎週必ず、B4版5〜10枚ほどの講座のテキストを作った。これは予想外に大変な作業だった。これまで学んできたことを再度整理し直し、これまで読んだ本に全てもう一度目を通す。週に一度はすぐに来る。毎週金曜日の前日までに原稿を仕上げ印刷をする。綱渡りで、締め切り日に追われる流行作家のような状態だった。これほど集中して吃音と取り組んだ一年はない。大成功だった第一回吃音問題研究国際大会の興奮とその余韻が私をそこまで駆り立てたのだろう。当時作った資料は膨大なものになっている。
 これまでとは全く違うスタイルの例会に、参加者は当初はとまどいつつも、新しいことを学ぼうとする熱意と活気にあふれた。最初の一年は私が全てを担当したが、次の年からは、世話人がたくさん育ち、入れ替わり立ち替わり講座を担当した。セルフヘルプグループのメンバーが、皆で作り上げていくという、セルフヘルプグループの本来の姿に一年で戻ることができたのである。
 その大阪吃音教室は今年で10年目に入った。( 1996.5.18記)

       

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/26

生きる流儀宣言

 阪神淡路大震災から、27年。あれから27年経ったのかと感慨深いものがあります。今まで感じたことがない大きな揺れに目を覚まし、テレビから流れる映像に信じられない思いをし、よく知っている神戸の町の変貌にことばがありませんでした。地震があった時間に開かれる追悼集会に、一度は行ってみたいと思いながら、今年も叶いませんでした。
 「がんばろう神戸」というスローガンでプロ野球オリックスの選手たちがプレーしていたことも記憶に新しいです。
 そんなときの新聞記事に長く掲載されていたことばについて、「スタタリング・ナウ」(1996.4.20 NO.20)の巻頭言に書いています。紹介します。何度も書いていますが、ここで紹介されている年報は絶版になっています。

生きる流儀宣言
                日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 ☆自分らしい自分であるために☆
生きる流儀宣言
‘世砲發覆蕕鵑海箸貿中できる自分でありたい
他人を好きになる自分でありたい
人前で涙を流せる自分でありたい
い弔覆りに喜びを感じる自分でありたい
ゼ最圓靴討眈个┐觴分でありたい

 この《生きる流儀宣言》が、長い間、新聞に掲載され続けている。新聞のどの欄に、そんなに長く掲載されているか想像できるだろうか。
 阪神大震災の大きな痛手から、立ち上がろうとする人々。その歩みにかかわろうとする人々。現在も、新聞はかなりのスペースをさいて阪神大震災関係の報道を続けているが、毎日新聞の希望夕刊VVは、ボランティア活動に視点をあてて、様々な取り組みや情報を提供している。ボランティア活動の瓦版のような役割を果たしている。
 週に一度のこのページに、縦になったり横になったりしながら、この《生きる流儀宣言》がずっとシンボルマークのように主張し続けている。
 新聞社の編集局に意図を問い合わせると、大勢のボランティアが集まり、活動する中で、この宣言が自然に生まれてきたのだと言う。多くの人々が気に入り、今は、シンボルのようになっているとのことだった。
 阪神大震災発生当初から、ボランティア元年といわれたほどボランティアの活動はめざましかったのは記憶に新しい。ボランティアたちは大きな力を発揮したが、そのボランティア自身も、誰かからのサポートを必要とする。疲れたり、時には嫌になることもあっただろう。その時、この宣言が支えになっていたのだ。ボランティアを励ます意味のこの宣言に、被災者自身も元気づけられたのだろう。5つの宣言は、どれも自分らしく生きるために大切なことだからだ。
 「頑張ってね」と言われるのが辛かったと、神戸の人々は当時を振り返る。その中でこの《自分流儀宣言》が長く支持されたのは何故か。
 それは、他者に頑張りを押しつけたものでもなく、こうしなければならないと自分で自分を縛るものでもなかったからだろう。ただ、自分自身がこうありたいと宣言しているだけだ。
 「私は〜でありたい」と願うのと、「こうしなさい」と誰かから命令されたり、「私は〜しなければならない」「私は〜するべきだ」と思い込むのは、似ているようで随分と違う。
 「こうしなさい」は周りや世間のいいなりになって自分がない。「〜すべき、ねばならない」は、周りや世間を意識して、自分が消えてしまう。
 自分流儀は、あくまでも、自分自身なのだ。
 障害の受容も、受容すべき、受容しなければならないでは、そうならない自分を責め、かえって受容を遅らせてしまう。
 過日の大阪吃音教室で、「自分らしく生きるために」をテーマで話し合った。
 その話し合いの中で、いくつかのことばが紹介された。書物、その他で、そのことばに出会い、そのことばが、自分らしく生きる支えとなったと言う。期せずして、そのようなことばがいくつか飛び交ったのはおもしろかった。《自分流儀宣言》のような座右のことばと言えるもののもつ、ことばの大きなパワーを改めて実感した。
 日本吃音臨床研究会の年報『障害の受容』が発刊された。創刊号をこのテーマにしてよかったと思う。すべての人々に共通するテーマだと思うからだ。
 多くの方々が、掲載されている人たちの人生に、自分の人生を重ねて読んで下さった。押しつけがましいところがなく、淡々と自分の人生を語っているところに共感して下さったのかもしれない。
 《自分流儀宣言》が被災地に根づいたように、この年報が、長く手元におかれ、何度も読まれるようになれば、こんなにうれしいことはない。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/25

