伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2021年10月

世界的な吃音研究者、チャールズ・ヴァン・ライパー (3)

 「治す努力の否定」「吃音者宣言」に対するチャールズ・ヴァン・ライパー博士の誠実な対応は、今も心に残っています。どもる人を心から愛している人だったのでしょう。
 私たちに向けて送って下さったメッセージの前半を紹介します。45年も前のことですが、今も十分に生きている内容です。

『スタタリング・ナウ』NO.7 1995.2.28

 ヴァン・ライパーさんは、吃音者をこよなく愛した人だった。遠く日本からのメッセージや依頼にいつも快く、素早く対応して下さった。《吃音を治す》から《吃音克服》さらに《治す努力の否定》と私たちの吃音への対処が変化していくプロセスを温かく見守って下さっていた。《吃音者宣言》をとても気に入って下さり、協力も申し出て下さっていた。
 今、私たちは、《吃音と上手につきあう》実践を続けているが、そのことが、ヴァン・ライパーさんの意志を継ぐことになるのだと思う。
 1991年4月、自らの死期の近いことを悟ったヴァン・ライパーさんが、アメリカのグループNSPの機関紙『Letting Go』に最後のメッセージを寄せている。それをそのまま紹介の予定でいたが、1976年に私たちに送って下さったメッセージと内容はほぼ同じものだと分かった。ご自身が吃音の悩みから脱出した時のエピソードだから変わらないのは当然だが、底に流れる基本的な姿勢も終生変わらなかった。そのことが、二つを読み比べてよく分かる。前段を『Letting Go』から引用し、エピソードや、吃音者へのメッセージは、私たちに寄せられたもので紹介する。

 私はこのほど心臓障害のため、主治医から、残された時間で身辺整理をするようすすめられ、その仕事を片付けました。しかし、やり残していることがひとつあります。私は長年親しんできたこのニュースレター『Letting Go』ならそれを片付けるのに一役買ってくれるだろうと思っています。私は死ぬ前に、どうしても85年の人生で吃音について私が学んだことを、多くの吃音者たちに伝えておきたいのです。
 私は、これまでに何千人という吃音者たちに接し、たくさんの研究に携わり、吃音を扱った本を出版したり、多くの記事を書いてきました。重要なのは、私自身がこの間ずっと吃音を持っているという点であり、また私自身リズムコントロールにリラックス効果にスロースピーチに呼吸法、さらには精神分析や催眠術にいたるまで、ほとんどすべての吃音治療を経験してきたのです。しかし、どれもその成果を見ることなく、一時的に流暢さを取り戻したかと思うと、すぐに逆戻りするだけでした。それでも今では、どもることがあっても、ほとんど気づかれないほど流暢に話せるようになっています。
 私の人生が、とても幸福で成功に満ちたものになったのは、ある基本的な考え方との出会いのおかげでした。それをぜひ皆さんに紹介しておきたかったのです。
   (『Letting Go』1991年4月号)

日本の吃音者へのメッセージ  1976年12月
§吃音者宣言について
 「吃音者宣言」と「治す努力の否定」の問題提起をされたあなた方の手紙を実に楽しく読ませていただきました。その考えに賛成するかとの問いに、私は、はっきりと「イエス」とお答えします。
 成人になってもひどくどもっている吃音者は、世界中のどんな方法を使ってもほとんど治ることがないと私は確信しています。遠い昔からある、このどもりの問題を、私は、長年研究してきました。自分のどもりはもちろんのこと、何千人もの吃音者を診てきました。報道機関を通してさまざまな治療方法が公表されるたびに、そのうちのひとつくらいは本物があるだろうと期待して、その検討もしてきました。しかし、それらはいつも子どもだましであったり、フォローアップでのチェックが不正確であったりしたのです。このような情勢の中から、私たち吃音者は、おそらく一生どもって過ごさなくてはならないだろうという事実を認める必要が生じてきました。ぜんそくや心臓病を患っている人が、その治療が難しいという事実を受け入れているのと同様に、私たちもその事実を受け入れようではありませんか。そして、私たちがその事実を受け入れると同時に、どもりを忌むべき不幸なものとしてではなく、ひとつの考えねばならない問題として理解し受け入れてくれる人を増やすために、吃音者自身が社会啓蒙することが必要なのです。
 しかし、吃音者はいつの日かなめらかに話せるようになるという望みをすべて捨ててしまわなくてはならないと言っているわけではありません。コミュケーションに全く支障を起こさず、気楽にスムーズにどもることができるのです。そのためにはまず今後もどもり続けるであろうという事実を受け入れることです。そして、不必要に力んだりせずに、うまくどもるにはどうしたらよいかを習得することです。おおっぴらにどもってみる勇気があるならば、これは、どんな吃音者でもできることです。私たちがどもる時にしているもがきやどもることへの恐怖は、本当は不必要なことです。私たちがどもる時に起こるもがきは、フラストレーションが原因です。恐怖は、現実でないもののように装おうとすること、つまり非吃音者を装おうとすることが原因です。子どもたちは、どもり始めても大人のように話すことを恐れたり、グロテスクに顔をゆがめたり、話の途中で長くつまったりしません。大人はどうしてそんなことをするのでしょう。

§ある出会い
 私がどうしてこれらのことに気づき、どのようにして30歳の年で生まれ変わったかをお話しましょう。私は、ことばを話し始めた頃からどもっていたようです。少年時代、青年時代は、みじめそのものでした。何とかして治そうと何度も試みたにもかかわらず、努力は報われませんでした。大学時代には、相変わらず並外れて激しくどもり、成績はよかったにもかかわらず就職の際にはどこにも相手にされませんでした。やっとの思いで材木を切り出す人夫になりましたが、伝達がうまくできないという理由で首になり、将来を悲観した私は、3度も自殺しようとしました。
 当時、私はあまりにもひどい吃音のためにどこにも就職口を見つけられず、仕方なく聾唖者を装い、ウィスコンシン州ラインランダーのある農場で働くことになりました。これで人と話すことなく生活していけると思ったのですが、一月もすると自分で耐えられなくなり、そこを出ました。決して温かくは迎えてくれないとは思いましたが、とにかくそこから故郷へ引き返そうとヒッチハイクをしていた時のことです。
 しばらく歩いたところで、私は一休みしようと木の下に腰を下ろしました。そばでは農夫が畑仕事をしていました。すると私のそばに車が1台止まって、中から老人が降りてきてその農夫と話し始めました。私は、その老人が妙につまりながら話すのに気づきましたが、その時はそれがどもりだとは思いませんでした。ふたりが話し終わったので、私は老人に向かってヒッチハイクのジェスチャーをしてみせました。その老人は私を中に乗せてくれました。当然のなりゆきとして名前や行く先を聞かれました。その時の私の吃り方といったら、あえぎながら顔を歪め、体をねじ曲げて、もうすさまじいものでした。それを見たこのもうろくじじいは、火がついたように笑い出したのでした。私はその時、殺してやりたいと思ったくらいです。私が憤慨しているのを見てとると、その老人が言いました。「かっかするな。お前さんがどもったから笑ったわけではないんだよ。実をいうと、このわしもどもりだからさ。お前さんのくらいの頃にはそこらじゅうはねまわって、つばを飛ばして、丁度お前さんみたいにどもったもんだよ。でも、今じゃ老いぼれて、くたびれてそんなふうに一生懸命どもれなくなってしまったよ。お前さんも、もっと気楽にどもったらどうなんだい」
 このことばに私は激しくゆさぶられました。それまでの私はずっと、どもらずに話すこと、どもるのを避けること、どもりを隠すことにのみとらわれていて、その結果ますますひどくどもってしまうのでした。この老人が教えてくれたのは、話す相手と自分の両方に耐えるどもり方を見つけるということでした。それはどもることを気にせず、気楽に力まずにどもること、そうすることでなめらかにどもることができるようになるのです。この発見は稲妻のように私を打ちました。私は年をとって、くたびれるまでの時間を無駄にはしないと決心したのでした。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/31

