サンフランシスコで開催された第3回世界大会の後、コロラド州デンバーにあるアサーティブ・トレーニング・センターのパット・パルマー所長に来ていただき、ワークショップをしました。その時の内容も、会場の雰囲気、パルマーさんの立ち居振る舞いもよく覚えています。パルマーさんは、アサーティヴな言動を日常的に実践している人でした。
 ワークショップの前日、サンフランシスコの中華街で数人と夕食をとりましたが、人気のある店でとても混み合っていました。どのような状況だったのかは思い出せませんが、店の人に交渉し、快適に食事ができたのは、パルマーさんの行動でした。
 当日のワークショップでいくつかのエクササイズをしました。その終盤でした「褒める」のエクササイズに、僕は本当に驚きました。7人ほどが円くなって座り、一人が真ん中に座って、周りが順番にその人のいいところを伝えていくものです。

 まず、パルマーさんが見本を示しました。「あなたは、初めてのことにも積極的に挑戦する、その積極さが素敵です」、「あなたは、他者をとても大切にする人で、その温かさが大好きです」など、当日初めて出会った参加者に、このようにコメントしました。初めて出会った人になら、その人の服装や雰囲気など、外見的なことしか褒めようがありません。
 そうして始まったエクササイズで、真ん中に座った人は、初め、緊張していて、恥ずかしそうにしています。順に話していくと、「いえいえ、そんなことない」とクビを横に振っていた人が、どんどん笑顔になっていくのを見ました。世界大会に参加した人たちは前から知っている人もいますし、初対面でも日本から一緒に旅をしてきた人たちです。なので、少しは外見ではない部分を褒めることができました。ワークショップの最後に誰かが質問しました。
 「初めて今日、出会ったのに、パルマーさんは、どうしてあのようなコメントができたのですか」
 「このワークショップが始まって、昼食もとりみなさんとは知り合いですよ。みなさんのこのワークショップに取り組む姿勢や動きを私はよく観察していました」
 とても納得したので、そのことが強く印象に残り、僕自身がこのようなワークショップをするときも、よくパルマーさんのことを思い出します。
 「いいところさがし」は、学校現場でもよく行われているようですが、実際にことばで伝えられると、うれしいものです。パルマーさんが提示してくれた、自分を好きになる3つのヒント、皆さんは、できていますか。


  
自分を好きになる
                           伊藤伸二

 どもりに悩んでいた頃、自分が大嫌いだった。
 どもってみじめになっている自分。からかわれたりいじめられている自分。友達が欲しくてたまらないのにいつもひとりぼっちの自分。自分の全てが嫌いだった。
 自分で自分が嫌いな人間を、他者が好きになってくれるわけがないのだが、当時はそれが分からなかった。自分が嫌いだと、何事にも自信が持てず、困難な場面からはすぐ逃げる。逃げるたびに自分を責め、さらに自分が嫌いになった。
 私は、このように、ますます自分を嫌いになる悪循環の中に入っていったのだが、それに気づくことも、それから脱出する術も知らなかった。
 この悪循環をどうしたら断ち切れるだろうか。

 「教育上、特に援助を必要とする子どもに対する指導―ことばの教室はどのような役割を果たせばよいか、担当教師はどうすればよいか―」
 先日、このようなテーマの、ことばの教室の教師を対象とした研修会があった。そこで話をしたが、話す内容を「自分を好きになる子に育てる」にしぼった。教育上、特に援助を必要とすると考えられる子どもは、自分が嫌いになっている子どもでもあるからだ。子どもが悪循環に気づき、それを断ち切ることはたやすいことではなく、周りの人々の援助が必要となる。「自分が嫌い」という子が「自分が好き」と言えるようになるよう、少なくとも、「自分が嫌い」にならないように援助することが、ことばの教室の役割だと言いたかった。
 「自分が好きだ」と言える子を育てるには「自分が好き」という周りの人が必要だ。そこで、この研修会での話のはじめに「自分が好き、あまり好きじゃない、嫌い、の3つに分けたらどれか」という質問をした。参加した60名程のことばの教室の教師の中で、「自分が好き」に手を挙げた人は4人しかいなかった。
 謙虚で控え目の答えだろうが、少なくとも半数以上の人が「自分が好き」に手を挙げるだろうと予想していただけに驚いた。
 子どもにとっても大人にとっても、自分を好きになるということは難しいようである。
どもる子どももどもる人も、また周りの親や教師も、自分自身を好きになるにはどうすればよいのか、共に考える必要がありそうだ。
自分を好きになる本表紙_0001 アメリカ・コロラド州デンバーにあるアサーティブ・トレーニング・センターのパット・パルマー所長は、子ども向けの『自分を好きになる本』(径書房)で自分を好きになることの大切さを説き、どうしたら好きになれるか、いくつかヒントを示している。

◎1日にひとつ、好きなことをしよう
◎「ここが私のいいところ」と友達や家族に話そう
◎自分が何をしたくて何をしたくないか、はっきり言おう

自分を好きになる本表紙_0002 これらは子どもだけでなく、大人でも通用する。
 より良いことばの教室の教師とは、自己を肯定的にとらえている人、つまり「自分を好き」だと言える人である。そして、通級してくる子が陥っている自分を嫌う要因を把握し、悪循環に気づきそれを断ち切るために、その子自身が、また周りが何をすべきか、考え、提示できる教師である。
 今夏、私たちが主催し、パット・パルマーさんのワークショップをサンフランシスコで開くことになった。参加した人たちは、さらに自分が好きになって帰ってくることだろう。1992.1.30


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/1/21