ことば文学賞は、大阪吃音教室が主催しています。応募できるのは、大阪吃音教室の会員と、「スタタリング・ナウ」の購読者です。どもる人は自分の吃音の体験を、どもる子どもの親は自分の子どもの吃音について思うことを、ことばの教室担当者や言語聴覚士は担当する子どものことを、書きます。吃音だけではなく、ことば、生き方など、幅広い内容で募集しています。 何を書いてもいいが基本ですが、ここ最近は基本テーマを決めて募集しています。昨年は「吃音と家族」、今年は「吃音でよかったこと」です。「吃音でよかったこと」なんて、僕たちらしいテーマだと思います。どもりは悪いもの、劣ったもの、恥ずかしいもの、隠すべきもの、という一般常識から外れたところに、僕たちはいます。吃音とともに豊かに生きることを目指しているのです。
 今日は、昨日の続きです。「スタタリング・ナウ」の購読者のことばの教室担当者が担当している子どもが書いてくれました。

   
優しい人
                    佐々木ゆき (中学2年生)
 私のクラスの子に、牛島さんというすごく優しい人がいます。みんなのことを考えていてくれて、正義感もあって、性格もとてもいい、理想の性格です。その子と親しくなって、一番印象深かった出来事は、去年のことでした。
 国語の時間、3学期の成績をつけるための本読みがありました。『うらしまたろう』の文の一部分を、出席番号順に読んでいくのです。5行もありました。そして寒くもないのに震えが全力疾走で駆け回り、止まりませんでした。周りの人にわかるくらい私の心臓は連続逆上がりをして回っていました。すらすら読んでいるみんなが、自分とはちがう世界の人みたいで、自分が箱に閉じ込められた小人のように遠くはかなく感じました。とにかく、一に練習、二に練習というので、みんなの読んでいるのに合わせ、自分も小声で何回も何回も眩いて読み回しました。
 男子が終わりました。読んで練習している場合じゃないとまで思い始めて、どうしようと、放心状態になりました。そしてまた、(はっ)と我に返って読まなければいけないことに気がつき、肩を小さくしながら読みました。どんどん順番が近づき、私の前の人が腰を下ろしました。
 ピーンと張りつめた中、私はゆっくりと立ち、いっぱい息を吸い、第一声の『そ』に願いをたくしました。「…っ」、ダメです。のどが押さえられるようで、気持ちが空回りして声となって出てきません。もう一回、気をとりなおしてがんばろうと自分をはげましました。
 「…っ。…っ。…っ」
 額と背中とお尻と、体中に汗が放出しまくって今すぐ光のようにこの場を過ぎ去りたいと思いました。けれどあきらめませんでした。何回もくり返し、やっと出たのが、「その山」という言葉でした。この調子でもっと言いたい、読み切りたいと思ってまた何回もチャレンジしましたが、それっきり出なく、国語の先生に、「もういいよ」と同情され、重い腰をいすにゆっくり置きました。
 私はうまくしゃべれないからといって同情されるのは一番キライです。なのに、とうとう同情されてしまいました。私は終わったという気のゆるみと、自分が言えなかったということへのくやしさと、同情されてしまった悲しさで、鼻水と涙が止まりませんでした。タオルが水にひたしたようにぐちゃぐちゃになりました。こんなふうになっている自分がとてもいやになりました。
 長かった国語の時間が終わり、何時間がたった頃、牛島さんが私の所に寄って来てこんなことを言いました。
 「ゆきちゃんはしゃべるのがちょっと苦手なの?」
 私は、(ああ。またやっぱり言われた)と思いました。なぜかは、私が何かでしゃべれなくなったときは、いっつもこんなふうに『なんでしゃべれなくなるの?』と、聞かれるのです。そんなのは、私さえも知らないのに答えられません。
 私は一応、「あー、うん」と言っておきました。そうしたら、「そっか。けどそれもゆきちゃんの個性だよ」と言われました。私はそれを聞き、びっくりしました。今までそんなこと、言われてもなく、考えたこともありませんでした。そして心臓からピンク色の何かが出てくるような感じがしました。すごくうれしくてたまらなくなりました。
 牛島さんは、私がつまってしまうということを、同情や偏見じゃなく、個性として見てくれたのです。この言葉を聞いて、私は少し自分に、自信を持ちました。今まではやっぱり、自分に引け目を感じ、自分で同情されるのがいやだと思い続けているのに、いつの間にか自分が自分を同情していることに、やっと気がっきました。
 牛島さんはそれを気づかせてくれた、やっぱり理想の人です。私はあんなやわらかくてピンク色のあたたかい心を持っている牛島さんはすばらしいと思っています。つまるしゃべり方は個性、そう思えば今まで何を求め、悩んできたんだろうと思いました。

【高橋徹さんのコメント】
 「優しい人」もいい作品です。国語の時間の、順番に回ってくる本読みの不安と失敗した現実、そして友だちのやさしいことばに自信を回復していったお話でした。易しい文章できちっと書かれていました。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/09/26