世界的な吃音研究者、チャールズ・ヴァン・ライパー (2)

 1995年の「スタタリング・ナウ」NO.7で、チャールズ・ヴァン・ライパー博士が亡くなったことを書きました。その号は、ライパー特集を組みました。ライパー博士の経歴と、亡くなったことを受けてのアイナー・ボバーグ博士とミック・ハンリー博士のことばも合わせて紹介します。吃音臨床・研究の第一人者のことは知っておいて欲しいと考えました。

『スタタリング・ナウ』NO.7 1995.2.28

吃音研究の第一人者 チャールズ・ヴァン・ライパー博士逝去

 ウェスタン・ミシガン大学(以下WMU)スピーチ・ヒアリングクリニック(言語聴力診療所)の創設者。
 WMU言語聴力診療所の創設や、言語病理学の世界的権威として知られるチャールズ・ヴァン・ライパー氏は、1994年9月25日、カラマズーで88年の生涯を終えた。

 その生涯を言語障害者を助けることに捧げたヴァン・ライパー氏は、自らもまた26才まで吃音に悩まされたひとりであった。著書も数多く残しており、コミュニケーション障害についての入門書や、吃音を取り上げた論文などがある。
 ヴァン・ライパー氏の同僚であり、友人でもあった、ロバート・エリクソン博士(WMU言語病理学教授)は次のように語った。
 「彼は他の同僚たちとは全く違っていました。ただ単に問題点を見つけて、それについて論文を書いたり、吃音について研究するだけではありませんでした。生涯の仕事を通して、吃音障害者ひとりひとりの治療に積極的に関わってきたのです。
 実際のところ、彼ほど吃音者を助けることができた人間は他にいないでしょう。おそらく世界中を探してもいないと思います。彼の吃音についての著作は、世界各国で翻訳されており、ヴァン・ライパーの名は多くの臨床医の知るところとなっています」

経歴
 アッパー半島のチャンピオンの生まれ。ノーザン・ミシガン大学に2年在籍したのち、ミシガン大学で学士および修士課程を終了した。
 学生時代には、吃音を克服するために3校もの民間の吃音学校に籍を置いていたこともある。心理学の博士号を取得したアイオワ大学においては、言語病理学分野のさきがけとなる多くの人々とともに仕事をした。
 1936年にヴァン・ライパー氏は、WMUに言語診療所を創設し、その所長となった。この診療所は、さまざまなコミュニケーション障害に悩む、何百というクライエントを診断、治療してきている。1983年には、ヴァン・ライパー言語聴力診療所と改名された。
 ヴァン・ライパー氏のリーダーシップのもと、1965年にミシガンで最初の言語病理学および聴力学科が設立された。1994.9.28 KALAMAZOO GAZETTEより

アイナー・ボバーグ博士のことば
   吃音治療研究所(Institute for Stuttering Treatment and Research)理事
 チャールズ・ヴァン・ライパー氏死去の知らせに深い悲しみを感じています。彼はまさしく吃音研究の巨人でした。彼がこれまでに残してきた研究、著作、治療の手順などの業績は、吃音者への理解と手助けに努める者すべてにとって絶大なるものです。ヴァン・ラィパー氏の数多くの優れた文献の中でも最も興味深いのは、おそらく1958年に出版された、20年間におよぶ吃音セラピー実践に基づく論文でしょう。彼は毎年治療法を改善し、それらの克明な記録を欠かさず、5年毎に計画を検討していました。そんな彼の論文を読めることは我々の喜びでもあります。論文は彼の治療計画を骨子として、我々が行う治療技術の効果を常に正しく評価することを示唆するものです。私にとってヴァン・ライパー氏は、これからも愛情こまやかな人物であり、明晰な臨床科学者であるという類い稀な人間であり続けます。

ミック・ハンリー博士のことば
   ウェスタン・ミシガン大学
 ヴァン博士は、わたしが吃音問題に取り組む人々への手助けに努めてきた間ずっと、豊かな協力を惜しまない友人であり、偉大な恩師でもありました。この点については、わたしはヴァンから助言や分析を受けた多くの人々と全く同じ恩恵を受けてきました。自分自身も吃音と共に生きながら、他の吃音者の手助けに一生を通じて携わったヴァンの人柄をよく表していると思う出来事があります。それは死の数カ月前に、ヴァンを3度ほど訪ねて話した折りのことでした。わたしたちはいつもお互いの家族の近況を報告することから始め、2、3のはめを外した話題を経て、思い出話などにも花を咲かせたりしました。そして少し疲れてくると必ず彼は、吃音の話に戻ってくるのでした。効果のあった治療法や失敗した方法、効果の期待できそうなアイデア、自分の吃音とうまくつき合っていけずに悩んでいる人への気遣いなど、それらは尽きることはないのでした。一生涯吃音問題に意識を集中させ続けたこの姿勢こそが、まさしくヴァンその人なのだと思います。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/30

