阪神淡路大震災から、27年。あれから27年経ったのかと感慨深いものがあります。今まで感じたことがない大きな揺れに目を覚まし、テレビから流れる映像に信じられない思いをし、よく知っている神戸の町の変貌にことばがありませんでした。地震があった時間に開かれる追悼集会に、一度は行ってみたいと思いながら、今年も叶いませんでした。
 「がんばろう神戸」というスローガンでプロ野球オリックスの選手たちがプレーしていたことも記憶に新しいです。
 そんなときの新聞記事に長く掲載されていたことばについて、「スタタリング・ナウ」(1996.4.20 NO.20)の巻頭言に書いています。紹介します。何度も書いていますが、ここで紹介されている年報は絶版になっています。

生きる流儀宣言
                日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 ☆自分らしい自分であるために☆
生きる流儀宣言
‘世砲發覆蕕鵑海箸貿中できる自分でありたい
他人を好きになる自分でありたい
人前で涙を流せる自分でありたい
い弔覆りに喜びを感じる自分でありたい
ゼ最圓靴討眈个┐觴分でありたい

 この《生きる流儀宣言》が、長い間、新聞に掲載され続けている。新聞のどの欄に、そんなに長く掲載されているか想像できるだろうか。
 阪神大震災の大きな痛手から、立ち上がろうとする人々。その歩みにかかわろうとする人々。現在も、新聞はかなりのスペースをさいて阪神大震災関係の報道を続けているが、毎日新聞の希望夕刊VVは、ボランティア活動に視点をあてて、様々な取り組みや情報を提供している。ボランティア活動の瓦版のような役割を果たしている。
 週に一度のこのページに、縦になったり横になったりしながら、この《生きる流儀宣言》がずっとシンボルマークのように主張し続けている。
 新聞社の編集局に意図を問い合わせると、大勢のボランティアが集まり、活動する中で、この宣言が自然に生まれてきたのだと言う。多くの人々が気に入り、今は、シンボルのようになっているとのことだった。
 阪神大震災発生当初から、ボランティア元年といわれたほどボランティアの活動はめざましかったのは記憶に新しい。ボランティアたちは大きな力を発揮したが、そのボランティア自身も、誰かからのサポートを必要とする。疲れたり、時には嫌になることもあっただろう。その時、この宣言が支えになっていたのだ。ボランティアを励ます意味のこの宣言に、被災者自身も元気づけられたのだろう。5つの宣言は、どれも自分らしく生きるために大切なことだからだ。
 「頑張ってね」と言われるのが辛かったと、神戸の人々は当時を振り返る。その中でこの《自分流儀宣言》が長く支持されたのは何故か。
 それは、他者に頑張りを押しつけたものでもなく、こうしなければならないと自分で自分を縛るものでもなかったからだろう。ただ、自分自身がこうありたいと宣言しているだけだ。
 「私は〜でありたい」と願うのと、「こうしなさい」と誰かから命令されたり、「私は〜しなければならない」「私は〜するべきだ」と思い込むのは、似ているようで随分と違う。
 「こうしなさい」は周りや世間のいいなりになって自分がない。「〜すべき、ねばならない」は、周りや世間を意識して、自分が消えてしまう。
 自分流儀は、あくまでも、自分自身なのだ。
 障害の受容も、受容すべき、受容しなければならないでは、そうならない自分を責め、かえって受容を遅らせてしまう。
 過日の大阪吃音教室で、「自分らしく生きるために」をテーマで話し合った。
 その話し合いの中で、いくつかのことばが紹介された。書物、その他で、そのことばに出会い、そのことばが、自分らしく生きる支えとなったと言う。期せずして、そのようなことばがいくつか飛び交ったのはおもしろかった。《自分流儀宣言》のような座右のことばと言えるもののもつ、ことばの大きなパワーを改めて実感した。
 日本吃音臨床研究会の年報『障害の受容』が発刊された。創刊号をこのテーマにしてよかったと思う。すべての人々に共通するテーマだと思うからだ。
 多くの方々が、掲載されている人たちの人生に、自分の人生を重ねて読んで下さった。押しつけがましいところがなく、淡々と自分の人生を語っているところに共感して下さったのかもしれない。
 《自分流儀宣言》が被災地に根づいたように、この年報が、長く手元におかれ、何度も読まれるようになれば、こんなにうれしいことはない。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/25