武満徹さんの《吃音宣言》

 過去の日本吃音臨床研究会のニュースレター、「スタタリング・ナウ」などの記事を紹介しています。たくさんの文章を書いているので、特に記憶に残っているものと、読めば思い出すものがあります。今回紹介するものは、1996年の3月号に、《吃音宣言》の全文を紹介したときの巻頭言です。全文紹介をご遺族と出版元の新潮社が特別に許可をして下さったこともあり、特に記憶に残っているものです。
 この文章は、武満徹さんの計報に接し、27年前の心地よいショックを思い出して書いたものです。世界的な音楽家で、尺八や三味線を入れた管弦楽の不思議な音色よりも、私にとっては、《吃音宣言》の方が強く心に残っています。以降、武満徹さんの名前を聞くたびに、一種の誇らしさと共に、どもらない武満さんに、吃音仲間のような親しみを感じていました。『吃音者宣言』は、《吃音宣言》に影響を受けたことは間違いありません。吃音者宣言をすることを計画し、吃音者宣言文を起草した私が、感謝を込めて書いたものです。
 
武満徹さんと吃音家
  日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 ダ・ダ・ダ・ダーン。
 ………ダ・ダ・ダ・ダーン。
 ベトーヴェンの第五が感動的なのは、運命が扉をたたくあの主題が、素晴らしく吃っているからなのだ。

