伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2021年05月

吃音とレジリエンス−どもる子どもとレジリエンス

 日本吃音臨床研究会の年報として、吃音臨床研究誌「レジリエンス」を発行したことを、前回書きました。「レジリエンス」のことば、最近よく目にするようになりました。
 今年の正月の新聞にも出ていました。三省堂の新聞広告(新明解国語辞典)でした。
  あなたは、どう考えますか。
  新たな1年を思い、これらのことばについて 一緒に考えてみませんか。
  「時代」「絆」「レジリエンス」
 正月早々、新聞広告に出会い、随分前から注目してきた僕たちは、なんだかうれしかったことを覚えています。
 レジリエンスについて、いろいろな場で話をしていますが、吃音相談会で、どもる子どもたちのレジリエンスについて、参加者に問いかけた文章がありました。どもる子どものことを心配して参加された保護者の方に、少し違う角度から子どもを見ていただけた時間になったようです。
 前半は、レジリエンスについて詳しく説明しています。後半は、前半の話をもとに、みんなで話し合いをしました。

  
レジリエンス
伊藤 僕たちは、今、レジリエンスに注目しています。レジリエンスは、最近言われるようになったことばで、回復する力、弾力性、逆境を生きぬく力の意味で、困難な場面があっても、それに耐えて、自分なりの力を発揮する力と言えます。
 日本でさかんに言われるようになったのは、2011年の3月11日の東日本大震災の後です。非常に厳しい状況で、トラウマになり、PTSDになる子がいる一方で、あれは自然災害だから仕方がないと受け止めて回復していく子どももいるなど、その人によって大きな差がありました。
 レジリエンス研究は、1955年からの、ハワイのカウワイ島の調査から始まりました。
 この島の地域の、非常に劣悪な環境、具体的には、麻薬中毒、アルコール依存、犯罪、貧困、虐待などの過酷な状況で育つ子どもは、大人になるにつれて同じように、虐待、アルコールや麻薬への依存、犯罪者に育つのではないかと、一般的には思われます。長年の調査で、確かに2/3は、そのような状態に近かったけれど、1/3の人は、立派な大人になったという結果が出ました。大変な逆境の中でも自分を失うことなく生き抜いた人たちをレジリエンスのある人だと考えたのです。
 第二次世界大戦で、ナチスのドイツ軍に追われて、アウシュビッツに送り込まれそうになった子どもが、それから免れて生きたという経験をしながら、立派にいろんな分野で活躍している人がいます。その人たちにはどういう力があったのか。生き延びる力に精神医学や心理学が目を向けるべきではないかと考えられるようになりました。
 これまでは、病気や障害や困難があると、それをなくす方向でのアプローチが考えられました。障害を軽減し、病気なら治すという方向です。それで改善できれば解決するのでしょうが、そうならなかったらどうするかです。これまで100年以上の治療の歴史がありながら、治せていない吃音は、残念ながら治らないし、治せないと考えた方が現実的です。吃音を訓練によって改善するというあり方ではなくて、子ども自身がもっている自然回復力、自然治癒力、困難や逆境から耐えて生きぬく力を信じて、吃音に負けない子どもに育てていくことが、親や専門家として必要なんじゃないかと僕は考えます。これがレジリエンスです。
 これは、レジリエンスのことばが広がる前にすでに、吃音の世界では言われていたことです。
 1950年代、ウェンデル・ジョンソンが、言語関係図で、吃音は3つの軸で構成されるとしました。X軸はどもりの状態、Y軸は聞き手の反応(環境)、Z軸は本人の吃音や聞き手の反応に対する態度です。吃音の問題は、X軸だけではなく、Y軸の環境に影響を受けます。どもっていても、ちゃんと聞いてくれる学校やクラスや会社なら、どもる人は楽に生きられるが、環境が悪いと生きづらくなります。だから、Y軸への働きかけが、吃音の理解を促す社会への啓発です。でも、これには限界があります。いくら理解してほしいと言っても、社会全体がそうなるとは限りません。社会の理解ばかりを考えると、それはいつになるかわかりません。どんなに困難な状況でも、それに耐えて自分の力を発揮できる子に育てることを考えた方がいい。これが、言語関係図でいうZ軸へのアプローチです。1950年から提唱されながら、Z軸に対して何ができるかという具体的なことはアメリカ言語病理学にはありません。
 1970年には、ジョゼフ・G・シーアンが、吃音氷山説を出し、吃音の問題は、目に見える吃音そのものより、海面下に沈んでいる、吃音から受ける影響である行動・思考・感情に問題があるとしました。行動は、どもりを隠したり、話すことから逃げたりすること。僕は逃げて逃げて逃げ回った人生を生きてきました。思考とは、どもっていると、大変なことになり、有意義な人生は送れないと考えるなど、自分を縛ってしまう考え方です。どもりは必ず治るはずだ、どもりが治ったら自分は幸せに生きられるなどの考え方も同じです。感情は、どもるかもしれないという不安や恐れ、どもったあとの恥ずかしさや惨めさを言います。
 この海面下の行動・思考・感情に対してアプローチすべきではないかと、シーアンは1970年に提案しましたが、これも残念ながら、具体的に何をすればいいかの提案はありませんでした。
 僕は、1965年の夏、吃音を治すために東京正生学院という吃音治療所に1か月泊まり込んで治療に励みました。秋には、どもる人のセルフヘルプグループを作りました。僕自身は学童期、すごく悩んできたから、どもっていれば、みんな悩んでいると思っていたのですが、学童期が楽しかった、中学校時代はクラブに入っておもしろかった、そんな人がいっぱいいました。僕はなぜあれだけ悩み、この人たちはあまり悩まなかったのか。また、僕は21歳から吃音に対する考え方が変わり、吃音と共に生きていますが、いつまでも、どもりさえ治ればと、吃音に悩む人がいっぱいいるのはなぜか。この個人差について、僕はずっと考え続け、次の3つの事実を認めようと言ってきました。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/5/5