世界的な吃音研究者 チャールズ・ヴァン・ライパー博士

 世界的に著名な吃音研究者といえば、やはり、この人が浮かんできます。
 チャールズ・ヴァン・ライパー博士です。僕が敬愛する吃音研究者です。「吃音者宣言」を提起したとき、僕たちは、博士に手紙を出し、意見を求めました。「舌のもつれた兄弟たち」というタイトルの返事を下さいました。1986年に京都で開いた世界で初めてのどもる人の国際大会をきっかけに、世界のどもる人の交流が始まったことを、喜んで下さっていました。ライパー博士が、ろう者のふりをして、就職したことを、僕はよく講義の中で話します。吃音を認めて生きることの大切さを話すとき、スキャットマン・ジョンと共に、その話題をよく出します。ライパー博士が亡くなられたのは、1994年でした。そのことを書いた「スタタリング・ナウ」NO.7を紹介します。
 前回のブログで「吃音者」の言葉は現在は使わないし、できたら使わない方がいいだろうと書きました。以前には使っていたので、今回の文章にも出てきます。過去の文章なのでそのまま使います。

『スタタリング・ナウ』NO.7 1995.2.28

グッバイ!Dr.チャールズ・ヴァン・ライパー
                 日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


 あなたが、心臓病を患っておられたのはかなり前から知っていました。
 だから、直接お会いしたいと願いながらできませんでした。それでも、アメリカで生きていて下さる、それだけでも、私たちの心の支えでした。
 私たちの父のような存在でした。
 あなたは、昨年9月会いたくても絶対お会いできない世界へ旅立たれました。寂しく、残念です。
 心から、遠くからご冥福をお祈りします。

 あなたは、「吃音問題の解決には、世界の吃音者が手を結ぶことだ」とよく言っておられました。
 私たちが京都で開いた国際大会がきっかけになって、吃音に関しての国際交流が活発になりました。吃音問題の国際大会はケルン、サンフランシスコに続いて、この夏は、スウェーデンのリンショーピンで開きます。あなたの提言を実現させたこと、あなたの息子として、うれしく思います。

 あなたは、常に吃音者の立場に立ち続けた人でした。
 遠く離れた、日本の吃音者である私たちからの連絡をいつも喜んで下さいました。《治す努力の否定》を提起したとき、そして、《吃音者宣言》を発表したとき、一番にあなたに手紙を書きました。常にすぐに返事を下さいました。
 「《治す努力の否定》《吃音者宣言》の問題提起をされたあなたがたの手紙を実に楽しく読ませていただきました。その考え方に賛成するかという質問に対して、私は「イエス」と答えます」
 この出だしで始まるメッセージに、私たちがどれだけ勇気づけられ、また、活用させていただいたか知れません。何千人もの吃音者の治療にあたってこられたあなたのことばは、とても説得力がありました。私たちが言い足りないところをいつも補って下さいました。さらには、私たちの活動に援助を申し出て下さいました。
 「私は、私の研究実践の集大成として、二冊の本を書きました。もし翻訳ができるのでしたら、日本の翻訳権をあなた方に差し上げます。それを活動資金として下さい」
 うれしいお申し出に、私たちは喜び勇んで、グループを作って、『Treatment of Stuttering』の翻訳作業に入りました。大勢の力で大体の訳出を終えるまでは順調でしたが、その後の作業が続きませんでした。あなたが、お元気な内に早く出版して、出版記念に日本にお呼びしようというのが、私たちの口癖になっていました。それが私たちの力不足で実現できなかったこと、とても残念です。せっかく、大勢の力で訳出したのですから、なんらかの形であなたの集大成を紹介したいと、まだまだ、夢は捨てていません。

 あなたは、《吃音受容》を常に訴えた人でした。ご自分が随分と楽に話され、ほとんどどもっていることが分からないほどになっているのに、「どもりは治らない。おそらく一生どもって過ごさなくてはならないだろうという事実を認める必要がある」と言い切っておられます。ご自分の吃音、また、手掛けた吃音者への臨床体験から、「どもりは治る、少なくとも軽くすることはできる」と言い切ってもおかしくない実績を残されました。それなのに、あえて、「今後もどもり続けるという事実を受け入れよう」と強調されました。
 ここに、吃音者への限りない愛を感じます。
 吃音が、その人の努力、またはなんらかのきっかけで治ったり、軽くなることは事実あります。しかし、それを強調すると、どうしても治らない、なかなか軽くならない吃音者を見捨てることになってしまいます。誰ひとりとして見捨てないというあなたの吃音者への愛をそこに感じるのです。
 どうか安らかにお休み下さい。
 グッバイ!Dr.チャールズ・ヴァン・ライパー


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/28

「吃音症」のことばは絶対使ってほしくない。できれば、「吃音者」も。

 毎月発行している、日本吃音臨床研究会のニュースレター「スタタリング・ナウ」は、現在326号まで発行ました。随分長く、毎月発行してきたことになります。コロナ禍の中、様々なイベントが中止になる中で、何か発信をし続けたいと考えましたが、毎日書くネタがあるわけではありません。そこで、以前僕が書いた文章を含めて、昔の「スタタリング・ナウ」を紹介すると言ってスタートしたのに、いろいろと脱線してしまい、途切れてしまいました。
 1994年11月1日に書いた文章の紹介から、再開します。
 
 以前は使っていたが、最近は全く使わなくなったことばに、「吃音者」があります。僕たちは、どもるけれど、いつでもどもっているわけではないし、どもることだけが自分を表すことばではないし、どもっている以外にもいろんな自分がいるし、そんな思いで「吃音者」を使わなくなりました。しかし僕も以前は「吃音者」を使っていました。「吃音者宣言」を書いた本人なのですから。でも、今はできるだけ使わないようにしています。今日、紹介するのは、そうして使わなくなったきっかけになったような文章です。
 ところで、10年ほど前までは全く使われていなかった「吃音症」ということば、今、周りの人間だけでなく、どもる人本人も平気で使うようになりました。なぜ「吃音」ではなくて「吃音症」を使う必要があるのか、僕たちはさっぱり分かりません。厚生労働省が勝手に言い始めたことばを、どもる人本人が使う意図は何なのでしょう。
 「吃音症」についてはこれまでも書きましたが、吃音を、病気でも障害でもなく、単なる「話しことばの特徴」だと考えている僕は、病気の症状を現す「吃音症」は認めることができません。「治すべきもの」となってしまいかねないからです。「吃音と共に豊かに生きている」人に、「吃音症」は全くそぐわないのです。「吃音症」には嫌悪感をもちますが、「吃音者」は時に使ってしまうほどに便利なことばではあります。
 しかし、今は、冒頭で書いたように「吃音者」は使わずに、できるだけ「どもる人」に言い換えています。
 「スタタリング・ナウ」のNO.4、大江健三郎さんのことを書いた文章を紹介します。
  