 武満徹さんのエッセー《吃音宣言》に出会って、すでに27年になる。このエッセーは、今なお私の中で生き続けている。
 どもりは悪いもの、劣ったものと思い続けて生きてきた。民間吃音矯正所の宣伝には、必ずどもりの悲劇が取り上げられ、早く治さないと大変なことになると脅かされた。
 吃音矯正所に通い、一所懸命どもりの矯正に励んだが、どもりは治らず、1965年、吃音矯正所などで知り合った人達と言友会を創った。
 大勢の吃音者との出会いの中から、少しずつ吃音への取り組みや、考えが変わっていく。
 武満さんの問いかける、どもりが本当にコミュニケーションの妨げになるのか問い直す作業が続く。どもりを隠さないで、話すことから逃げないで、恥じらいつつも自分を語れば、ことばはどもっていても、人は耳を傾けてくれることを知る。
 吃音矯正所でも、言友会でもどもりは治らなかったが、悲劇的なことは起こらなかった。自分なりの人生を歩むことができるという確信が徐々に育っていく。「吃音を治そう」とのスローガンはいつしか色あせていく。
 この大きな変化の時、武満徹さんのエッセー《吃音宣言》に出会った。新鮮な驚きだった。吃音に対する否定的な思いは少なくなりつつあったが、吃音をプラスとまでは考えなかったからだ。
 武満さんは「自分を明確に人に伝えるひとつの方法として、ものを言う時に吃ってみてはどうだろう」と勧める。また、どもりは革命の歌だ、とさえ言う。吃音を肯定的にとらえた考え方との初めての出会いだった。
 それが、1976年の『吃音者宣言』へ繋がるとは、このエッセーに出会ったとき時の私には思いもよらなかった。
 武満さんが、このように吃音をとらえるのは何故だろうか?
 長年、音楽家同士としてつき合いの深かった、指揮者の岩城宏之さんは、次のように言う。
 「フルート二本のための曲でも、オーケストラ曲でも、不協和音でも、きれいな音でも、音符を三つ、四つ聴くだけで『あ、武満だ』と分かる。そんな自分だけの音を持つ作曲家は、ほかにはいない。また、ペラペラとうまく演奏するより、心のこもった演奏を喜んでくれた」
 この、武満さんの音楽家としての音へのこだわりと共に、出会った吃音者の影響も大きかったのではないか。《吃音宣言》は、羽仁進・大江健三郎さんというふたりの吃音者とのつきあいなしには、決して生まれることはなかったであろう。
 「親しい友人であるすばらしい二人の吃音家、羽仁進・大江健三郎に心からの敬意をもって」《吃音宣言》の冒頭のこのことばがそれを示している。吃音家とは、なんといい言葉だろう。
 エッセーを最初読んだ時には、この吃音家という表現に出会っても素通りしてしまっていた。
 私が、『スタタリング・ナウ』No.4号の巻頭で、ノーベル文学賞受賞の大江健三郎さんについて書いた時、「吃音に影響されずに生きている人にとっては、吃音者のレッテルは不本意ではないか」と書いたのは、大江さんを吃音者と紹介したことへの違和感からだった。27年ぶりに読んだ《吃音宣言》では、武満さんは、大江さんを《吃音家》と表現していた。
 2月29日、武満徹さんの告別式。「小説断筆宣言」をしていたはずの大江健三郎さんが、友人代表の挨拶でこう語った。
 「私は長編小説を書いて、あなたにささげようと思います」
                    1996年3月11日 記

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/22

人生相談にみる吃音

 新聞や雑誌には、人生相談のコーナーがあります。吃音の問題もときどきですが、掲載されます。「スタタリング・ナウ」NO.18(1996年2月)に、そんな人生相談が掲載されていました。
 僕は、吃音ホットラインという電話相談をしています。新聞や雑誌に掲載されている人生相談と違って、相談者とやりとりしながら、質問に答えたり、相談者と一緒に解決方法をみつけたりしています。一人あたり15分から40分、電話してきた人の話に耳を傾けます。どもる人本人だけでなく、どもる子どもの親や祖父母、職場の上司や同僚、友人、ことばの教室の担当者や言語聴覚士などからの相談もあります。最近は、保健所や病院で紹介されたという人からの相談もありました。僕にとっては大切な時間です。

人生相談にみる吃音問題
 新聞や雑誌にはよく人生相談のコーナーがあります。
 結婚、就職、人間関係、自分の性格等、様々な悩みが出され、それに専門家の方がアドバイスしておられます。吃音の問題もときどき出てきます。今回は、それらのうち3つを紹介します。同じ悩みをお持ちの方には何らかの参考にしていただければ、また、自分ならどう答えるだろうかと、視点を変えてお読みいただくのも興味深いかと思います。
 どの人生相談もぴったり来るものも、そうでないものもあります。参考にできるものは参考にしてみて下さい。

