昨日は、吃音相談会に参加された保護者の感想を紹介しました。今日も、同じように、相談会に参加されたお母さんの感想です。この方は、その後、吃音親子サマーキャンプに家族4人で参加されました。たった一度の出会いで、変わることもあると実感できた出会いでした。

  
吃音相談会で涙を流したこと

        田中多佳子(小学3年女子をもつ親)

 当日、自己紹介の時に、私は涙が溢れて止めることができませんでした。なぜ、涙が出たのか、あの日、私は帰り道、考えました。あれは、今まで娘の吃音について一人で悩んできた私が、初めて同じ悩みを持つ人の輪の中に加えていただき、心から相談できる喜びの涙でした。
 私は大阪吃音教室のこと、吃音相談会のことは、新聞の案内を見て初めて知り、親子相談会の参加を申し込みました。今まで、そんな会があることも知らずにいた私は、申し込んだ時から、この相談会にさえ相談に行けば娘の吃音は100%治るものだ、それも、そんなに時間がかからずに治ると期待に胸ふくらませて参加したのです。
 ところが、皆様の自己紹介を聞いているうちに、私の考えは甘くて、吃音は私の考えているように簡単には治らないんだと察しました。娘の8歳という年齢から考えて、この方たちのように成人しても、今から、40年、50年も悩み続けるのかと思うと、娘が不憫に思えて、また、涙が溢れてしまったのです。
 でも、この考えこそが、どもる皆様を差別しているような、誤った考え方でした。申し訳ありません。
 伊藤伸二さんの講演を聞く前の自己紹介の時の、私の正直な気持ちを、失礼な考え方と存じ上げながらもあえて書かせていただきました。お許し下さい。ただ、吃音相談会に望みをかけていた希望の風船がパチンとはじき消えたような心中もお察し下さい。
 しかし、これはあくまでも相談、講演前の気持ちであって、相談、講演によって、心は随分と明るくさせていただきました。
 グループ相談では、同じ年頃のお子様をお持ちのお母様方とご一緒させていただき、共感できる意見が多々ありました。
 私の市と違って、他市には、ことばの教室があり、ことばの教室の先生がこの相談会に参加したり、その教室に通っておられたり、また、学校の先生の紹介でこの相談会に来られた方のお話を聞いて、他市の先生方は積極的に働きかけておられるのだとうらやましくも感じました。
 ことばの教室の存在すら知らなかった私は、娘を治してやりたいと思いながら、今まで何の努力もしてきませんでした。せいぜい図書館で本を借りて読むくらいでした。そして、口では娘に「大きくなったら治るからね」などと、本当に子どもだましの気休めを言って育てていました。娘がどもり始めて約5年間ほど、私は一体何をやっていたのだろうと思います。
 本には、どもりを作るのは母親の責任のように書いてあり、それを信じ込んで私の育て方に非があったのではないかとずーっと考えていました。娘に「どもるのは、お母さんが悪いのよ。あなたのせいではない」と話していることを伊藤伸二さんにお話しました。
 「誰のせいでもなく、母親の責任でも決してない」と断言され、心が軽くなりました。娘を救う以前に、私の心が救われました。
 ですから、その後の講演で「どもりは治らないかもしれない」と伊藤さんがおっしゃったときにも、大きな失望は感じませんでした。それよりも、「もう、そんなことはどうでもいいんだ」という気持ちも芽生えてきていました。そして、彼女の良い面を伸ばしてやりたいと思います。娘の吃音よりも、私の心の方が病んでいたように思います。
 吃音相談会後、娘には今まで“どもり”ということばで話してやっていなかったので、「さっちゃんのアーアというのはどもりと言うのよ」と、どもりということばを正しく教えました。
 そして、今まで「治る、治る」と言い育てていた手前、娘の反応が怖かったのですが、「大人になっても治らない」と話しました。「なんで?」という答えが返ってくるのではと恐れ、また泣かれるのではとないかとも思っていましたのに、「別にいいやん、そんなこと。どうでもいいよ」という答えが返ってきました。あまりにあっさりした反応に、分かっているのかな?と思う気持ちと、既に友達に指摘されて嫌な思いもしているのに、分かっているはずだのにという思いです。