『スタタリング・ナウ』NO.4 1994.11.1

ノーベル賞と吃音者
    日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


 ―「エッ、江藤、しっ、しっかりしろよ。エ、江藤、お前は堂々としているなあ。しっ、しっかりしろ。だ、だいじょうぶか。江藤。お、お前本当に堂々としているな」
 大江はほとんどひとりごとをいっているのであった。私が聴いているなしにはおかまいなく、吃りをまるだしにして、さすってくれながらそうつぶやいていた。これを聴くうちに、私の両の眼に熱いものがあふれてきた。そういえば、大江が「お前」と言ったのも私を「江藤」と呼び捨てにしたのも、このときがはじめてだったような気がする。大江がそれをまるでひとりごとのようにいっているのがよかった。私はその時、大江の優しさが私を包むのを感じた。―
                   大江健三郎全作品2 付録 新潮社

 若いころ、羽仁進さんらと一緒に飲んで泥酔し、みじめになっている時、大江さんから受けた介抱を、江藤淳さんがいつまでも覚えている。大江さんの人柄が偲ばれて心温まる、エピソードだ。
 「ノーベル賞の受賞者は日本に8人いるが、その中に吃音者が2人いる。物理学賞の江崎玲於奈さんと今回の文学賞の大江健三郎さんだ」との誰かの発言から、大江健三郎さんのノーベル文学賞受賞が決まった次の日、大阪吃音教室で大江さんのノーベル賞受賞が話題になった。
 「僕はどもるし、そのことで悩んだことはあったかもしれないが、吃音者とレッテルを貼られるのは…、僕は小説家だ」
 自分のことが吃音者のグループで話題になっていることに、当の大江さんは苦笑いをされることだろう。
 大江さんがどもるということを知っている私たちは、吃音者の先輩としてだけでなく、さらに平和や障害者問題に対する発言に共感をし、尊敬と親しみを抱いていた。そこで、不躾にも、言友会創立25周年の記念大会に記念講演をお願いした。
 「せっかくですが、私は吃音に関して何も話すものは持っていません…」と、その時丁寧な断りのおハガキをいただいた。吃音ではなく、核の問題、障害者問題について話して欲しいとお願いしたら、来て下さったかもしれない。
 私たちはいろいろなメディアを通して他人の人生を知ることができる。どもったことがある、あるいは自らどもる人間だと名乗る方々にお手紙をさしあげたり、講演をお願いしたりする場合がある。その時のその人の対応は様々で、興味深い。どもるということをむしろ誇りにし、私たちの働きかけに応じて下さる方もいるが、「かってどもった経験はあるが、私は吃音者ではない」と、私たちからの仲間扱いに不愉快さを率直に表明される方もいた。
 大江さんは、『個人的な体験』にみられるように自己受容の人である。吃音を否定されている人ではない。むしろ吃音の受容が大江さんのことばにある《仮の受容》の役割をし、ご子息、光さんの誕生から子育ての過程の《本当の受容》に至ったのではないかと推察することも可能だ。
 吃音に悩み、吃音に大きく人生を左右されている人にとっては、《吃音者》としての自覚が必要な時期はあるが、吃音に影響されずに生きている人にとっては、《吃音者》のレッテルは不本意ではないだろうか。また、《吃音者》のことばには、吃音を過剰に取り込みすぎている感じがしないではない。
 大江健三郎さんのノーベル賞受賞の日、大江さんからのハガキを思い出し、『吃音者宣言』の起草者でありながら、《吃音者》ということばについて改めていろいろ考えてみた。(了)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/27

吃音と自己表現 (3)

 前回、吃音をマイナスのものととらえず、ゼロの地点に立つということを書きました。そのために必要なことを3つ示しています。自己肯定・他者信頼・他者貢献です。これは、僕たちが、セルフヘルプグループで大切にしてきたことと重なります。自己肯定=あなたはあなたのままでいい、他者信頼=あなたはひとりではない、他者貢献=あなたには力がある です。この3つの循環で、どもりながら自己表現していく子どもに育つ道筋に立つことができると思います。
 また、アドラー心理学の共同体感覚の構成要素でもあります。
 「どもっていても、大切なことは言わなくてはいけない。そして、それはきっと相手に伝わる」
 常に、このことを、子どもたちに伝えていきたい、その思いを強くしました。今日が、児童心理に掲載された「どもる子どもの自己表現への援助」の最後です。

どもる子の自己表現への援助 (3)
           日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


『児童心理』2008年5月号 金子書房 〜特集 子どものためのアサーション〜

   ゼロの地点に立つために必要なこと
     ―自己肯定・他者信頼・他者貢献
ー己肯定
 どもる事実を認めて、どもっても話していくためには、まず子どもが、自分の吃音について、自分の気持ちについて学校で話す必要がある。クラス替えのとき、自己紹介で、自分の吃音について話し、その後の学校生活が楽になったという子どもは多い。どもることを隠さず、どもって話していけば、どもってでもできないことはないことに気づいていくだろう。
 親や教師にできることは、日常生活の中で、どもってもできたという体験を増やすことである。どもって朗読や発表することを後押ししたい。、そのとき、大切にしたいのは、子どもが今苦戦していること、たとえば朗読や発表について、どうしたいと思っているのか、本人の気持ちを聞き、話し合うことだ。学校へ行けなくなるほど思いつめている子どもに対しては、本人と相談の上で、一時的に朗読や発表を免除することもあっていいだろう。
 また、健康観察の「はい」が言えなければ、ジェスチャーで済ませたり、習得を目指して九九のスピードを競うことがあるが、速く言うことが大切なのではなく、正しく言えればいい、などの柔軟な対応も必要である。クラスの仲間も、これらの対応を認め、どもることを理解するには、家庭でもクラスでもオープンに吃音について話題にすることが不可欠である。どもる子どもがいることで、互いの違いを認め合う授業づくりができれば、クラス全体の意識が変わっていく。
他者信頼
 どもる子どもは自分がどもった後の反応がとても気になるものである。私はどもりながら朗読しているときよりも、その後の休みの時間がつらかった。どもった私を友だちはどう見ているのか、友だちの反応がこわかった。どもる自分を肯定するには、どもったときの周りの肯定的な反応がなくてはならない。自分がいくらどもっても大丈夫だと思っても、周りが笑ったりからかったりするクラスだったら、どもってでも朗読しよう、発表しようという気は起こらない。なかには意地悪な子どもがいたとしても、基本的に「私はクラスの仲間が信頼できる」との他者信頼の感覚を子どもがもつには、まず家庭でどんなにどもっても嫌な顔をしないで話に耳を傾けることが必要である。
 どんなにどもっても、どもるそのことではなく、話す内容に関心をもって聞いてくれる聞き手がいると、どもる子どもが、家庭や学校で「どもる私を受け止めてくれている」と実感できる。吃音を否定しない聞き手の存在によって、子どもはどもりながらの自己表現ができるようになる。
B昭垤弩
 自分が、誰の役にも何の役にも立っていないと感じるのはつらいことである。私は吃音を否定し、話さないようにしていたから、クラスの役割を引き受けることはほとんどなかった。無理に引き受けさせられたものにも、まじめに取り組むことはなかった。クラスで役に立っている、クラスの一員であるという意識は、私にも周りにもなかっただろう。
 どもる子どもには、できるだけ家庭やクラスで役割を与えたい。当初は嫌がるかもしれないが、役割を担っていくうちに、できなかったこともできるようになる。どもりながらでもできたという実感をもち、自分もみんなの役に立っていると思えることで、自己肯定は確実なものになっていく。
 自己肯定、他者信頼、他者貢献はどちらが先ということではなく、家庭やクラスの実情に合わせて、どもる子どもに味わって欲しい。しかし、これは、どもる子どもに特別の配慮をすべきだということではない。この三つはすべての子どもに必要なことだからである。