答えは自分の中に〜人生案内の窓から〜
                 三木善彦・大阪大学人間科学部教授
 ブレーン出版 1500円
 読売新聞「人生案内」で大阪大学の三木先生が回答されたものが本になりました。
 その中の吃音に関する人生相談を紹介しましょう。

問い どもりで自信持てない―22歳、仕事したいのに…
 22歳の女性です。
 私の悩みは「どもる」こと。小学2年ごろから中学を卒業するまでが一番ひどく、一言話すたびにつまってしまい、自己紹介が一番苦手でした。
 自分の名前すらすんなりと言えなかったのです。同級生に笑われ、どもるのをまねされたこともありました。
 そのため、話せば笑われるというのが頭にあって、中学を卒業したあとすぐに就職しましたが、対人関係がうまくいかず1年で辞めてしまいました。
 それからは家事手伝いをしています。
 今は仕事をしたいの思うのですが、やはりどもるのが気になって自信が持てません。(愛媛県・N子)

答え どもりながらも工夫して、自分のやりたい仕事をやりなさい。
 家の中に引っ込んでいたあなたが外に出て働きたいと思うようになったのは、大変な進歩です。そうですよ、桜の咲く春が来たというのに、うら若い女性が家でくすぶっているのは体に毒。どもってもいいではありませんか、思い切って外に飛び出しましょう。
 私の親しい友人の両腕のない画家は、人々の好奇の目をものともせず、足ブレーキのついた自転車に乗って公園に行って、花の絵を描いています。
 あなたも周囲の人の反応を気にせずに、どもりながらも工夫して自分のやりたい仕事をやりなさい。
 自分のどもりとの付き合い方についてはどもる人たちの組織である日本吃音臨床研究会(大阪府寝屋川市打上919-1Bの821、06・441・8559)発行の資料が役に立つでしょう。これは親や教師にも参考になります。同会に切手四百円分を同封して請求して下さい。
 ※現在はこの資料は絶版になっていますが、代わりに「吃音と共に豊かに生きる」のパンフレットがあります。これは700円分の切手を同封して請求していただければお送りします。また、住所は、次のように変わっています。
〒572-0850 大阪府寝屋川市打上高塚町1-2-1526 072-820-8244
    

問い あ行ではじまる言葉がいいづらい
 あ行ではじまる言葉がいいにくく、「アアあみ」というようにどもってしまいます。とくに人前にでると、どもるのがはずかしく、緊張して声がでなくなります。それが原因で精神的にも弱くなってしまいます。なんとか治せないでしょうか。(23歳・男性・福岡県)

答え 話し方は長年の癖でもあります。時間をかけて変えていって。
               森山晴之(国立リハビリテーションセンター)
 あなたの話し方の癖に焦点をあてて考えてみました。

練習  屮△△漾廚函頭の音をわざとつけてゆっくり読んでください。次に「アアあみ」と、くり返す回数をふやし、その次は、速さを変えて試しましょう。
 これは、自分でくり返すことで、本当はちゃんといいたいのに、自動的にくり返してしまうのを防ぐ効果があります。また、くり返してもあわてず、自分の意志で声のだし方を変えられる幅を広げるのにも役立ちます。
練習◆ 屬◆爾漾廚里茲Δ法頭の音を伸ばして、小さい音から声量を上げていくようにいってください。「あーさ」「あーきのあーさ」のように、徐々に文章につづけてみましょう。
練習 練習△亡靴譴燭蕁気楽な人を相手に練習してみましよう。伸ばし方を短めにして、相手にはおかしく聞こえない程度に工夫してみましょう。

