第10回吃音親子サマーキャンプの様子を、大阪吃音教室の仲間の松本進さんが報告しています。松本さんは、30回のサマーキャンプまで皆勤で、サマーキャンプのはじまりの頃を知っています。第1回のときから、吃音についての話し合いや表現活動としての演劇を入れていたことなどが報告されています。話し合いの中身が、参加者によって変化するのは当然ですが、報告を読むと、手探りで話し合いをすすめていたことが分かります。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/02/03
吃音親子サマーキャンプ 報告
豊中市立庄内小学校 通級指導教室 松本進
はじめに
このキャンプは10回目だ。昔のことはほとんど思い出せないが、それでも滋賀のお寺やユースホステルに泊まり、砂浜ですもうをしたりすいか割りをしたりしたことは覚えている。私の担当は、いつもオリエンテーリングで、スタートする前に、記号を書いた目印の紙をあちこちぶらさげに歩いたことを思い出す。
というわけで、当時の資料をひっぱり出して調べてみると、第1回は、1泊2日で、1990年8月、琵琶湖西岸の和迩浜の民宿だった。
京都市児童福祉センターの人と協力して、小学3年〜高校までのどもる子ども13人とその親・スタッフの計50人。2回目は、91年8月大津の西教寺で総数34人。3回目は92年10月の連休に、大津ユースホステルで中3〜大学1年までのどもる子ども7名を含む計20人。この頃は今と違って、随分少なかった。
90年のプログラムを見ると、1回目にして「吃音についての話し合い」と、劇の練習・発表会が入っている。劇は「どろぼう学校」。
この時の準備段階で一番議論されたのは、どもる子どもだからといって無理やり吃音の話をさせたり、劇の発表をさせたりしてプレッシャーを与えることが必要なのだろうかということだった。吃音にあまり触れず、とにかく楽しいキャンプがいいという意見と、プレッシャーの中で吃音に向き合う話し合いや劇の発表をしたりする意義は大きいという意見に分かれ、結局後者の意見を取り入れたプログラムになった。その後のキャンプ参加者はプレッシャーに充分耐えて成長していってくれている、と言えると思う。
10回のサマーキャンプを振り返って、いろんな子どもの顔が思い浮かぶ。自分の吃音を少しずつでも受け入れ始めた、のびのびした明るい顔が多く浮かぶ。特に中・高生グループから、しっかりしたリーダーシップを発揮できるようになった子どもが何人も浮かぶ。2、3回目くらいまでだったろうか。中・高生グループの話し合いといえば、沈黙が長く続き、担当者泣かせであった。その中から1人、2人が自分をもっと成長させたいという前向きの発言をするようになり、他の者も彼らに引っ張られるように、次々と自らの体験や思いを語れるようになっていった。
そんな中・高生の姿は、当然小学生にも影響を与える。自分たちの近い将来の見本である中・高生が、たくましく変わっていくのだから。
これまでは大学生も参加していたが、前回から大学生は遠慮していただき、高校生までという設定にした。昨年は7名の高校生が参加したが、今回は小・中学生だけだった。だんだんと学童期の子どもが中心になるような予感がする。
今年は、総数90名が全国から集まった。
この報告は、執筆者である私が担当したところは詳しくなり、経験していないところはあっさりとしたものになった。したがって、大変ばらつきはあるもので、この報告はごく一部でしかないことを許していただきたい。
《1日目》
「出会いの広場」の前半は、参加者がリラックスし、親しくなる目的でゲームと、参加者の名前でマス目を埋めるビンゴをする。百円均一店で仕入れた商品をめざして盛り上がった。後半は広い会場に移って、歌とからだほぐしをする。
歌は、「森のくまさん」を二つに分かれて、かけあいで歌った。
夜、親は3グループ、子どもは年令ごとに4グループに分かれて話し合いをした。この話し合いは2日目にも続きが行われた。まとめて紹介する。
作文をもとに話し合い〈小学1・2年グループ(4人)〉
1日目はなかなか話し合いにならず、なぞなぞや、誕生日の当てっこなどをして遊びとなった。2回目は、2日目最初のプログラムの作文の時間に書いた作文をもとに、どもりについての話し合いを進めることができた。
◇どもったとき多くの友だちや先生は待ってくれるけれど、Mちゃんにばかにされてくやしかった。2学期になったらMちゃんに、松戸のことばの教室の先生が教えてくれた「なんでどもるのでしょう?」のクイズを出してやろう。J君(小2)
◇なんでどもるか分からん。自分はしてないのに声がかってにすんねん。Rさん(小2)
◇どもりは別にいいねん。だって友だちから特に言われることがないから。Nさん(小1)
◇作文は『たのしくて、どもってもだいじょうぶ』とした。ここではどもってもみんな何も言わないから。Rさん(小2)
◇クラスのEちゃんにだけまねされる。そのときは最悪で頭にくる。ほかの友だちもときどきバカにするが、何度も言わないのでよい。H君(小2)
言い返す表現を身につけよう〈小学3・4年グループ(8人)〉
どんなときにどもるのか、の問いには、「先生と話すとき」「緊張したとき」「家の中や友だちとリラックスしたときにどもる」など。本読みのときはどもらない、という子が多かった。
吃音のことを人から言われたことがあるか、の問いには、友だちに笑われたりからかわれたという男の子が3人いた。そのときに、からかった相手に向かっていった子が1人いたが、ほかは何も言っていない。言い返すうまいことばや、嫌な気分を表現する方法を身につけたら、もっと楽になるのではないだろうか。
