「ことばの人」の谷川俊太郎さんと、「からだの人」の竹内敏晴さんの対談のさわりを紹介してきましたが、その最後です。
 僕はこの時の司会以外に、谷川さんと対談をしています。2000年、山形市で開かれた全国難聴・言語障害教育研究協議会での記念対談でした。谷川さんは、ひとりで話を展開していくのは好まない、誰かが尋ねてくれれば、それについて思ったり考えたりしたことを話すことはできるけれど、とおっしゃったそうです。何人かの候補を事務局は挙げたのですが、対談相手に、谷川さんは僕を指名したと、大会の関係者から聞かされました。1998年のこの吃音ショートコースでの出会いの2年後のことでした。そのときの対談はとても楽しく、谷川さんもおもしろかったと言ってくださいました。その対談はまた紹介します。
 質問されるといろいろと喋ることがあると、話は展開していきます。僕も、質問を受けて、話すのが大好きです。それまで全く考えていなかったことが生まれてきて、自分でもびっくりすることがあります。谷川さんと、竹内さんの対談の続きです。

ことばが出てくるということ

谷川 自分でも疑問ですよね。(笑い)
 普段から考えてることを、喋ってることもありますね。対談などで質問されれば、その質問に関しては、自分はこう考えてるんだから、それを全部喋る。でも、普段考えてることじゃないことが、何か一種の条件反射みたいに、瞬間的にことばになって出てきて、出てきたあとで「あっ、そうだ、俺はこう考えていたんだ」って思うことがあるんですよ。

竹内 思うことがある、というよりも年中そうじゃないですか? 僕から見ていると、そういう気がするけれども。
 そんなことはないんですか?

谷川 年中っていうのはちょっとオーバーだけれども、僕一人で何か頭の中でずうっと考えていくことに、すごく限度があるような気がするんです。むしろ人と喋っている、キャッチボールしているときの方が、自分の考えが発展していく。それは別に音声言語で喋ってなくても、書かれたものを読むんでもいいんです。書かれたものを読むことは、自分には考えるきっかけとしてありがたいということがありますね。

竹内 僕は、話し合ってる間に発展することはたまにはありますが、僕に、谷川さんのおっしゃることに近いことが起こるのは、レッスンをしてるときなんです。からだが動いているときに飛び出してくることばは、あとで思い出しても自分で、「そうか! そう言えばいいんだ」と嬉しくなることがある。しかし、意識がないってほどじゃないんですが、あとで「あのときあんなこと言われて、おもしろかった」と言われても、全然覚えがないこともある。
 だから言語として、それによって先へ思考がうまく発展したというふうになるかどうかは、はなはだあやしいんだけれども、からだが動いているときには、からだの動きがことばになるということがある。会話でなるというのはものすごく難しい。

谷川 それはでも、会話で何か刺激を受けて自分に新しい考えが出てくるってことは、そんなにあとで書き残すとか、はっきり覚えていて何か発展したとか、そんなシステマティックなものではなくて、その場で自分で思ってもいないことを相手のおかげで言えたみたいなことであるに過ぎないんですけどね。

竹内 そのときには、そのことばっていうのは、さっきのことばが信用できないとおっしゃったことから言えば、本当か嘘かみたいなことで言うと、どのへんになるんですか?

谷川 現実にそういうふうに会話してるときに出てくることばは、ほとんど本当だろうと思ってます。少なくとも、それが本当か嘘かをはっきり検証するような場面ではないところの話ですね。つまり、今こうして話しているときは、公的な人間関係ですね。だから、そこでは、非常に矛盾した感情は、ほとんど持たないで済んでいる。もっと突き詰めていくと、例えば竹内さんに関して、僕が何か愛と共に憎しみを持ってるということがあるかも知れない。(笑い)ですけども、普通こうやって話している場合には、一種ニュートラルな感情で話していると思うんです。少なくとも僕の場合には。だけど、例えばもっと身内と僕が話すとなると、もう絶対にそういう感情には最初からないわけだから、そこに混沌とした矛盾に満ちた感情みたいなもののやりとりになる。そうしたら、全然話は違ってくる。

竹内 話に割り込んで悪いんだけど、混沌とした、谷川さんの言う感情のやりとりでも、ちゃんとことばになるわけでしょ? (笑い)

谷川 そこがすごい問題なんですよ。

竹内 僕はそういう場合、全然ことばにならなくなっちゃうから、甚だ具合が悪い。

谷川 僕は少なくとも、ものすごくことばにしようと努力する方で、しかもそれが、僕の経験からいうと2年後にやっとことばになったとか、そういうことはあるんですよ。でもそれだと、夫婦げんかに間に合わないんですよね。(笑い)

竹内 なるほどねえ。いや、そういう気持ちはよくわかる。僕は夫婦げんかじゃなくても、年中そういうことをやっているからね。僕は2年後かどうかは、分からないけど。
「スタタリング・ナウ」(NO.54 1999.2.20)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/12/23