 練習でうまくいっても、本番で成功するとはかぎりません。本番は、そのときいえるいい方を自分に許してください。当分は練習と本番は別ものです。
 そして「多少はどもってもよい。よどみない流ちょうな話ぶりよりも、不器用な話し方のほうが真心が伝わる」と考えてください。「どもりを治してから何かを始めよう」という考えは緊張を生み、楽に声をだそうとする構えを邪魔することが多いと思います。
 話をするというのは、少なからず時間をかけて作ってきた癖です。それを変えていくにも、時間をかけて徐々にというふうに考えてください。急がば回れ、焦らず、気長に、じっくりと! ご健闘を祈ります。       『Just Health』1995年12月号


人生案内 読売新聞 1995.9.15
 うまく発音できず消極的に
 22歳女子大生、来年は就職だけど…

問い 22歳の女性。小学校の時から言葉のことで悩んでいます。特に「し」「ち」「に」「じ」はいくら練習してもうまく発音することができません。本格的に気にし始めたのは中学のころからで、笑われたり、ばかにされたりしました。それから学習意欲をなくし、ただ隠すことばかりを考えて消極的に生きてきました。
 来年は大学を卒業して就職します。ふだんの生活では言えない言葉は使わないで、言い換えなどでしのいで来ましたが、勤めるようになればそれでは通用しないこともあるでしょう。いつもびくびくして仕事をすることになるでしょう。「気にしない」というのが、最も賢いことだと思いますが、そんなに強くなれません。(東京・J子)

答え 早乙女勝元(作家)
 はるか昔のことですが、少年時代の私は吃音で、ずいぶんと悩んだものでした。もともとが小心で、人前で何か発言しなければと思い詰めると体中がコチコチになって、最初の発音にどもってしまうのです。青春期になって、文章を書くようになってから、うそのように治りました。
 とかく発音しにくい音は、多かれ少なかれ、だれにでもあるものです。また地域独特のなまりや方言もあります。最近のタレントには、故郷の方言を生かして個性を出す方もいないではありません。
 人間というものは不思議なもので、いつもそのことばかり気にしていると、つい口から出てしまうものです。すると、あわててまた繰り返してしまうのです。気にするなと言っても無理でしょうから、あなたはいま青春に積極的に挑戦し、好きなことに熱中して、大いに打ち込んで下さい。そうして自信がつけば、気持ちが晴れやかになります。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/21

早期自覚教育〜吃音をオープンにする

 吃音をオープンにするということがよく言われます。具体的に、いつ、どんなふうにオープンにするのか、ことばの教室の担当者からの質問をきっかけに、考えました。今日が第一回吃音ショートコースの分科会「早期自覚教育」の最後です。

《吃音ショートコース分科会》
     早期自覚教育について

 ◇吃音の話題はタブーか
ことばの教室担当(長崎) 私は「君はなぜことばの教室に来たんだ?」と、尋ねることにしている。「知らん」「お母さんが連れてきたから」という子もいるが、多くは「つっかえるから」「ことばが出にくいから」と答える。こう、あからさまに尋ねることは良いのか。

伊藤 大賛成だ。今まで、腫れ物に触るように「それを話題にするのはよくない」と言われてきたが、本当にそうか。「吃音親子サマーキャンプ」で親たちと話し合うと、多くのお母さんが、保健所や小児科で、「そのうちに治りますよ。放っておいた方がいいですよ」「吃音を意識させないようにしましょう」と言われている。「ゆっくり聞いてあげましょう」など良いアドバイスもあるが、「意識させてはいけない」が大きな眼目としてある。
 お母さんはそれを信じて意識させないようにしてきたが、今小学校5年になっても治っていない。これからどうしたらいいのか、悩んでいる。
 「小学校4〜5年まで持ち越すと、将来完全に吃音が治るというのは難しい。治らないかもしれない。吃音を受け入れていける子どもに育てたい。そのためには吃音について子どもと話しましょう」と言うと、お母さんたちは、こう言いました。
 「治りますよと言われて、懸命にどもりを話題にしないように注意してきたのに、今急ブレーキをかけて、方向転換はなかなかできない」
 幼児の時から何か根本的に道筋が間違っているのではと思います。オープンに、吃音を話題にしていくというのは大賛成です。