吃音臨床研究誌「レジリエンス」

 77歳の誕生日から5回にわたって、これまでの歩みを振り返ってきました。自分の体験をもとに、広い分野から学び、吃音のもつ奥深い豊かな世界を味わっている幸せを感じています。
年報「レジリエンス」表紙 今年のはじめに、日本吃音臨床研究会の年報として、吃音臨床研究誌「レジリエンス」を発行しました。毎月発行しているニュースレター「スタタリング・ナウ」の購読者にはお送りしましたが、若干残部がありますので、ご希望の方にお送りできます。
 この冊子は、2015年に開催した「親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」での学びをもとに編集しました。特別ゲストとして迎えた、元筑波大学副学長の石隈利紀さんのレジリエンスについての講義、僕との対談、国立特別支援教育総合研究所上席研究員の牧野泰美さんの基調提案などが主な内容で、レジリエンスとは何か、子どものレジリエンスを育てるにはどうすればいいかなど、具体的に提案しています。
 揺れる学童期・思春期を生きるために、吃音とつきあいながら生きることを考えるために、そして、新型コロナウイルスが感染拡大する不安定なこの時期を生き抜くために、レジリエンスの必要性は高まっていると思われます。レジリエンスについて、読み応えのある一冊です。

             ― 目次 ―  
 講義    子どものレジリエスを育てる…石隈利紀
 対談    レジリエンスをめぐって…石隈利紀&伊藤伸二
 基調提案  レジリエンスと関係論…牧野泰美
 基調提案  ナラティヴ・アプローチとレジリエンス…伊藤伸二
 講習会報告 「あなたには力がある」−レジリエンス元年…坂本英樹  
 
 なお、レジリエンスとは何かについては、NPO法人全国ことばを育む会発行の「吃音とともに豊かに生きる」に一部書いていますので、それを紹介します。学童期のどもる子どもとどう関わるかについて、最新の情報をもとに書いた冊子です。合わせて紹介します。

