昨日の沢田さんの、どもらない人なら、3分半で読み上げる両親への手紙を、12分かかって読み上げた体験を、どのようにお読みになったでしょうか。
 一般的に考えれば、自分が主人公になれる晴れの舞台、それもクライマックスともいえる新婦の「両親への手紙」を、どもりながらそれだけの時間をかけて読んだことは、「せっかくの結婚式でひどくどもってしまった。恥ずかしい」と考えても不思議のない状況です。たとえ、仮に、感極まったとしても、です。
 しかし、彼女は、そのできごとで、自分自身に自信が持てたと言い、緊張の中、読み切った達成感が自分へのご褒美だとしています。そして、その後、結婚式の体験をなつかしく思い出しています。さらに、文章の最後に、大阪人らしく、彼女がどもっている間、「マイクをもつ夫が疲れたらしい」としめくくっています。なぜこんな文章が書けたのでしょうか。彼女がもし、大阪吃音教室に出会うことなく、吃音親子サマーキャンプや吃音ショートコースを体験せず、吃音を否定し、吃音に悩んだまま、結婚式を迎えたとしたら、このような結末にはなっていなかったのではないかと、僕は想像します。どもることで、会社での仕事のことで悩んでいた彼女は、毎週、大阪吃音教室に参加し、吃音とともに豊かに生きるための理論や、日常生活の中での訓練法を学んでいました。訓練法といっても、吃音を軽くしたり、治すためのものではなく、まして、結婚式のときに、あまりどもらないで手紙を読み上げるための練習法ではありません。考え方の練習法なのです。その考え方の理論、練習方法である「論理療法」を、僕たちは大阪吃音教室の主要なプログラムのひとつとして、しっかりと学び、それを生活の中で実践し続けてきた成果が現れたのではないかと僕は考えるのです。
 アルバート・エリスが考えた論理療法は、ABC理論が中心です。Aはできごと、Bは受け止め方・信条・考え方、Cは結果・悩み です。彼女の結婚式の「両親への手紙」の朗読の場面を、論理療法で考えてみましょう。

A できごと
 通常なら3分半で読める文章を、どもってことばにつまりながら12分かかって読んだ。

 大阪吃音教室に参加せず、吃音を否定的に考えている人が、このようなできごとに遭遇したとしたら、どのようなBとCが考えられるでしょうか。

C 結果、悩み
 うまく読めなかったことは恥ずかしいと落ち込み、嫌な気持ち、不快感をずっと持ち、もう今後一切、人前でスピーチしたり人前で読んだりすることはまっぴらごめんだと考えるかもしれません。せっかくの結婚式を台無しにしてしまった、吃音を知らない人に、自分の欠点、弱点であり、否定している吃音をさらけ出してしまったことに、悔しさと嫌悪感、挫折感など、さまざまな感情が渦巻くかもしれません。そのようなネガティヴな感情や今後の自分の行動まで規制してしまうのは、Aの、人前でひどくどもってしまったという出来事が、そのような感情や結果を引き起こすのではなくて、必ず、その人の持っている非論理的思考があるからだと、アルバート・エリスは断言します。

B 考え方、受け止め方
 「せっかくの晴れの舞台で、ひどくどもって、自分の欠点、弱点をさらけ出してしまったことは、あまりにも情けない」、「結婚式を台無しにしてしまったのは、吃音のせいだ」、「やはりこんなにどもる私がどもると分かっている朗読などしなければよかった」、「結婚式を台無しにしてしまったことで、夫にも申し訳ない」などです。

 これらの考え方を持っていると、Aのできごとに対して、強い否定的な感情がわき上がることになります。
 ところが、大阪吃音教室では、そのような考え方を参加者みんなで探し、検討してそれらを非論理的思考だと断定し、その考え方に、みんなで修正を加えていきます。
 「両親への手紙をひどくどもって読んだからといって、決して失敗ではなく、精一杯自分の思いを伝えたことは成功だった」
 「私の吃音について知らない親戚をはじめとする多くの人に、どもる私の姿を見せることができたのは、成功だった」
 「どもりながら両親への感謝の思いをきっちり伝えることができてよかった」
 「新婦の朗読がなめらかに読むこと、感動的に読めることが、必ずしも成功だとは言えない」
 「ひどくどもりながらも伝えきったことこそが、親への感謝の気持ちの表れだ」
 このように考えることができたら、ひどくどもって両親への手紙を読んだというできごとは、肯定的なものへと変わることができるのです。
 沢田さんの結婚式のエピソードは、大阪吃音教室がずっと取り組んできた論理療法のひとつの成果の具体例だと、僕は思います。
やわらかに生きる表紙 彼女が書いたような文章に出会うと、大阪吃音教室がうまく話せるため、どもらないで話せるようになるための言語訓練を一切しないで、どもることをどのように受け止め、とらえることができたらよいかを考え続けてきた大きな成果だと思うのです。

参考文献 『やわらかに生きる―吃音と論理療法に学ぶ』(石隈利紀・伊藤伸二、金子書房)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/5/19