担任の先生やお母さんと吃音について話したことがあるのかどうかたずねた。担任に言い、「がんばれ」と励まされた子、ことばの教室の先生と話したことのある子はいた。しかし、親とはあまり話したことがないようである。
どもる仲間に励まされる〈小学5・6年グループ(9人)〉
キャンプ参加が2回目、3回目の子が多く、どんどん意見が出てくる。特に5人の女の子の何人かが元気がよい。
吃音で困ることはの問いに、自己紹介・本読み・劇・インターホンや電話など。本読みでつまったとき、先生に「はい、それまで」と言われて悲しかったという子もいた。「何でどもるんだろう?」「どもりやすいときは?」「中学に行ったらどうなる?」「こうしたら、うまくしゃべれるのではないか」と話し合いは進む。
Yさん(小6)は、大勢の前で話すときは「相手を見下すようにしている」と、難しいことばを使った。「えーと」とごまかして調子がのるまで待つ、という子もいた。
前回のキャンプの後文通を続けている女の子3人。キャンプに参加しようと約束しあった男の子2人。初参加だが共通の趣味がバス釣りと分かり、すっかり意気投合した男の子、など、この年令になると同年代のどもる友だちの存在が大きな励みになるようだ。
世界の平和が7万円
5、6年生の2日目の話し合いは、私が用意してきた「何といってもこれがほしい」をする。
一人に50万円ずつ模型のお金を配り、一人一人が大切と考えている30項目の価値観を、オークションで競り落とす。30の価値のリストを配り、あらかじめ欲しいと思う「価値」をチェックし、予算配分も考える。つけ加えたい「価値」があれば申請し、「根性」「つりの能力」「おいしい物をたくさん食べられること」がリストに加えられた。
気の弱そうな男の子も自分の欲しい価値が出ると、まわりを眺めながらかけ金を上げていく。結局全員が、持ち金をほぼ使いきり、1個〜7個の価値を手に入れた。
吃音はあまり気にならなくなり、学校のマラソン大会で1位になりたいYさんは、「スポーツ万能」を。「素直で誠実な心」「すてきなルックスとスタイル」「事務処理・片づけと計画性の能力」いくつも手に入れたYさんは、すでに買い物上手の主婦といった感じだ。
競り落とした子には、それがどうして欲しいのか、理由を聞く。吃音という共通点はあっても、それぞれが大切にしていること、身につけたいと思っている能力、将来の望み、などが違っていることが分かり、お互いのもついろいろな面が見えてきたように思う。
将来はバス・プロになりたいY君は、「つりの能力」を。上手に話したいが第一の希望というMさんは他の6、7人と争って「うまく発言する能力」を。Mさんは他に、自分の吃音のことをみんなにわかってほしい、という思いから「今のままの自分を認められること」を手に入れた。
学校の成績とピアノの腕を上げたいNさんは「かしこさ」「音楽的才能」。充分やさしそうに見えるY君は、「人の気持ちを思いやる心」「世界の平和」「安心できる未来」を手に入れた。
女流作家志望のYさんは「詩や小説を書ける文学的才能」を。ちっとも太っていないのに、とにかく絶対「スリムな体重」が欲しいMさんが、そのあとで「おいしい物をたくさん食べられること」を手に入れていたことはおもしろかった。
ゲームを通して、吃音に関することなどもいろいろと話せて楽しく盛り上がった。
真剣に語り、聞き合う〈中学生グループ(4人)〉
中2が2人、中3が2人。Aさん(中3女)とM君(中2)は何回も参加していて、話し合いにも慣れ、今の悩みや考えていることを次々と出す。初参加の2人は先輩たちの話を聞くことが多かったようだ。女子はAさんだけで、最後の「退所のつどい」のあいさつでは、「6回目の参加だけど今回は中学生の女の子が他にいなかったのが残念。大人の人とももう少し話したかった」と言っていた。
小学生の時代から参加し、吃音に向き合っている子どもの発言と、初めて参加の子どもの発言はかなり違うが、それぞれを真剣に聞き合うことで、互いの理解が深まったようだ。何度も参加する子どもと初めての子どものバランスがいいのも、このキャンプの良さにつながっているのだろう。
ことばの裏を探る〈親のグループ〉
親たちも3グループに分かれて話し合った。まず初参加組と2回以上参加している親とでは、吃音観に差が見られた。初参加の親からは、「吃音を意識させないように、『どもり』ということばも使わないようにしてきた」「自然に治るのではないかと期待している」「吃音にどう対処したらいいのか?言い直しをさせてよいのか?」など次々に質問が出された。
一方、2回目以上の親からは「キャンプに参加して吃音をオープンに話題にできるようになった」「自然に子どもに関われるようになった」という発言があった。
子どもがなかなか困っていることを言ってくれないとの悩みには、キャンプベテラン組のNさん(中2男の母)から「1年くらい後でこういうことがあったと言うことがあるが、自分から話すことはなかなかない。でも、子どものことばの裏を探る努力をしている。ことばに出さなくても、察してやることが大事ではないか」「マニュアルはないが、親子が同じ線に立てる関係が、将来の困難にも立ち向かえると思う」という助言があった。
「スタタリング・ナウ」NO.62(1999年10月)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/02/03