早くも2月に入りました。学校現場では学年末に向け、しめくくりの時期でしょうか。
 明日は節分、そして立春。まだまだ寒いですが、春の到来を待ちわびながら、2022年度を振り返り、2023年度を展望しています。
 過去の「スタタリング・ナウ」を紹介していますが、今日は、第10回吃音親子サマーキャンプの報告特集号の巻頭言です。タイトルは、そのときの劇のタイトルからとりました。
 「スタタリング・ナウ」NO.62(1999年10月)より、紹介します。

ライオンと魔女
              日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「ここは私の支配する国ナルニアじゃ。皆の者、雪を降らせよ!」
 何人ものかわいい魔女が入れ替わり立ち代わり登場する。男の子まで楽しそうに魔女を演じている。歌あり、乱闘ありの今年の吃音親子サマーキャンプの演劇は、これまでになく盛り上がった。子どもたちは楽しそうに役を演じていた。
 小学校2年生の秋の学芸会で、どもるからとセリフのある役から外されたことで、私は吃音に対して強い劣等感をもつようになった。そして、朗読も発表もできない人間になってしまった。私と同じようにキャンプに参加する子どもたちも、人前で話したり、演劇をすることを苦手とする。役割を決めるとき多くの子が、できるだけセリフの少ない役を選ぼうとする。また、演劇があるからとキャンプへの参加を渋る子がいる。
 苦手なことをいつも逃げていては自信は育たない。どもってもいいという環境の中で、精一杯苦手なことに取り組んでほしい。そして、思いきり声を出すことの喜びを、楽しさを、味わってほしい。表現する喜びを、私にもできるということを、体験してほしい。キャンプでの演劇はその祈りが込められている。
 吃音親子サマーキャンプが始まった頃、私たちは竹内敏晴さんのからだとことばのレッスンに取り組み始めた。吃音を治すためにと取り組んだ、かつての言語訓練とは全く違い、私たちは楽しく声を出し、表現する楽しさ、喜びを感じていた。
 このからだとことばのレッスンを子どもにも体験してほしい。竹内敏晴さんから学んだレッスンを子どもと共に経験するには、劇の練習と上演は欠かせない。竹内さんもこのキャンプを大切に考えていて下さり、宮沢賢治の作品や民話を子どもたち用に脚本を書き下ろし、演出・指導してくださるようになった。そして、今年のC・S・ルイスのナルニア国ものがたりの『ライオンと魔女』だ。竹内さんの頭の中にあるストーリーを、子どもたちのために一気にシナリオ化して下さったものだ。
 スタッフがまず合宿で竹内さんから演出指導を受ける。その合宿で、劇が少しずつ形として現れてくるのがおもしろく、私たちがまず楽しんで稽古に励んだ。そしてキャンプでは、子どもたちが稽古に入る前に、見本としてスタッフが劇を演じるのだが、スタッフが楽しく取り組むのが子どもに移っていくのだろう。見本を見ながら、魔女をしたいと言う子どもたちが何人かいた。
 配役を決めるときには、子どもたちと何度も話し合い、押しつけにならないように心掛けるのだが、その子に課題を突破してもらいたくて、つい、役を薦めることがある。セリフの少ない役を選んだ子に、違う役をしてもらいたいと提案すると、こんな答えが返ってきた。
 「去年、私はあまりしたくない役を薦められてしてしまった。今年のキャンプは絶対自分のしたい役をするんだと、キャンプに来る前に決めていたんだ。私はセリフは少ないけれど、この役がしたいのだ」
 子どもたちは、セリフの多い少ないだけで役を決めているのではなく、何の役をしたいのかで決めていたのだった。セリフの多い少ないで役を選ぶのではないかと思い込んでいたのは、私たちだったのだ。その一方で、魔女役を薦められたが渋っていた女の子が土壇場になってスタッフの提案を受け、決めていた役に代わって魔女役をし、見事な魔女を演じた。あまりの見事さに、その子どもの時には大きな拍手が思わず沸き上がった。大きな自信になったことだろう。後押しすることも時に必要なのだ。
 吃音についてじっくり話すことをとても楽しみにし、もっと話したいという子がいる。演劇をとても楽しみにしている子どもがいる。その役を決めるプロセスの中でも、話し合い、提案を拒否し、自分を主張する。そして、苦手なことにも仲間に支えられながら取り組んでいく。吃音親子サマーキャンプは10年の経験を積み重ねて、随分と成熟してきたものだと思う。
 昨年から、親も表現活動に取り組むようになった。谷川俊太郎さんの『生きる』と私たちの『どもる』を二手に別れて読んだ。親も真剣に稽古をし、子どもたちの前座を立派に務めた。親の真剣な姿に子どもたちも何かを感じてくれたことだろう。誰ひとりお客さんのいない、参加者全員が水平の関係で、それぞれが楽しむ。しかし、一番楽しんでいるのは、子どもの頃、このようなキャンプがあればよかったと思う、どもるスタッフなのだ。
「スタタリング・ナウ」NO.62(1999年10月)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/02/02