 ◇どのようにオープンにするか
ことばの教室担当(千葉) ことばの教室にくる子どもに、いきなり吃音を話題にしにくい時がある。心の中で「嫌だなあ」と思っていることは、なかなかことばに出しづらい。準備状態として、話題にできるまで待っててもいいのかな、という気持ちがある。

伊藤 よくタイミングについて聞かれます。その子どもにとってのタイミングや、教師との人間関係の中での一番いいタイミングで吃音の話題をもちだそうということでしょうが、そのようなタイミングを見極めようとすると、いつまでも話せないことになります。タイミングは考えないで、自分が話したい、話そうと思った時がタイミングだと考えていいんじゃないでしょうか。ことばの教室で吃音を話題にするのは当然のことなので、気負わず、自然に話し始めたらいいと思います。
 ある意味、押してだめなら引いてみな、押してよければ押してみる。試行錯誤を恐れない、冒険を恐れないということが大事です。こちらのやったことがスパッと決まるということは、ほぼありえない。ダメなら修正する。元のところへ戻る勇気を持つ。予測不能な人間の営みはそんなものだと思う。
 また、何が何でも自覚させるということではなく、何年も待つ子どももいるだろう。吃音について話しても、終了のギリギリになって初めて自覚ということになることもあると思います。

ことばの教室担当(千葉) 7月に千葉で全難言全国大会があった。その中で、高学年のどもる子どもに、吃音をどうやって話題にしていくかというテーマになった。ある先生は、「言い出したいんだけど、言ったらよけいその子を傷つけるのではないか。心配で言い出せない」と言われた。結局、どうしたらいいんだろうと、教師の側がピリピリすること自体、「あんたのどもりはまずいことなんだぞ」と伝えているのではないか、という話になった。吃音を話題にして、「しつこいな」ということになれば、それを修復していく過程も、我々にとってもその子にとっても大切な勉強である。こちらが肩の力を抜いて、その子全体とつきあって二人の関係を作っていく中で、タイミングがあって話ができたときからつきあっていこうかな、というまとめになった。

ことばの教室(神戸) 幼児の相談が多いのだが、幼児について「オープンにする」とはどういうことを言うのか?

伊藤 吃音をオープンにというのは、「さあ、あなた、どもりについて話しましょう」ということではない。幼児であっても、自分の吃音に気づいていて、運動会の練習で号令をかけるのが嫌だから練習に行かない、などの回避行動が幼稚園で生じている例はいっぱいある。本人がはっきり意識して話してきた時、その話題を避けないことが、幼児の場合のオープンと考えていい。具体的にどのように言うか状況によるが、さらりと話題にしましょう。お母さんが大変なことだと考えなければ、いろいろと対応ができるでしょう。
 それから、よく言われている「『ゆっくり言ってごらん』とか、『言い直してごらん』と言っては絶対ダメ」というのは、決してそうではない。私も小さい子を指導するとき、言っていることが早口で分からない時、「もういっぺんゆっくり言ってよ」などと、ストレートに言う。それはどもるのがだめということでなく、「あなたの話をよく聞きたいが、あわてて言われると分からない。もう一度言って」ということです。
 根本には、「どもったっていい」「この子が将来どもったまま成長しても大丈夫」という人間観がある。この子は吃音の問題を持っているが、他の子は違った問題を持ちながら成長していくんです。(了)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/20

ことばの教室でできること―背中をポンと押すこと、恥ずかしさを突破して話したいと思う体験をすること

 ことばの教室でできること、ことばの教室の役割など、具体的な指導にかかわる話になっていきます。今、大阪吃音教室は、年間40回ほどの講座を組んでいます。どれも、どもりながら自分らしく生きていくために必要なことばかりです。ことばの教室でも、どもりながらも、どもりに負けない子どもに育てるため、子どもと一緒に考えてほしいなと思います。昨日のつづきです。

《吃音ショートコース分科会》
     早期自覚教育について

ことばの教室担当(長崎) 大阪吃音教室ではどんなことをしているのか?

