プログラムが始まったら、もう進むしかない、そうして1日目が終わり、2日目になりました。どう切り出したらいいのか迷っていたことばの教室の担当者を前に、子どもたちは自分の吃音について語り始めました。保護者も、これまであまり話せなかった思いを、話し始めました。 それぞれのセルフヘルプグループができたようでした。吃音についての話し合いという文化は、島根にしっかりと根付き、昨年の島根スタタリングフォーラムのプログラムの中でも、大切な時間となっていました。今年、島根スタタリングフォーラムは、25回目を迎えます。
 昨日のつづきを紹介します。

島根スタタリングフォーラムの企画・運営に関わって
                  江津市立津宮小学校通級指導教室 宇野正一

子どもたちの思い

 翌日は4名のことばの教室担当者が2グループで話し合いを持つことになりました。
 2年生以上の子ども6人と教室担当者の3人が入って「自分の話し方」についての話し合いをしました。6人は大体が違う市町村から集まってきていたので、もちろんこのキャンプで初めて出会いました。そしてほとんどが「どもる」ということについて初めて話をするようでした。それだけにみんな緊張ぎみでした。
 中1のSさんが「友だちはあんまり気にしていないみたい…。6年生の時に先生がクラスのみんなに話してくれてから気が楽になった。みんなが知ってくれて気持ちが楽になった」という話をしました。
 小2のT君も「今は(自分がつっかえてしゃべるということを)し、し、し、知ってる人も知らない人もいると思う。み、み、み、みんなには知ってほしい。誰かから言ってほしい」と気持ちを話してくれました。
 それに対してNちゃんは小さな声で「みんな(自分の話し方は)知っている。…知られたくなかった。…今、すごく嫌」と話してくれました。
 同じようにつっかえるしゃべり方の仲間でもいろんなことを思っているんだなと、お互いに感じているようでした。それぞれ「吃音」ということで通級教室に通ってきてはいるけれど、教室担当者とこういう話をしたことがないようでした。
 Sさんは「そういう話は直接しなくても、この教室に同じような人が通っている、っていうだけでなんかいい気がする」と言いました。Sさんは、毎週担当の先生と折り紙をしながらいろいろ話をするのを楽しみにして通っていたようです。
 Nちゃんは、最近通級を始めたばかりで、まだ2回くらいしか教室に通っていません。「これからこんな話を教室の先生と話してみたい?」と聞くと、首を横に振りました。「ここだからこんな話ができる」のだそうです。
 クラスの中、学校の中では「どもっているのは自分一人」と感じることの多い中、こうした集まりで、あの子もこの子もと思うことで、気持ちが楽になるという部分もあるようでした。また、どの子どもも伊藤さんのように、大人でどもる人の話を聞いたのは初めてのようでした。「びっくりした」という素直な一言も聞けました。
 約1時間、お互いに話すことばがたくさんあったわけではありませんが、始まる前より断然子ども同士の距離が短くなっているのを感じました。

親の思い

 2日目の、親と伊藤さんの座談会。
 1日目の話を踏まえて、聞き足りなかったことを聞いたり、自分のさまざまな思いを出し合いないがら、自分の子どもとこれから向き合っていくパワーをもらえたような気がしました。
 エリクソンのライフサイクル論についての質疑応答から始まりました。
 自分の子育てや子どもとのかかわりについて「あれではいけなかった」と自分を責める親。
「そんなことはない。その時は一生懸命していたこと。そんな自分をほめてあげよう。基本的信頼感は、親と子どもとの間のことを言うが、親が自分自身に対して持つ信頼感でもある」と伊藤さん。
 そして、伊藤さん自身のお母さんの話もされました。伊藤さんがお母さんのことを思って書いたという詩「母へのレクイエム」を朗読されると、多くのお母さんが涙しながら聞いていました。
 涙を流しながら、また大笑いをしながら、今の我が子のこと、これまでの子育てのことを話されるお母さん方を見ていると自分の思いを語ること、それを聞いてくれる人がいることの大切さを改めて感じました。もちろんそれは通級指導教室が担っている部分でもあるのでしょうが、親子が通ってきて、何時間指導するよりも、今回のような場を提供することがどれだけ大きな意味を持つかということを感じました。本当に分かり合える人たちに囲まれて、今まで十分には語ることができなかったかも知れない思いを語ること、これがキャンプならではできることだと感じました。

おわりに
 今回のスタタリングフォーラムの参加者は、子どもが32名(そのうちどもる子どもが16名)、大人が54名(親21名、成人吃音者が1名、教室担当者・保育関係者32名)の合計86名でした。予想を上回る参加者数でした。
 「今までやったことないから、やってみないと分からない」と変な開き直りから出発した今回の企画。フォーラム中は、「こんなことじゃあ…」と落ち込んだり、「ここはこうすべき、あそこはこうじゃないと…」と反省したりの2日間でしたが、2日目が終わって解散直後には、自分自身でも「やってよかった」という思いで一杯でした。「やってみないと分からない」ことは「やってみたら分かった」ことでもありました。
 今回は、これまでになかった初めての経験ということで、(悪い言い方ですが)「何でもあり」だったと思います。目標の「親同士のつながり」は「つける」ところまで行きませんでした。でもそのきっかけにはなったことでしょう。
 そして、終わってしばらくたって今、こんなことを思っています。一発花火をあげることは派手でいいけど、「やったね!よかった、よかった。じゃあ、これでおしまい」とするのはもったいないということ。通級指導教室で通ってくる子どもや親に提供するサービスは、花火を見せることではなく、種をまいて水をやること。
 「吃音親子サマーキャンプ10年間の実践が小さな種を島根にまいた」
 この伊藤さんのことば。その小さな種をいろんな方から栄養をいただきながら大きく育てていきたいと、今、感じています。(「スタタリング・ナウ」NO.60 1999年8月) 


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2023/01/29