   おわりに―自己表現への援助
 私は、どもることをマイナスのものと考えることで、自己表現ができなくなり、自分の気持ちがわからなくなり、ますます自己表現ができなくなるという悪循環に陥った。自己開示ができないから、他人も私を理解できなかった。その悪循環を絶つには、当初は苦しくても、私自身がどもりながら自己表現していくしかなかったのだ。
 吃音を笑われたりからかわれたりしたとき、「嫌だからやめて」と言えたら、自分が苦戦をしていることを率直に話せたら、どもっていても私は学童期・思春期にあれほど悩むことはなかっただろうと思う。
 どもる子どもへの援助とは、「吃音を治す、改善する」ことではなく、その子どもが吃音と向き合い、吃音とともに生きることへの支援だと言える。そのひとつとして、アサーションの考え方を知り、自己表現できる子どもを育てることである。どもりながらでも表現できたという経験を積むことである。親や担任教師がアサーティブな生き方を見せることで、子どもにとってアサーションはより身近なものとなるだろう。
 「どもっていても、大切なことは言わなくてはいけない。そして、それはきっと相手に伝わる」
 親や教師はこのことを熱く語りたい。自分の気持ちや思いを大切にし、また相手のそれも大切にして、自己を表現する子どもになってほしい。そうすれば、その子にとって吃音は大きな問題ではなくなり、吃音がマイナスに影響しない生き方ができるようになっていくだろう。

[参考文献]
水町俊郎・伊藤伸二『治すことにこだわらない、吃音とのつき合い方』ナカニシヤ出版、2005年
伊藤伸二『知っていますか?どもりと向きあう一問一答』解放出版社、2004年
石隈利紀・伊藤伸二『やわらかに生きる―論理療法と吃音に学ぶ』金子書房、2005年
平木典子・伊藤伸二『話すことが苦手な人のアサーション―どもる人とのワークショップの記録』金子書房、2007年(了)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/25

吃音と自己表現 (2)

 昨日のつづきです。僕は、自分が体験して、からだに染みたことをもとに、吃音の問題を考えてきました。ここでも、自分の体験を書いています。吃音を否定することは、自分自身を否定することにつながります。僕が、どもる子どもたちに、そして保護者に伝えたいことは、吃音を否定しないこと、吃音をマイナスのものと思わないことです。わざとらしく、プラスだという必要はありません。マイナスと思わず、ゼロの地点に立つことがスタートラインだと思うのです。

どもる子の自己表現への援助 (2)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


『児童心理』2008年5月号 金子書房 〜特集 子どものためのアサーション〜

   私の体験―吃音否定から自己否定へ
,匹發辰読集修靴討呂い韻覆
 親や教師など大人の不適切な対応が吃音に悩み始めるきっかけになることがある。小学校2年生のときの担任は学芸会で私をセリフのある役から外した。教師としては私が大勢の前でどもるのはかわいそうだからとの配慮だったのかもしれない。しかし、私は深く傷つき、吃音に強い劣等感をもち、つらい学童期・思春期を生きた。
 子どもに相談もなく、一方的な思いこみによる教師の浅い配慮が、ときとして子どもを深く傷つける。私は教師から「どもってはいけない」と突きつけられたことになる。
吃音を隠し、話すことから逃げる
 「どもってはいけない」と受け取った私がどもらないようにするには、話さなければいい。小学2年生の秋から、知っている答えでもすべて「わかりません」で済ませ、どもらないようにした。クラスの役割はできるだけ避けた。通信簿には、やる気がない、仕事をさぼる、などと書かれた。私は、だんだんと無口で消極的になっていった。どもるのは仮の私で、治ってからが本当の私だと考え、勉強も遊びもしない不本意な学童期・思春期を送った。どもる自分を否定し、吃音が治ることばかりを考えていた。そして、その苦しみを誰にも話すことはなかった。
 自分の気持ちを話さないのだから、親や教師は私への援助のしようがなかっただろう。

   どもる子への援助―ゼロの地点に立つ
 吃音は、膨大な研究がされながら原因がまだ解明されず、根本的な治療法はない。幼児期どもっていた子どもの自然治癒率は45%と言われているが、小学校に入学するまで持ち越した吃音が治ることはあまりない。
・吃音は原因がわからず有効な治療法がない。
・吃音が治っていない人は多い。
・吃音から受ける影響には大きな個人差がある。
 どもる事実を認めるには、この3つの事実を親や教師は子どもに率直に伝える必要がある。どもるのは自分だけではなく人口の1%もいること。どもる人は多種多様な仕事に就いて、教師や営業職など話す仕事に就いている人も多いこと。そして、どもりながら豊かに生きている人が多いなどの事実を大人はどもる子どもに伝えたい。
 未来への明るい展望をもって、「どもっても、まあいいか」とどもる事実を認めることを、私はゼロの地点に立つという。どもる事実を認めることが、学校生活でもどもりながら、自分のしたいことをし、言いたいことが言えるようになっていく前提になる。
 この地点に立つまでの援助が、親や教師の大きな役割であり、それができれば子どもは、徐々に「どもっても大丈夫」と実感していくだろう。このように、吃音と向き合うことなく、学童期を過ごし、思春期を迎えると、不登校や引きこもりなどの原因となることがある。
 吃音の正しい情報を知り、治らないという現実に向き合うことが、自分らしく生きていく第一歩である。どもる子どもの親はもちろん、すべての教師が吃音について必要最小限の知識をもっておくことで、不適切な対応を防ぐことができる。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/24

