大阪吃音教室の講座の定番になっているのは、論理療法、交流分析、アサーション、認知行動療法、アドラー心理学、内観法、森田療法など、たくさんありますが、その中でも、今回紹介する論理療法は、本当に吃音との相性がいいです。吃音のためにあるのではないかと思うくらいです。
 吃音ショートコースで、直接、講義を受けたのは、1999年の筑波大学の石隈利紀さんからですが、論理療法的な考え方とは、ずいぶん前に出会っています。
 今日、紹介する「スタタリング・ナウ」は、1999年3月20日発行のNO.55です。まず、その巻頭言から紹介します。

  
論理療法と吃音
                    日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 論理療法は吃音のためのものかと思えるほど、吃音と相性がいい。どもる人が論理療法によって、自分を縛っている非論理思考に気づき、それを修正できれば、どもる人の悩みはかなり軽減される。生き方が楽になる。
 吃音治療の有効な方法が確立していない現在、論理療法の活用が、どもる子ども、どもる人にとって最も現実的で有効なアプローチになり得るのである。
 アルバート・エリスは論理療法を心理療法のひとつの流派として1950年頃から提唱し始めたが、言語病理学の分野で、1930年代に吃音研究の第一人者として世界的な規模で活躍したウェンデル・ジョンソンの「吃音診断起因説」「言語関係図」に論理療法の源流をみることができる。
 私たちは、言語関係図を、現代に通用する吃音へのアプローチの基本構想として重要視してきた。しかし、一般には言語関係図が十分に臨床に生かされているとは言いがたい。論理療法と結びつくことで、より注目されることを期待したい。
 ウェンデル・ジョンソンは、X軸(話しことばの特徴)、Y軸(聞き手の反応)、Z軸(話し手の反応)という3つの要素の重症度、強さを各軸の長さで表し、できあがった立方体の容積の大きさや形が、その人の吃音問題の大きさや質を表すとした。吃音の問題は、吃音症状だけにあるのではなく、聞き手と、本人が吃音についてどう考え、聞き手の反応をどう受け止めるかも大きな要素であると考えた意義は大きい。いわゆる吃音症状がたとえ重度であっても、周りがいい聞き手であり、吃音者本人が自分の吃音を受け入れていれば、吃音の問題は小さいとした。
 この言語関係図は、自身が吃音者であり、一般意味論の立場をとるジョンソンならではのものであり、論理療法に通じるものである。ジョンソンは、X軸を短縮するために、流暢にどもることを、Y軸に関しては、母親がよりよい聞き手になることを臨床の場で提唱した。ところが、Z軸については《吃音の態度テスト》を提案したが、取り組みについてはあまり言及していない。私たちは、X軸、Y軸よりも、Z軸重視の立場をとり、Z軸へのアプローチとして、アサーティブ・トレーニングや論理療法、交流分析などを取り入れた。その中で、中心的に据えたのが論理療法である。
 吃音の原因は未だに解明されず、有効な治療方法は確立されていない。幼児期の吃音の50%近くが自然に吃音症状が消失することがあっても、小学校まで持ち越した吃音が治ることは難しい。X軸への取り組みは難しく、Y軸については、一般社会の吃音についての理解のためには重要なアプローチだが、他者を変えるには限界がある。
 Z軸へのアプローチが、最も現実的で、最も効果のあるものである。日本吃音臨床研究会では、吃音は治すべきものとしてでなく、治るに越したことはない程度に考え、《吃音を治す》から《吃音とつきあう》へ転換した。上手につきあうために、論理療法が役立つのである。
 私は、他の吃音者と出会うまで、自分ひとりが吃音に悩んでいると思っていた。またどもりは必ず治るはずだと信じてきた。そして、吃音が治らなければ、自分らしくよりよく生きられないと考え、治ってからの人生を夢見た。
 ひとりで吃音に悩む人々の話を聞くと、私と同様の思い込みの世界で悩んできている。多くの吃音者が論理療法でいう、イラショナルビリーフをもってしまうのは、吃音について誤った情報が横行し、吃音者の判断を、思考を歪めているからである。私がどもる人のセルフヘルプグループを作る33年前までは、「吃音は必ず治る」との情報しかなかった。そして、治療者から「吃音を治さなければ、有意義な人生は送れない」とまで言われた。その結果、どもりは悪いもの、劣ったものと思い込んでしまったのである。現在でも、この状況にそれほど大きな変化はなく、吃音者がイラショナルビリーフをもちやすい環境は残っている。
 私たちは大勢の吃音者と出会い、これまで常識と思い込まされてきたことがいかに事実に基づいていないかを知った。どもっても悩まず、人生にマイナスの影響を受けない人の存在も知った。そして、自分を生きやすくするためには、イラショナルビリーフを粉砕しなければならないことに気づいたのである。この秋、論理療法を学ぶ。(「スタタリング・ナウ」)NO.55 1999.3.20)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/12/24