 
レジリエンス
 アメリカの心理学者ウェルナーは、ハワイ諸島のカウワイ島で、貧困、暴力など劣悪な環境で育った、1955年に出生した698名を長年にわたって追跡し、3分の2には脆弱性が見られたが、3分の1は、能力のある信頼できる成人になったと報告しました。この健康な人たちには、「逆境を乗り越える、心的外傷となる可能性のあった苦難から新たな力で勝ち残る、能力や回復力がある」として、弾力・回復・復元力を意味する「レジリエンス」が備わっていると表現しました。精神医療の世界では、環境に恵まれない、トラウマを負った子どもたちのレジリエンスをいかに引き出すかに注目しています。
 これは、人間の回復力を引き出す、心の免疫力なのです。
『レジリアンス−現代精神医学の新しいパラダイム』(加藤敏・金原出版社)
 2011年3月11日の東日本大震災の危機的状況を生き抜く子どもたちの姿に、僕は、人にはレジリエンスが備わっていることを見て取ります。スクールカウンセラーとして被災地に入った臨床心理士の国重浩一さんが、震災によって心的外傷後ストレス障害(PTSD)に陥る子どもたちは、世間が考えるほどには多くない、自然災害は誰の責任でもなく仕方がないことだと受け止めていると報告しています。
 人間には自然回復力が備わっているというレジリエンスの概念は、吃音否定の物語から、吃音肯定の物語に語り直すナラティヴ・アプローチとともに、吃音の今後の取り組みに役立つと思います。
 「脆弱性モデル」は、吃音が将来大きなマイナスになると予想して、吃音を治そうとします。バリー・ギターが、吃音をよく故障するポンコツ車にたとえたのはその現れです。「脆弱性モデル」は、すでに破綻しています。吃音は「レジリエンスモデル」に転換すべき時期にきています。「レジリエンスモデル」は、困難な状況の中でもその子が生き抜く力をもっていると信じて、その力を発見し、引き出そうとします。その力を阻むものと、引き出す力について考えます。
 ことばの教室でできること、してほしくないことについて、長年、大勢のどもる子どもと話し合ってきた一人の人間としていくつかのお願いと提案があります。劣等感にどう向き合い、学校での苦戦にどう対処するかは、教師が教育としてできることです。
(両親指導の手引き書41「吃音とともに豊かに生きる」NPO法人・全国ことばを育む会)


 今回は、吃音臨床研究誌とNPO法人全国ことばを育む会発行の冊子を紹介しました。
1.吃音臨床研究誌「レジリエンス」…1,000円(送料込み)
2.両親指導の手引き書41「吃音とともに豊かに生きる」…700円(送料込み)

ご希望の方は、郵便振替用紙をご利用の上、書名と送付先を明記し、ご送金下さい。
  口座番号 00910-1-314142
  加入者名 日本吃音臨床研究会

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/5/3

《番外編》歩んできた道 これからの道 

 東京言友会から依頼され、「げんき」という文集に掲載されたのは、前回紹介したもので終わりですが、追記としての文章がありましたので、紹介します。
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 「げんき」発行から4ヶ月後、第1回吃音問題研究国際大会が京都で開かれました。あれほど嫌っていた吃音が、日本だけでなく、世界にまで、人と人を結びつけました。国際的なつながりを深めると共に、吃音問題は哲学として深い学びをもたらしてくれました。今、僕は、「吃音哲学」を深めるために、様々なことを学んで、その中にどっぷりと浸り、楽しんでいます。
 では、《番外編》歩んできた道 これからの道 イ鮠匆陲靴泙后


《番外編》歩んできた道 これからの道 
                        伊藤伸二

 
§国際時代
国際大会 どもりが結びつけた人の輪が、日本の北から南へ、更に海を越えて広がった。
 「夢の世界にいるようだ」と西ドイツの吃音者。
 「これまで数多く会議に参加したが、この会議が最高」とオランダの研究者。「こんな素晴らしい体験をしたのに、3年後の西ドイツまで待てない。来年、是非アメリカでしたい」とアメリカの代表。海外からの参加者全員が本当に喜んで下さり、それを素直にことばで、体で表現して下さった。異国の人と肩を組み、歌った『今日の日はさようなら』、多くの人が涙をぬぐった。同時通訳の人が「いい大会でした。私たちもいい勉強をさせていただきました」とわざわざ挨拶に来て下さった。通訳として、受付として大活躍して下さったボランティアの方々も「お手伝いさせていただいてよかった」と言って下さった。 「大会数日たってもまだ興奮がさめません」というお手紙を多くの人からいただいた。一人一人が作り上げた、手作りの大会、第1回吃音問題研究国際大会は、1986年夏のことであった。
 人と人との出会い、人の熱い思い、誠実さ、温かさ、その時ほど人の力を、人の素晴らしさを思ったことはなかった。
 夢を持ち、夢として語るのは心楽しい。しかし、それを実現していく道は、易しいものではない。
 多くて20名ほどの例会を全国各地で続けている言友会。全国大会にも100名程度の参加。それぞれの言友会は月300円程度の会費で運営され、その中からの拠出金で賄っている全国言友会連絡協議会の年間予算は30万円にも満たない。20年の活動実績はあっても海外との交流はあまりない。ヨーロッパやアメリカが国際大会を開きたいという希望を持ちながら実現しなかった世界で初めての国際大会。
 このような状況の中で、実際に開催を計画するのに躊躇するのは自然な姿であろう。大会開催を決め、実行委員会メンバーを募った時続いた長く重い沈黙は、如実にそのことを物語っていた。
 吃音問題といえば、症状にばかり目を向けていたこれまでのアプローチに「治す努力の否定」を提起し、「どもりながらも明るくより良く生きる」ことを目指した、つまり、困難な未知の分野に初めて足を踏み入れた言友会ならではの決意であった。また、言友会のこれまでの活動の成果が問われることにもなった。また会に入って新しい人や、<吃音者宣言>は頭では分かるが、実際には行動できないという人が頭での理解から経験を通して学び直す好機となった。
 職場の同僚全員にカンパを訴えた人がいた。多くの吃音者が自分の両親、友人、知人に誇らしげに言友会活動を、どもりのことを、国際大会のことを語った。大ロカンパの全くない中で言友会に寄せられたカンパ総額は1,104万円に達した。大勢の言友会会員が<吃音者宣言>を実践した証であった。
 国際大会は大成功を収めた。言友会が敷いた国際大会のレールは、第2回大会が西ドイツ・ケルン(1989年、18か国、550名が参加し、日本から30名が参加)、そして、来年8月、第3回大会がアメリカ・サンフランシスコへとつながった。吃音問題で成人吃音者がイニシアチブをとる国際大会。いつか誰かがやらねばならなかった、またこれからも続く国際大会の長い道のりの第一歩を言友会が記せたのだ。

