昨日のつづきを紹介します。治療過程を4段階に分けてお話されました。それぞれの段階で起こってくる子どもの状態、それに対する母親の気持ち、そして、それへの対処を丁寧に説明されています。そして、結論のように「お喋りにならないと吃音は治らない。喋らないで黙ったまま、自然に治すなんて方法はない。吃音を改善するには、お話を通して治す。当然話しながら吃る。そう簡単には症状は消えません」とおっしゃいます。
僕は「治る」「改善」の表現はしませんが、吃音が変化するとしたら、日常生活でできるだけ話すしかありません。「お喋りになる」が子どもにも大人にも必須のことだと思います。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/06
僕は「治る」「改善」の表現はしませんが、吃音が変化するとしたら、日常生活でできるだけ話すしかありません。「お喋りになる」が子どもにも大人にも必須のことだと思います。
内須川式吃音治療指導法(3)
昭和女子大学教授(日本吃音臨床研究会顧問)内須川洸
治療過程
1.第1段階〜感情の吐出〜
治療経過をお話します。規範性を壊す治療効果が現れてくると、まず子どもがだんだん自分の気持ちを開いてくる。
セラピストは子どもに対して規範を加えない、指導もしません。子どもの感情を自由に受け入れる。場合によっては悪いこともしようと思えばそれも受け入れる。善し悪しの判断を加えない。徹底して行う。
これをすると、なかなか最初のうちは子どもは動けない。非常に優しい子どもですから。
ボールを投げる場合でも、「投げていい?」と聞く。投げていいのか、相手を思いやっている。
いつ投げてもいいと分かると、だんだんとボールを投げるようになる。最初は少しずつ、だんだんと激しくボールを投げるようになる。行動が開発されるんです。それに伴い感情が吐出してくる。
それまでかかっていたブレーキがとれるから。まず行動レベルで否定的感情を出す。これを攻撃欲求という。暴力を振るうようにもなります。
家庭の中で暴力を振るうようになる順序は、家族の中で一番弱い者からです。妹がいたら妹をまずいじめる。今まで、お母さんの前では妹は大切に可愛がっていて、いいお兄ちゃんだった。これは、見かけ上の行動です。本当は「この野郎!」とたたきたい気持ちがあるわけです。でも、お母さんの規範性が強くて、できなかった。ところが、「やっても怒らない」とお母さんが変わると、まず妹いじめをする。そして、最後はお母さんを攻撃する。その攻撃の仕方は激しいですよ。蹴っ飛ばす、髪を引っ張る、たたく。お母さんは、模範生だった子がそんなことをするのが信じられないからびっくりして目を回してしまいます。
今までは母親の期待どおりに動いていたのが暴力を振るうようになる。これは非常に素晴らしい。
私は暴力を行動面で振るい始めたら治療第1段階は達したと思う。結構、結構と喜ぶ。
私が喜ぶと、お母さんは喜んでくれない。「こんなんでいいんですか」と考える。私は、「いいんだ」と言う。このお母さんへの指導が大切です。お母さんが、これでいいんだと決心できるまで指導しなくてはいけません。
吃音の子どもにとってはいいことで、治療効果が出てきたなということになるけれど、妹に問題が起こる。派生効果を起こすわけです。この効果は一時的に問題を起こす。この場合だと、妹の手当をしなくてはいけなくなる。家庭では一時的にトラブルが起こるが、最終段階では、吃音が軽くなり家庭も安定する。
第1段階がさらに進んで来ると、それがひどくなり、家庭内暴力が頂点に達する。人間関係が、弱いところから広がり強い方へ、一般的には父親にも広がります。父親に家庭内暴力を振るう事もあります。この時父親は『はい、はい』と従わないといけない。辛いね。家庭でこうしないと治療効果が上がらない。
2.第2段階〜試し行動から沈静化〜
これが出来ると第2段階に入ります。ここに入ると暴力が収まり、沈静化して、もとのように模範行動を取るようになります。
但し、治療前の模範行動と現在の模範行動とは形は同じでも、質的に全く違います。どこが違うか。感情を自由に表出できるようになります。感情を表出しながら我慢するのと、感情にブレーキをかけ行動レベルで我慢するのとでは意味が違うんです。この行動の変化が起こる前に、わざとではないが親を試す行動が起こります。
どういう行動か、説明しましょう。
こんな事例があります。
