第1回吃音SC 梅田・内須川・伊藤並んで 1995年9月22〜24日、大阪で行われた第一回吃音ショートコースでの講演のひとつ、東京正生学院の理事長だった梅田英彦さんのお話を紹介しました。もうひとつの講演は、日本吃音臨床研究会の顧問であり、当時、昭和女子大学教授だった内須川洸先生のお話です。お話いただいたものに小見出しなどをつけて編集したものを紹介します。
 内須川先生は、東京大学の心理学の学生の時から吃音に興味をもち、東京大学吃音研究会で、僕の恩師である神山五郎先生と日本の吃音の研究の両輪として活動をされてきました。大阪教育大学の時代もお世話になり、吃音の世界では一番親しかった人です。
 特に長年の幼児吃音の臨床・研究の中から、ひとつの仮説を提唱されています。ひとりの研究者の到達した考えを皆さんにも知ってもらいたいと思って紹介します。
 内須川先生は、どもる子どもにタフネスをつけることを大切にしようとよく言っておられました。「どもりに負けない子」ということになるのでしょう。ここに書かれている、内須川洸先生の提唱する方法をそのまま実行し、徹底することは難しいでしょう。僕もすべて賛成しているわけではありませんが、ひとつの考え方としては、知っておいていいと思って紹介します。役に立つところは活かして下さい。
 もし、この方法に興味をもって実行される場合は、僕が内須川洸先生に代わって相談相手になりますので、遠慮なく、僕の吃音ホットラインにお電話下さい。一緒に考えていきましょう。吃音ホットラインの電話番号 072-820-8244 (9時〜21時)

   
内須川式吃音治療指導法
          昭和女子大学教授(日本吃音臨床研究会顧問)内須川洸

はじめに
 私はどもる子どもの内須川式臨床診断仮説を提唱しています。俗に〈U仮説〉といいます。
 その〈U仮説〉に基づいて、相当精密な研究をした結果が大変素晴らしい結果を出しています。ただ、検証が十分できていませんので、現在は理論なんておこがましいことは言いません。仮説というふうに申し上げておきます。
 吃音幼児を対象に研究を始めましたが、小学校6年生くらいまでの学童期の吃音までを対象にしても当てはまるだろうと考えています。ただし成人には適用できません。適用できるといいんですけどね。将来の課題です。

何が問題なのか
 吃音の子どもの特徴は、友達と喧嘩をしない。しないのではなく、喧嘩が出来ないということです。心理学的には、喧嘩が出来ないのは、友達の間で自己主張が出来ないということです。自己主張とは自分の感情を相手に表すことです。
 生まれて2年目ぐらいに、みなさんは、第一反抗期を経験したと思いますが、まず母親に対して「いや、いや」と言う。つまり〈ノー〉と言う事が一番簡単な自己主張です。
 ところが、最近の子どもは半数近くが、この第一反抗期を経験していません。吃音の子どもの全てを調べた訳ではありませんが、どもる子どもも第一反抗期の経験がないというふうに私は見ています。
 自己主張の学習には順序があって、最初は必ず否定的な感情から入る。うれしいなんて事を最初から言うものじゃないんです。
 否定的感情を出せない人は、肯定的感情は出せません。成人吃音の皆さんは、肯定的な感情を出すのが苦手じゃないですか? 
 例えば、愛する人が目の前に来たときに、「貴方を愛しています」と堂々と言えますか?なかなか言えない。
 これは「お前が嫌いだ」とはっきり言えないからです。嫌いだと、はっきり否定的感情を言えると、最終的には、肯定的感情を素直に言えるようになります。
 感情表出は言葉だけではありません。言葉で感情表出をするのは最高のレベルです。一番易しい感情表出は、小さい子がうれしい時に跳びはねるでしょ。つまり、身体を動かす行動レベルです。
 行動が細分化すると表情に出る。幼児期、健康な子どもはいつもニコニコ笑うのは感情を表していることです。怒るのも感情表現です。
 大人になると人間関係の中で感情表現を本来自由に表せなければなりませんが、なかなか表せない人がいます。
 友達と人間関係が出来たとき「いや」と言えない子どもがいる。「くれよ」と言われて本当は嫌なのに、「いや」と言わないで「いいよ」と言ったり、にこっと笑ってみたり。
 吃音の子どもにはこの傾向が多い。友人関係の中で自己主張ができないんです。
 このことが問題なんです。だから反対に自己主張ができて、友達と喧嘩ができるようになれば治療をする必要がないということになります。

何を治療するか
 吃音の治療というと、従来は吃音を治す、どもらなくする事でしたが、私はそうではない。最初は言葉の問題は扱いません。最初から言葉の指導をするとうまくいかないというのが私の考え方です。
 治療は、小学校に入る前、理想的には吃音の始まった幼児期に行うのがベストです。実際は小学校に入ってから治療する必要性が出る場合がありますが。
 先程言いましたように、大半の吃音の子どもが友達に自己主張が出来ません。そうすると、この子どもには治療の必要があると判断します。治療目標は、吃音そのものを治すのではなく、人間関係の中で自己主張が出来るようにすることです。

1.積極的改善要因と消極的改善要因
 積極的改善要因とは、例えば、どもらないで滑らかに話す指導の方法などをいいますが、吃音は消えても、持続しません。治ったと思っても、すぐに再発するところに問題があります。
 積極的改善要因だけでは、吃音の改善も不可能であると私は見ています。
 吃音を治すためには、消極的改善要因が鍵ではないかというのが私の私見、仮説です。
 消極的改善要因とは、それ以上吃音が悪くならない要因です。どんどん良くはならないが、悪くはならないのだから、結局は良くなるだけです。
 消極的改善要因を使うと、それだけでぱっと吃音がなくなるということはない。時間をかけて、経験を増やしていく。経験が増えると、子どもは発達をします。
 吃音の症状はそれ以上悪くならないようにして、子どもは成長をし、変わっていくわけですから、これは、良くなるということです。
 こういう治し方でないと、吃音というものは根本的には改善できないんです。大事な要因は内面因子と、こういうふうに考えます。
 今日は、この消極的改善要因による治療についてお話しています。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/01/04