§人生哲学
 <吃音者宣言>後の言友会の活動をいかに運営していくか? またどのような吃音問題解決のプログラムを組むか? 国際大会の時の海外代表からも、また言友会内部の声としても、質問や要望が出されていた。
 国際大会後、そのプログラム作りは始められ、吃音と上手につき合う吃音講座として実りつつある。
 吃音とつき合うためには吃音について知る必要があるとして、吃音についての基礎的な知識を学ぶ講座。
 吃音が完全には治らずとももっと楽に話すことができるようにと、話す・聞く・書く・読むなどコミュニケーション能力を高めるための講座。
 人間関係をより良くするため、またより良い人生の実現のために、自分を知り、他者を考える人間関係講座。
 この3つの柱からなるプログラムはセルフヘルプ・グループの特徴でもある専門家から直接学ぶのではなく、自ら他で学んできたものをリーダーが身につけ、それを吃音者と共に学んでいくというスタイルが確立されつつある。人に教えるために学ぶ、それは生涯学習の実践の場である。さらに、言友会のプログラムが成人吃音者だけでなく、より良く生きようとする人々、より良いコミュニケーションを学ぼうとする人々、人間関係をより良くしようとする人々にとっても、共通のものだということが実証されつつある。吃音を治すことからスタートした言友会が吃音とつき合うことへと方向を変えることによって、<吃音者宣言>の精神は、全ての人々に共通する人生哲学として、その第一歩を踏み出そうとしている。(了)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/5/2

歩んできた道 これからの道 

 今日は、5月1日。コロナの影響を受け始めてから、時間の経過の感覚がこれまでとは随分違うようです。いろいろなイベントが中止になり、大きな変化がない毎日が続いているのに、こんなに早く5月になってしまった、そんな感じがします。
芸人9条の会 第12回公演チラシ 僕が楽しみにしていた、5月1日、大阪で開かれる予定だった「芸人9条の会」も中止になりました。長いつきあいになる、落語家の桂文福さん、東京から松元ヒロさんも来られる予定でした。一昨年は開催されたので、お二人に会うことができました。お二人に同時に会えるまたとない機会です。それと、何よりも「憲法九条です」。小学校一年生頃に観た映画「きけ、わだつみの声」以来の反戦少年の僕は、「非武装中立」、この政策一点だけで、長く日本社会党を熱烈に応援してきました。なので、「芸人9条の会」が中止になったのは、残念で悔しいです。今回紹介する文章に、「日教組を始めとする労働組合の組織率も年々低下」とあります。1986年に書いた文章なので、今、ますます「憲法九条」が危うくなるのも頷けますが、やはり、「憲法九条改正」の動きには、からだを張ってでも阻止しなければとの思いを強くしています。僕にとってのライフワークは「吃音」ですが、同等か、同等以上に大事なのが「戦争しない、させない、戦争に荷担しない」なのですから。