 彼女は小さいながらも、今は子どもなりに、自己受容ができているのではとも思いました。ただ、これから思春期を迎えていく間に、この気持ちが否定されないように、この大らかな性格で育ってほしく思います。
 私自身も、相談・講演会後、大きく成長できたように思えることがあります。過去に4回(保育園・幼稚園・小学1・2年)と、担任の先生に娘の吃音について私からお話しています。なぜか、先生の方から切り出されることは今回も含めて一度もありません。
 「どもるんですけど・・・」と私は話していました。この語尾の「ですけど・・・・」の部分に私の全ての気持ちが含まれているように今になって思います。
 自然と、このように話していたのですが、「ですけど」と問いかけることによって、先生から「大丈夫ですよ」と返答されることを期待していたのです。心の奥で娘のどもりを認めたくない気持ちが働き、どもりを否定してほしかったのです。そして、4回とも、何の知識もない先生の、「大丈夫ですよ。お友達もたくさんいるし、明るいし、まだ今はことばより気持ちが先走ってどもってしまうのですよ。また、そのうち治りますよ」のことばを信じたくて、とりあえず娘のどもりは治ると思い込むことにで安心しようとしていたのです。
 伊藤さんの講演の最後で、「何の根拠もないのに、大丈夫などということを信じていたのですか?」という内容の質問を伊藤さんからされて、「はい。娘は明るいから」などと答えたのですが、本当に愚かな答えでした。本当は、私自身がどもりを否定したくて、娘の吃音を全く受け入れていなかったのではないでしょうか。
 今年も家庭訪問がありました。先生に私の方からお話しましたが、「どもりなんです」と言えました。相談会に参加して、その時の話を娘にしたこと。娘はクラス替えで、前のクラスのお友達にも、また新しいクラスのお友達にも指摘されたり真似されたりすることがあるが、親も子も気にせずにいたいと思っていること。そのことを強いて先生に注意していただかなくてもよいと思っていること。ただ自然に受け入れたいと思っていることなどをお話しました。
 これは、私にとって大きな成長でした。「どもりです」と言えたことで初めて私の中で娘の吃音を受け入れられ始めたように思います。
 新クラスで2か月過ぎようとしていますが、娘は特に落ち込む日もなく、毎日楽しく通学しています。大阪吃音教室と相談会に出会えていなかったら今頃はまだまだこんな気持ちになれずに、今年もきっと「どもるんですけど・・・」と切り出していたに違いありません。
 過去5年間ほど、私は何をやっていたんだろうと思うと、もっと早く伊藤さんたちに出会いたかったという気持ちがありますが、娘のこれから先の人生を考えると、まだまだ早いこの時期に、今回の相談会に参加できて本当に嬉しく思います。
 私は全くの初めて、他のどんな教室にも参加したことがなかったので、全てにおいて勉強になりました。最初の自己紹介の時、体ごとこちらを向いて聞いて下さる皆さんに、凄いパワーを感じました。圧倒されたといってもよいくらいで、同時に心から相談できるという信頼感も生まれました。
 皆さんのお話の中で、電話に出られない、食べたいものを注文できないということに、本当に大変な思いをされているのだと知りました。
 講演はすごくひきつけられるお話ばかりでした。特に、「どもっていてもなれない職業はない」ということばに、本当に勇気づけられて印象深く心に残っています。どもりである学校の先生が新着任校での挨拶の時にどもりまくったというお話に、参加していた皆様と共に私も笑ってしまいました。これはその方の大変な思いを十分にご存知の皆さんが笑われたことも、頭では大変だろうなと考える程度の私が笑ったことも、同じ笑いだと思うのです。うまくことばで表現できないのですが、決してどもりを軽蔑した笑いではなく、温かい笑いなのです。でないと、遠慮して決して笑えないですよね。これが、大阪吃音教室の温かさだと思います。
 娘がどもっても「どもっちゃったあー」と、本人も親も周りも温かく笑いたいです。
 もう一歩確実に前に進みたくて、この夏の吃音親子サマーキャンプに家族全員で参加致します。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/5/31