3歳の吃音の子どもの治療をしました。変化が起こり暴力を振るうようになった。粗暴な行動をとる。否定的な感情を行動のレベルで出せるようになった。3歳ではトイレットトレーニングはできるようになっているんですが、その子どもがお母さんに向かって「ウンチをしたいから、ついてこい」と言うわけです。戸も開けておけと言う。便器の端にウンチをひっかける。ちゃんと今までだったらできていたことをしなくなる。これが試し行動です。
その場合、どういうふうに扱うかということも教える。まずお母さんが、理想的にはにこっと笑ってウンチをふけばいいんですけど、大体にこっとなんか笑えません。無理にでも笑えというのですが、それでも無理なら黙って下を向いてふきなさいと言います。何も文句を言うなということです。
だんだんエスカレートすると、トイレに行かないで畳の上に堂々とウンチをする。そして、お母さんの顔を見て、にやっと笑う。
このとき、昔のお母さんに戻って、「何するの」と怒ったら元の木阿弥です。そのときに、にこっと笑えばいいけど、できないから、ひきつった顔でも文句言わないで片付ければいい。そうすると、それから、パッと行動が変わる。沈静化する。
心理学的にいうと、昔の親のイメージを子どもは持っている。どっちの親が本当か子どもは試すんです。母親をテストしているわけだ。それに合格したら、子どもの行動は変わるんです。
前のお母さんと違う、イメージチェンジが起こると、行動が変わる。沈静化するんです。
3.第3段階〜ことばの感情表出〜
第3段階になると、言葉の面に感情表出が出来るようになります。言葉の面で否定的な感情を出す、感情語(感情だけで意味のない言葉)を出す、親を罵倒する言葉が出てくる。
「この野郎! てめー!」「くそばばあ、おにばばあ、死ね」「バカ、アホ」
感情をぶつける言葉が出てきます。また、「ウンチ、オシッコ」など汚い言葉が出てきますが、これが出てきたらしめしめです。この時、「そんな言葉を言ってはいけません」と抑えたらいけないんで、「ウンチ」と言ったら、「オシッコ」と言ってやれば、つまり感情を受け止めてやると子どもは喜びます。
4.第4段階〜発語の増量〜
第4段階では、発語の増量です。お喋りになります。心が動いて来て、それを言葉に切り換えるようになる。余計な事を喋るようになる。つまらない事を言っても母親は聞く。知らん顔してはいけません。喜んで聞くんです。そうすると、又、お喋りが出て来る。喋り過ぎるぐらい喋る。これを発語の増量という。
発語の増量は積極的改善条件の要因であると同時に、消極的改善要因の重要な部分になる。
お喋りにならないと吃音は治らない。喋らないで黙ったまま、自然に治すなんて方法はない。吃音を改善するには、お話を通して治す。当然話しながら吃る。そう簡単には症状は消えません。
ここでどもる症状としてブロック(難発)がでてきた時、発語意欲が全てプラスという訳ではなくて、場合によってマイナスになる。だから、ブロックに達しない前の状態、つまり、「ぼーく」と延ばしたり、「ぼぼぼく」と繰り返す状態の時に、発語が増量しだすといいんです。言葉に感情がどんどん出てきて、吃音の状態がだんだん減少する。吃音の状態がどんどん良くなるが、時間はかかります。
幼児でも、昔言われたように簡単に治るようなものではない。何故かというと、大半の吃音に循環性があり、良くなったり悪くなったりする。循環性を十分に理解をして言葉の症状に接しないといけません。
だから、私はお母さん指導の時に、非常に悪くなったら「もう少し待てば良くなると考えなさい」と言う。良くなったら治ると思ってはいけない。「そのうち悪くなると考えなさい」と指導する。こう考えれば、上がったり下がったりしないで、普通の気持ちでいられる。喜んだり、悲しんだりしなくなると吃音症状が良くなる。
私の治療目標は吃症状を治す事ではなく、自己主張ができ、友達とよく遊ぶようになることですが、吃音の母親には、教育ママが多く、いつも勉強の事が頭に残っている。
だから吃音が、勉強に影響するのではと考え、できるだけ吃音を早く、分からないうちに治したいと考える。これが吃音の子どものお母さんの最初のサイコロジー。このサイコロジーが吃音を悪くさせる。できるだけ早くではなく、「どもりは早く治らない、治るのに1年かかるか2年かかるか、3年かかるか、10年かかるか分からない」と思うようになれば素晴らしいお母さんです。
「私の子ども、どもりよー」と言えるようなオープンマインドであればより素晴らしい。しかし、こういうお母さんはめったに出てこない。(つづく)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/06