吃音と自己表現

 10月20日は、千葉県の言語聴覚研究会の秋期研修をZoomで行いました。最初は演習をということだったのですが、さすがに、演習をZoomで行うことは難しく、講義の形にしてもらいました。事前に質問を出してほしいとお願いしたら、たくさんの質問が事務局から送られてきました。それには、すべて丁寧に文章でお答えしました。
 また今朝は、10月30日にこれまたZoomで行う、島根県の吃音親子キャンプ・島根スタタリングフォーラムの打ち合わせのためのオンラインテストをしました。対面ができないので、仕方なくZoomを利用していますが、少し慣れてきたようです。でも、やはり、僕は、対面型人間です。
 先週の大阪吃音教室に、三重県から、女性がひとり参加されました。7月頃にお電話をいただいて、参加したいと聞いていたのですが、コロナで休講が続き、ようやく念願が叶っての参加でした。電話では、「どもりと向き合う一問一答」を読んで感動した、昔、「吃音者宣言」も読んだとおっしゃっていました。親の介護を必死にしている中で、いつの間にかしゃべれるようになっていたともおっしゃっていました。
 この日の大阪吃音教室は、「どもり内観」でした。前半はどもりへの内観と、後半は周りの人への内観でした。このように吃音をとらえたり、考えたりしたことはなかったと、新鮮に受け止めて下さったようでした。初参加の彼女は、自分が話すのを、一所懸命聞いてもらえてうれしかったと、最後の感想で話されました。
 緊急事態宣言が解除され、休講が明けてから、新しい参加者が必ずおられます。このような場を求めている人がいるということだと思います。吃音について、自分について、生きることについて、真剣に考え、話し合う場、大事にしたいと思います。
 
 さて、金子書房の『児童心理』に掲載された文章を紹介してきました。
 最後に、直接、吃音ということはテーマではないのですが、《特集 子どものためのアサーション》というテーマで依頼され、掲載された文章を、今日は紹介します。
 2008年5月号に掲載された、「どもる子の自己表現への援助」です。

どもる子の自己表現への援助
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


『児童心理』2008年5月号 金子書房 〜特集 子どものためのアサーション〜

「どもる子どもにまだ出会ったことがないんです」
 教員生活を十年以上していて、こう言う人にときどき出会う。吃音の発生率が1%あることを考えれば、出会っていても気づかなかった、が本当のところだろう。
 公立小学校の通級指導教室(ことばの教室)に通うどもる子どもは多いが、ことばの教室で対応できるのは、ほんの一握りだ。教室の存在すら知らず、圧倒的多数の子どもは、通常学級で適切な援助を受けることができず苦戦している可能性がある。親や通常学級の担任ができるどもる子どもへの援助について考えたい。

   見逃される吃音
 このようにどもる子どもの存在が見逃されるのには二つの理由がある。
)椰佑吃音を隠す
 吃音は、話さなければわからない。子どもが吃音をマイナスのものと強く意識していれば、必死で吃音を隠そうとする。すると、無口で消極的な子として見逃されてしまう。また、本人にとっては大きな悩みでも、周りに迷惑をかけるわけではないから教室ではそのまま放置される。いじめがあったり、不登校になって初めて、吃音に悩んでいたとわかることも少なくない。
教師に吃音についての知識がない
 吃音は、「たたたた・たまご」と音を重ねるもので、ぐっとつまって声そのものが出ないのを吃音とは思われないことがある。またどもる場面が人によって違うからわかりにくい。一般的には、緊張するとどもりやすいと思われているから、朗読や発表が得意な子どもを、吃音に悩んでいるとは思わないだろう。家族や友だちと遊ぶときの方がよくどもるという子は少なくない。遊びの場でどもるのを真似され、からかわれていても担任は気づかない。
 子どもが悩んでいるのを知って親が担任に相談しても、「どもるといってもほとんど気にならない程度ですよ」と言われてしまう。吃音が軽ければあまり問題はないと思われるようだが、吃音の悩みはどもる頻度に正比例しない。むしろ、隠すことができる程度の吃音の子どもの悩みの方がかえって深いことがある。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/23

吃音を「クセ」ととらえる (2)

 「どうしてそんな話し方をするの?」と聞かれたとき、どう答え、どう説明するか、吃音親子サマーキャンプの話し合いのときによく出てくる話題です。病気、個性、障害、話し方の特徴など、子どもたちは、それぞれに考えて、意見を言います。
今回のテーマのように、「クセ」だという子もいました。
「これは僕のクセだから、理解してくれなくてもいいから、慣れてくれればいいよ」、見事な答えだと思います。
 それぞれの答えを尊重し、それを認めてもらえるために、まず、どもる自分を自分が認め、どもりながら日常生活を送ることが大切だと思います。その姿が、社会の理解にきっとつながることでしょう。

『児童心理』金子書房 2017年10月号 臨時増刊号 NO.1048

心理的背景をもつクセ解消のための援助と治療

あなたはあなたのままでいい あなたはひとりではない あなたには力がある
            吃音親子サマーキャンプの実践


 吃音親子サマーキャンプ
 吃音の当事者、ことばの教室の教師、言語聴覚士が一緒になって、吃音親子サマーキャンプを始めたのは、学童期・思春期を生きる子どもが、吃音を認めて生きる道筋に立ってほしかったからだ。毎年、140名ほどが参加し、今年28年目を迎える2泊3日の吃音親子サマーキャンプは、吃音についての話し合いと、演劇活動を通して自分の声やことばに向き合う、遊びの要素のほとんどないシンプルなものだ。しかし、キャンプを終えた子どもたちは、与えられた楽しさではなく、自分の課題に向き合い、達成した喜びを、楽しかったと表現する。90分と120分の哲学的対話が機能するのに次の要素がある。

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 同年代の子ども7人ほどのグループに、ことばの教室の教師や言語聴覚士などの専門家と、成人のどもる人が入る。対等の立場で話し合うが、時には質問し、整理し、深めるために、専門的な知識や、成人の体験が役立つ。
∧数回参加の子どもの役割
 全国各地から、さまざまな体験をしている子どもが集まる。初参加の子どもも、複数回参加の子どもが、深めてきた吃音についての考えに触れる。それにどもる人の体験など複数の体験がポリフォニー(多声性)として、響き合う。
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 初日の夜の90分の話し合いと、翌日の120分の話し合いの間に、吃音についてひとりで向き合い、体験を綴る90分の作文の時間がある。間を少し置いて自分で熟成させる時間のあるこの構造が、3日間という短い時間であっても、吃音について、つらい気持ちの分かち合い、クラスでどう対処しているかの情報の分かち合い、どもっていても大丈夫との新たな価値観の分かち合いを可能にする。
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 相手に向き合うからだと相手に届く声を耕す。劇の稽古と上演の活動を通して、どんなにどもってもひとりで舞台を支え、多くの人にどもっていることを受け入れられる経験は、吃音に対する意識の変化に結びつく。