伊藤 「職場で発表がある」「見合いをする」「就職試験がある」など、どうしようかな、恐いな、と逡巡し、避けようとしているどもる人に、「やればできるかもしれんぞ」「やってみないか」と、肩をポンと押す。実際にやってみてうまくいったら、「すごいな、がんばってよかったなあ」と言うし、失敗したら、「一度ぐらい失敗しても仕方ない。もう一度してみよう」と、またポンと肩を押す。いろいろなプログラムはありますが、結局は、日常生活に出て行くことを励ますことにつきます。
 どもらずに仕事がうまくできるようになることでなく、どもりながらも、逃げずに、目的を達成したということの積み重ねです。その中から、どもっていても、大丈夫という考えができてくる。それが、吃音の受容につながるんです。
 同じことがことばの教室にも言えると思う。「やれるかもしれへんで」「がんばってみないか」とポンと肩を押す。それくらいしかできないし、それがまた大変重要だと思う。

ことばの教室担当(長崎) いろいろしているが、どもること以外では優秀な子どもを、45分間預かるのは大変難しい。

伊藤 そのような子どもをことばの教室で指導する必要はなぜあるのか? 発想を変えて考えて欲しい。「はじめに45分ありき」ではない。担当者が通級の必要ないと思うなら、どもっていても、ことばの教室に来なくていいと思う。45分を何とかしなきゃ、という発想自体がおかしい。取り組む必要があるから、45分を使うのではありませんか。
 この夏、静岡県の言語障害の研究会の事例検討会に出ました。その事例は、子どもよりも、母親への指導がより重要だと私には思えました。しかし、母親へのアプローチはまったくしようとせず、子どもの指導を45分どうするか困っておられました。
 半年ほど、子どもの通級をやめてでも、母親指導に時間を使うべきだと私は意見を言いました。

 ◇具体的な指導について
伊藤 夏の「吃音親子サマーキャンプ」で、中学1年生のT君は、グループセッションでこう言いました。
 「僕は今まで順番が回ってくるとドキドキして、嫌で嫌でたまらなかったけど、きょうは、早く順番が回って欲しいと、待ち遠しかった」
 私達どもる人間は、「どもると恥ずかしいから、止めとこう」と、「いや、やっぱり言いたい」という二つのことを天秤にかけている。「どもってでも言いたい」という思いが強ければ、「恥ずかしい」という思いを突破して喋る。
 恥ずかしさ、嫌さを突破できるような、自分の意見を持つ子に育てたい。そのためには、感動体験、やり遂げることの楽しさなどを経験することが大切です。話す内容を豊かにする指導だと思います。
 話す内容を考える時、文章を書くことも必要です。「この書き方ではあなたがどう感じたか分からない。ここの部分をもう少し具体的に書き直して」この作文指導が、表出言語にも生きてくるでしょう。
 また、僕たちはどもるからといって、人の話が聞けない場合があります。聞くことがうまくない人は実は多い。そこで、大阪吃音教室では《聞く》ことについて話し合い、聞くトレーニングをしています。話し手の話をよく聞き、何を言ったか、フィードバックします。話を聞いて、質問し、誰の質問が、話し手の自分としてうれしかったか、などをもとに話し合います。吃音親子サマーキャンプでは話し合いの時間がありますが、誰かが話しているときは、しっかり聞いて、わからなかっことは質問するなど、実に素晴らしい聞き方をしています。ことばの教室でも、このような聞くトレーニングはできると思います。子どもが、聞き上手になったとき、今まで友だちができなかった子が、「○○さんは、よく話を聞いてくれる」と、いい友だちができるかもしれません。
 どうしたら人と人とのよい関わりを持てるようになるか。コミュニケーション能力を高めるために、ことばの教室ですることは、たくさん考えられるのではないでしょうか。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/19
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