 人が集まって語り合うという場がなくなったので、別の形で発信していかなければと思い、なかなか続かなかったブログ、Twitter、Facebookでしたが、よし!がんばってみようと決めたのが、昨年の5月でした。ブログに掲載したものを日本吃音臨床研究会のホームページのトップページに自動的に掲載できるようにと、仲間がしてくれました。タイトルは、「ほぼ日刊 吃音伊藤伸二新聞」でした。思いつきでつけたタイトルでしたが、ほぼ日刊というのは、達成できたのではないかと思います。おかげで、これまでのことを振り返ることもできたし、時間がたっぷりあるから、資料を整理して思いがけない文章に再会することもできました。そして、ひとりで読むのはもったいないと思い、紹介することもできました。いい機会だったと、とらえています。
 「ほぼ日刊 吃音伊藤伸二新聞」、2年目に突入です。無理せず、でも、ちょっとだけ無理して、続けていきたいと思います。よろしくお願いします。
 今日は、昨日のつづきです。東京言友会創立20周年に寄せて「歩んできた道 これからの道」の最終です。


  
東京言友会創立20周年に寄せて  
        歩んできた道 これからの道 

       全国言友会連絡協議会会長
       元東京言友会運営委員長    伊藤伸二
§時代は変わった
 日本経済は低成長の時代に入り、社会の様々な分野で新しい変化が起きている。日本人の勤労観や価値観が極めて多様化し、拡散してきた。現代の若者と、「何でもみてやろう」「私も立ち上がろう」の団塊の世代とは明らかに違う。
 総理府の『青少年の社会生活に関する調査』でも、それは浮き彫りにされた。社会福祉や地域活動などの社会参加について、国民の5割が関心を示すものの、実際活動しているのは2割に満たず、特に青少年は、1割程度だという。さちに、参加していない人の半数は「将来も参加してみたいとも思わない」と答えている。
 日教組を始めとする労働組合の組織率も年々低下している。青年サークルの活動も停滞している。大学祭も実行委員のなり手がなく、中止にする大学もあり、開かれても一般に低調である。
 このような社会状況の中で、吃音者の吃音に対する意識も随分多様化した。かつての私たちと同じように深刻な悩みの中にある人も多い一方、あまり悩まないという人もいる。どもりを治すことに執着する人もいる一方、あっさりと言友会の主張に同意する人がいる。
また、聞き手の側の意識や態度も多様化した。吃音者は採用しないという社長がいる一方、吃音者を温かく受け入れてくれる職場もある。理解ある上司の元で吃音者はいきいきと仕事に励んでいる。
 「吃音を治す」ことを看板にする民間矯正所も、かつての活気の面影すらもない。言友会に昔のように人が集まらないと言う人がいるが、それ以上に民間矯正所を訪れる吃音者は激減しているのである。
 時代は大きく変わった。いつまでも高度経済成長時代を懐かしみ、昔の夢を追っていれば企業の経営が成り立たない。言友会もまた同じである。いたずらに過去の活気あふれた時代を懐かしんでも無意味なことだ。時代をみつめる確かな目を養いながら、私たちも新しい歩みを始めなければならない。

§セルフヘルプ時代
 カール・ロジャースは、「20世紀最大の社会的発明は、グループアプローチであろう」と言った。
 人間疎外が深刻化し、人が人間性を喪失しがちな現代では、過度の競争と相まって人と人とは敵対関係に入りやすい。かつて猛威をふるった家庭内暴力、校内暴力、いじめの問題はその表れの一つである。人間疎外の顕著なアメリカでグループアプローチが急速に普及し、発展していったのは必然であった。何らかの形でグループアプローチに参加したアメリカ人は今までに400万人は数えられるだろうとの報告がある。日本においてもカウンセリングワークショップが紹介されて久しく、その後多種のグループアプローチが紹介され、セミナーも盛んである。企業も社員教育や精神衛生に力を注いでいる。一般の人を対象にした「気づき」のセミナーには、その評価は別にして、10万から30万円の費用を投じても大勢の人が参加している。かつて吃音者が吃音を治すために投じたのと同じかそれ以上の額を、自己を知り、自己を成長させるために費やしている。
 吃音治療という枠をとりはずし、自己を知り、自分らしくよりよく生きる<吃音者宣言>的な方向を目指せば、私たちが学ぶべきものは多い。情報を得、学び、実際に体験できる機会は、以前とは比較にならないほど多くなっている。断酒会、生活の発見会などのセルフヘルプ・グループの活動も社会に定着している。言友会というセルフヘルプ・グループの今後の発展を支える祉会の状況は揃っているのである。

§おわりに
 団塊の世代は人生の折り返し点に立っている。言友会は20年の歴史を積み重ね、また新しい歩みを始めようとしている。時代が「夢とロマン」を失いつつあっても、ひたむきにそれを求める人々はいる。自己をみつめ、社会をみつめ、行動する吃音者が全国に大勢いる限り、吃音者の未来は吃音者の手で切り開くことができる。
1986年4月 東京言友会 『季刊「げんき」』P.1〜P.5


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/5/1
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