 吃音とは何か
 流暢ではない話しことばの、どこからが吃音なのか、血液検査のような客観的な検査法はない。かなりどもる人から、周りが全く気づかない程度の人も含めて、本人が吃音だと意識していれば、吃音だ。当然、言語障害だと考える人も、クセだと考える人も出てくる。 「どうして、そんな話し方をするの?」
 こう、友達に聞かれたとき、どう説明すればいいか、吃音親子サマーキャンプで、子どもたちは考え、話し合いをする。
 「僕は病気だと思う。そのうち治ると思っている」
 「病気じゃないよ。病気なら治るだろうけど、全然治っていない」
 「友達にからかわれたとき、僕はどもるのは障害だから、気にしないでと言ったら、そうなんだと、それからは言われなくなった」
 「友達もいろいろと個性があるし、吃音も私の個性だから治らなくてもいい」
 「これは僕のクセだから、理解してくれなくてもいいから、慣れてくれればいいよ」
 小学6年になって、転校生からいじめにあって、5か月近く学校に行けなかった女子が、吃音親子サマーキャンプでの90分の話し合いの中で、自分の吃音について考え直し、キャンプが終わるとすぐに学校へ行き始めた。その子は、「吃音は病気か、障害か、個性か」の議論の中で、父親から言われた「吃音は立派な大人になるための肥料だ」を思い出し、苦戦しながらも学校へ行っている他の子どもとの話し合いを通じて、「どもりは私にとって大事なもので、私の特徴にすればいい」と、ひとつの答えを自ら出したのだ。

 おわりに
 障害や病気は、なんらかの困難や苦しみをもたらす。しかし、吃音は痛みなどの肉体的な苦痛はなく、どもることさえ認めれば、生活上の困難さもあまりなくなる。「クセ」としてとらえて、そのクセとの上手なつきあい方さえ学べば、吃音の問題は、その影響を減らすことができ、弱体化させることができる。 
 「吃音は神様が私たちを選んでプレゼントしてくれたものだと考えたらいいよ」
 ひとりのどもる子どものこのことばには、吃音への理解が少ない社会であっても、社会は敵ではなく、味方だと考え、自分と他者を大切にして誠実に日常生活を送ることが大切だとの思いが込められている。どもる自分を日常生活の中に委ねて、どもりながら生きる中でこそ、吃音の理解は広がり、吃音そのものも変化していく。
 吃音は治そうとするものではなく、そのままを生きるものなのだ。
<参考文献>
『レジリアンス 現代精神医学の新しいパラダイム』加藤敏・八木剛平 金原出版 2009年
『どもる君へ いま伝えたいこと』伊藤伸二 解放出版社 2008年
『やわらかに生きる 論理療法と吃音に学ぶ』石隈利紀・伊藤伸二 金子書房 2005年


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/21

吃音を「クセ」ととらえる

 金子書房『児童心理』には、何度か依頼を受け、原稿を書きました。4回の連載を紹介してきましたが、その1年後に、おもしろい企画がありました。
 2017年10月号の臨時増刊号で、「心理的背景をもつクセ解消のための援助と治療」がテーマでした。吃音をクセとしてとらえるのは、僕にとって、初めての経験でした。二回に分けて紹介します。


  
『児童心理』金子書房 2017年10月号 臨時増刊号 NO.1048

「特集・心理的背景をもつクセ解消のための援助と治療」

あなたはあなたのままでいい あなたはひとりではない あなたには力がある
          吃音親子サマーキャンプの実践

       
 はじめに
 「心理的背景をもつクセ」としながらも、本号の特集のように吃音を「クセ」として取り上げるのには異論をもつ人もいるだろう。私も「クセ」の観点から吃音について書くのは初めての経験だ。しかし、心弾む作業ではある。なぜなら、吃音を「話しことばのクセ」と子どもがとらえることができ、社会も「吃音を治そう・改善しよう」の治療対象ではなく、「クセ」と受け止めてくれれば、どもる子どもも、どもる人もずいぶんと生きやすくなると考えるからだ。また、そうとらえることが吃音のひとつの現実的な対処だとも思う。
 しかし、吃音をクセと受け止めるには、ひとりの力では難しい。どもることをからかわれたり、笑われたりする現実と、吃音は治した方がいいという社会の支配的なディスコース(言説)があるからだ。さらに、吃音を治そう・改善しようとする専門家も多い。その中で吃音をクセとしてとらえ、それとつきあっていく道筋に立つには、吃音を肯定的にとらえるどもる大人や親、教師、専門家と、子どもとの哲学的対話が不可欠だ。哲学的対話を活動の柱としてきた、吃音親子サマーキャンプの実践を紹介する。

 吃音は治さなければならないものなのか
 吃音は、言語病理学では言語障害のひとつであり、どもる状態を吃音症状として考え、治療、改善の対象とされてきた。しかし、100年以上の世界の吃音研究・臨床の歴史、現代の発展した医学・科学をもってしても、吃音の原因やどもるメカニズムは解明されていない。治療法も、「ゆっくり、そっと、やわらかく」発音する言語訓練以外ない。大人がその訓練で失敗してきただけでなく、子どもたちも、そんな訓練で、人工的で、ロボットのような話し方をするより、どもっている方がいいと言う。世界のトップクラスの北米のアイスターという吃音治療研究所でも、「ゆっくり話す」のスピードコントロール以外の方法はない。
 一方、どもる人は、民族の違いを超えて人口の1%程度と言われ、紀元前のデモステネスの時代から現代まで、人間は悩みながらも吃音と共に生きてきた。どんなに吃音を否定しようとも、吃音と共に生きてきたことは誰も否定できない事実なのだ。私たちも、吃音を治すことにこだわらず、吃音とうまくつきあってきた。しかし、最近、発達障害者支援法の支援対象に吃音が入り、成人のどもる人の動きにも変化が出始めた。障害者手帳を取得して障害者枠で就職したい人、障害者年金で生活することを希望する人が現れ、ことばの教室を終了した高校生から、障害者手帳が欲しいと相談があったと、ことばの教室の教師が驚く。少し就職活動で苦戦すると、「障害者手帳が欲しい」という大学生も現れ始めた。
 2013年、勤務する病院で吃音を説明しても理解してもらえないと、北海道の看護師が自ら死を選んだ。一方、地方自治体の消防学校で「そんなにどもっていて、市民の命が守れるのか」と強く叱責され、消防学校時代に吃音を治せと迫られた青年が、悩みながらも無事消防学校を卒業し、今は消防士として、立派に仕事をしている。
 吃音そのものが問題なのではなく、吃音をネガティヴなものとしてとらえることで受ける影響が問題だとする考えは、1970年に、吃音氷山説としてすでに出されている。影響とは、どもることを隠し、話すことから逃げる行動や、吃音は劣った、恥ずかしいものとする考え方、そして、不安や恐れ、恥、罪悪感などの感情だ。吃音は、吃音症状の改善ではなく、吃音に対する受け止め方でその人の人生は大きく変わる。
 どもる子どもにどのような青年・成人に育ってほしいか、子どもの将来を展望しての吃音の取り組みが必要になるのだ。
 
