吃音をテーマに生きてきた僕にとって、メンターである丹野裕文さんとの出会いが、決定的な意味を持ちました。吃音に強い劣等感をもって、「どもっていたら楽しい、有意義な人生は送れない」と思い込んでいた僕にとって、30日間で「どもれる体」になって、どもりながらも生きていく道筋に立ったものの、明るい展望があったわけではありません。これまで、吃音にとらわれて、勉強を全くしなかったため、基礎学力がなく、人間関係を完全に絶っていたため、人とのつきあい方も知らない、言ってみれば野生動物のような人間が、社会に出てきたようなものでした。ただ、元気だけは、吃音に悩む前に戻ったのでした。
 そこに現れたのが丹野裕文さんでした。7歳年上で、歯学部の学生で、家が歯医者だっために、お金ももっていました。そしておしゃれで、とてもかっこいい。僕にないものを全部もっているような人でした。
 家が極めて貧しく、大学受験の2浪生活も、大阪の新聞配達店に住み込み、大学も東京の新聞配達店から通い、東京での大学生活の学費から生活費まですべて自分で稼がなくてはならない貧乏学生の僕にとって、丹野さんはあまりにも僕とはかけ離れて、まぶしい存在でした。丹野さんも、僕をとてもかわいがってくれ、今で言う「クラブ」や「バー」などでおごってくれました。お酒はもともと全く飲めないので、飲みませんでしたが、これまで経験したことのない世界に連れていってくれました。
 彼のような、かっこいい「どもり」になりたいと思ったものです。その丹野さんとの出会いです。

言友会誕生のエピソードと言友会活動の思い出 (2) 

 吃音矯正所で格闘するどもりたち
 私には、丹野さんがどもるどもらないより、彼が歯学部の学生で家が歯科を開業していることの方に関心があった。私の歯はやぶ医者に徹底的に痛めつけられていたのだった。私はずうずうしくもさっそく丹野さんの家を今度は一人でたずねていた。これが丹野さんと私のつきあいの始まりである。
 私の虫歯が治るころ、一鶴さんの「講談教室」への参加は随分減っていた。また依田さんの親話会も謡曲が中心で若者の心をとらえることはできなかった。
 私の通っていた吃音矯正所といえば、「ユックリ、呼吸を整えて話せば治る」というのが基本で、「わーたーくーしーはー」の、どこか間の抜けた話し方を守る者が優等生ということになっていた。早口でしゃべりまくる私など、基本に忠実でない劣等生であった。まじめな人間からは、「君は本当にどもりで悩んでるのか」とまじめに聞かれもした。
 ここには北は北海道から南は沖縄まで全国各地のドモリストが集まり、社会人の多くが職を捨ててまできていた。中小企業で働く者に、1ヵ月間の吃音矯正のための東京行きは職を捨てることにも等しかった。よくなったと喜んで帰る人に、「あれは一時的なもので、すぐに元にもどるさ」と、3回目というS氏が先輩顔に話すのが印象的であった。でもみんな一生懸命に頑張っていたし、雰囲気も結構楽しいものであった。
 劣等生の私には、いつの頃からかどもりの治る治らないより、どもりの人がこんなにもいて、それぞれ力いっぱい闘っているのだという現実に関心があった。私はどもりがこんなにも大勢いる、ということが大きなショックだったのだ。

 吃音者の組織づくりを決心する
 吃音矯正所の有効期間も終わり、講談にもあき始めていた私は、赤倉という学生と丹野さんを訪れていた。当時を振り返って丹野さんは、次のように書いています。

 「私は講談のリズムによる矯正法というよりも吃音者の会づくりに興味をもち、毎回出席していたが、その間多くの吃音者と知りあいになることができたのである。そしてその中の数名の人とともに親話会の会合に出席し、一鶴氏の講談教室と合併して新たな会を作っては、と提案したが予期に反して猛反対にあってしまった。
 私としても、以前吃音者の会づくりに失敗している経験があるので、新たな会づくりの意欲はなく、また一鶴氏の講談教室のように会員の減少を見るにつけても、吃音者の組織づくりの至難さがつくづくわかるのである。
 そんなとき私の家へ、一鶴教室で知りあった赤倉智(日大生)、伊藤伸二(明大生)の2人が訪れ、是非とも自分たちで新しい会を作ろうと相談をもちかけてきた。
 しかし、私としても以前の失敗があるので、即座に応ずるわけにはいかなかった。が彼等の情熱と若いエネルギーならばもしかしたら今度は成功するかも知れない、と思う気持ちもあった。そこで彼等に質問した。
 「『自分はやり出したからには最後までやり通したい。君達にもその意気込みがあるのか?』すると2人は口をそろえて『必ずやり通す。失敗しても最後まで頑張っていく』と熱意をこめて答えてくれたので、『それでは!』と会づくりをする決心をしたのである」。(言友会誌『泪羅』7号より)(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/2/19