 精神医療の世界の潮流−健康生成論
 従来、精神医療、福祉の世界では、病気の人の弱点や劣っている負の側面に力点を置き、病気と対決し、診断し、治療する「疾病生成論」が支配していたが、今は、病気があっても健康に生きられることに着目し、その健康要因を解明しようとする「健康生成論」が注目されている。「健康因」として教育、医療、福祉で広がっているのがレジリエンスだ。
 貧困、暴力など劣悪な環境で育った、698名の3分の2には脆弱性が見られたが、3分の1は、能力のある信頼できる成人になっていたと報告された。この人たちには、「心的外傷となる可能性のある苦難から生き延びる能力、回復力がある」として、弾力・回復・復元力を意味する「レジリエンス」が備わっていると表現した。
 また、急性期の統合失調症の当事者、家族、友人、専門家が対等の立場で、「開かれた対話」を続けることで、入院や薬に頼らざるを得なかった精神疾患が回復していくとする、フィンランド発の「オープンダイアローグ」が世界的に注目されている。
 対話の取り組みを中心においている、吃音親子サマーキャンプは、オープンダイアローグが実践されていると言えるだろう。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/19

吃音親子サマーキャンプ レジリエンスが育つ

 金子書房『児童心理』4回連載の最後のタイトルは、《レジリエンスが育つ》としました。僕たちは、セルフヘルプグループで得た「あなたはあなたのままでいい、あなたはひとりではない、あなたには力がある」を、子どもたちに伝えたいと思い、30年前に、吃音親子サマーキャンプを始めました。30年の歴史の中で、そのメッセージは確実に子どもたちに届き、そして、子どもたちの中でレジリエンスが育っていきました。

『児童心理』2016年9月号
連載 学校外の子どもたちの今

吃音親子サマーキャンプの場の力
 レジリエンスが育つ

日本吃音臨床研究会会長  伊藤伸二
  

 アメリカ言語病理学の「吃音を治す、改善する」立場に立ち、少しでもどもる状態を軽減することが、ことばの教室の教師の役割だとする考え方は根強い。しかし、原因も解明されず治療法もない吃音は、吃音とのつきあい方を学ぶことが現実的だ。吃音のマイナスの影響を小さくし、将来の影響の予防には、精神医学、臨床心理学、社会心理学などさまざまな領域から学ぶことは多い。吃音に向き合い、苦手な演劇に挑戦し、表現力を養った子どもたちは、大人が考える以上に成長していく。
 「論理療法を学んだ。A:出来事があって、C:結果がある。でもAとCの間には、B:受け取り方がある。受け取り方で結果が変わるんじゃないかということだ。人前でどもって笑われて落ち込んだときの受け取り方は、人前でどもることはいけないことだという考え方だ。でも、受け取り方が、人前でどもってもいいと変わると、落ち込みは小さくなるんじゃないか。僕はこれから吃音のことだけでなく、ピンチがチャンスに変わる考え方をしようと思う」(Fさん、小学6年時の作文)
 どもる苦労はどんな仕事に就いてもついてくるなら、自分が本当にしたい仕事に就きたいと、Fさんは消防士の道を選んだ。しかし、消防学校時代「そんなにどもっていて、市民の命が守れるのか。今のうちにどもりを治せ」と、どもることを厳しく叱責された。さまざまな困難から立ち直ることを学んできたFさんは、私たちの援助も受け、つらかった1年間の消防学校の生活を乗り切った。今は消防士として、どもりながら元気に働いている。
 吃音親子サマーキャンプの参加資格は、小学生・中学生・高校生だ。高校3年生を対象に、最終日、サマーキャンプの卒業式が行われる。ただし、3回以上キャンプに参加していることが条件になる。吃音親子サマーキャンプの卒業式では、キャンプで得たことや学んだこと、また将来への決意が語られる。2005年10月16日放送のTBS「報道の魂」で、4人の高校生の号泣して語る姿が映し出された。涙の中に、悩みながらもここまできた喜びと、将来への希望があふれていた。
 「小学4年生から、高校3年まで、キャンプでいろんなことを語り、学び、友だちもできた。これから、どもりは私にとって大きなマイナスにはならないと思う」と、そのとき語ったYさんは、大学2年生のとき、自分も周りもびっくりするくらいどもるようになった。「吃音を治す、改善する」の立場に立ち、どもらないことに価値をおいていれば、この状態に絶望し、うろたえただろう。しかし、吃音を学んできたYさんは、この変化も一時的なものだと冷静に受け止めた。コーヒーショップのアルバイトも大学での発表も、ひどくどもりながらこなした。2年半ほどその状態は続いたが、やがて以前のどもり方に戻り、大学を卒業し、今は大きな病院で薬剤師として働き、今年結婚をした。キャンプで知り合った仲間も結婚式に駆けつけた。
 「あなたはあなたのままでいい、あなたはひとりではない、あなたには力がある」を自分のものにしていった子どもたちは、「回復力、しなやかに生きる力」などと説明されるレジリエンスが確実に育っていたのだ。メンターといえるどもる先輩の生きる姿が、将来への楽観的な展望になり、どもることを認めさえすれば、ほとんどの仕事に就けること、どもりを隠し、話すことから逃げないで生活することの意義を洞察し、吃音に左右されず、自分の人生を生きることを自分のものにしていく。ウォーリンがあげるレジリエンスの七つの構成要素の、洞察、関係性、イニシアティヴ、創造性などが、キャンプの活動などを通して育っていたといえるだろう。全員の許可をとって掲載した『親、教師、言語聴覚士が使える 吃音ワークブック』の表紙には、大勢の子どもの笑顔があふれている。この表紙を見るだけで子どもたちは安心するそうだ。
 参考文献
『サバイバーと心の回復力』(金剛出版、スティーブン・J・ウォーリン、シビル・ウォーリン、奥野光、小森康永)
『親、教師、言語聴覚士が使える、吃音ワークブック』(解放出版社、伊藤伸二)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/18
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