斉藤道雄さんの「治したくない」は、宝石箱のような本 
 
 斉藤道雄さんにお送りいただいた本は、宝石箱のような本です。
 「べてるの家」とかかわっておられた時代から知っていた精神科医の川村敏明さんの診療所「ひがし町診療所」にかかわっている人々の日常を、斉藤道雄さんが温かいまなざしでみつめるルポルタージュです。いただいた手紙には、映像を超えてとありますが、読み進めていると、診療所にカメラを据えて、ずっとフィルムを回し続けて撮ったドキュメンタリー映画を見ているようです。
 登場する精神障害の当事者、ソーシャルワーカー、看護師さんたちの生の声がそのまま拾われています。ひとつひとつのエピソードが読み切りなので、短編小説を読んでいるようです。そのひとつひとつに、たくさんの言葉がちりばめられて、まるで宝石箱のようです。登場する立場の違う人の言葉をマーカーで色分けをすれば、華やかな花畑のようになりそうです。実際にそうしてみようと書きながら思いました。
 「病気の話をしても先生は関心をもたない。けれど病気を通して自分を語る、自分の苦労を語るのであれば先生はよろこんで聞いてくれる」は斉藤道雄さんの言葉。
 「ぼくはね、ほかの人のちがいは何かって、自分で解釈したら、その人のいいところっていうか持ち味を一生懸命探しているんですよ。治しているんじゃないんです」は、川村敏明さんの言葉。
 これらのひとつひとつが僕の胸には響きます。うなずくことばかりです。
 「半分治しておくから、後の半分は仲間に治してもらえ−医者が出番を減らすとき、精神障害をかかえる人々が主役になり、新たな精神医療が始まる」
子どものための小さな援助論 これは、本の帯のことばです。これは最近引用として使うようになった、精神科医の鈴木啓嗣さんの『子どものための小さな援助論』(日本評論社 2011年)に通じます。
 対人援助に関わる人々に是非読んでいただきたい本です。
 
 斉藤道雄さんに次のようなお礼の手紙を書きました。

 
斉藤道雄様
 新型コロナウイルスの影響はいかがでしょうか。
 いろいろなことがストップしてしまったようです。私は、3か月ほどがなくなったような、不思議な感覚の日々を過ごしいます。
 このたびは、ご著書をお送りいただき、ありがうございました。封を開け、飛び込んできた本のタイトル『治したくない』に、斉藤さんの、にやっとした顔が浮かびました。『治りませんように』から進化してきましたね。
 「治したくない」を見た瞬間、斉藤さんが密着取材をして下さった、第16回吃音親子サマーキャンプを思い出しました。何人かの子どもたちにインタビューされていましたが、その中に、しおりちゃんという、当時中学1年生の女の子がいました。斉藤さんが「どもっているままでいいの?」と投げかけられたとき、しおりちゃんは「はい、治らなくていいです。というか、治したくないです」と答えています。
 インタビューを受けた高揚感から発せられたことばかもと思いましたが、どもる子どもたちが、短いながらも、どもりながら生きてきた中で考えついた、到達した究極のことばだったんだろうと思いました。そのしおりちゃん、昨年、お母さんから、同じくサマーキャンプに参加していた、私たちもよく知っている男の子と結婚したと連絡がありました。しっかりと自分らしく生きているようです。

 最近、「小さな援助」ということを伝え始めています。
 「吃音を治す努力の否定」を言い始めて45年以上たっています。私の考えがどうしたら理解してもらえるか、あの手この手を考えたとき、この切り口もありだと思ったのが、かなり以前に読んで、ずっと頭の奥にあった、精神科医鈴木啓嗣さんの本『子どものための小さな援助論』です。言語聴覚士が制度化されたために、「治したい」人々が増え、私はますます戸惑っています。どもっていると大変だ、かわいそう、だから、完全でなくても少しでも軽くしてあげよう、そうしてあげることは子どもたちの幸せにつながるはずだ、これらの善意の援助が社会の常識としてますます大手を振って大きな道を歩き、私はどんどん片隅に追いやられていきます。
 その私を常に応援し続けてくれているのが斉藤道雄さんの存在であり、ご著書の『悩む力』、『治りませんように』(みすず書房)でしたが、今回の『治したくない』が応援団に加わりました。
 本の中には、ワーカーの伊藤恵里子さんの「あたしたちが決めるコースに乗せるんじゃなくて、その人に必要な生活の支援ってなんだろうなみたいなこと、やっぱり考えていて」ということばがあります。
 また、「患者を、当事者を、医療者や専門職の考えた形に変えていくのではなく、医療者や専門職が自分たち自身を変えてゆくこと。彼らを変えるのではなく、自分たちを変える。そこには自分たちが変われば彼らもまた変わるという期待があり、手応えがある」との斉藤さんの書かれたところもあります。

 同じようなにおいのすることばや文章に出会い、とてもうれしくなりました。
 ゆっくりと読ませていただきます。本当にありがとうございました。

 今年、予定されていた小児科医会の研修会をはじめ、講演会、学習会、講義がほぼキャンセル、または延期になりました。動けないなら、そこでできることをと思い、ブログ、Twitter、Facebookなどで発信しています。仲間が、日本吃音臨床研究会のホームページにFacebookを埋め込んでくれたので、「ほぼ日刊 伊藤伸二吃音新聞」というタイトルで、発信中です。お時間がありましたら、のぞいてみて下さい。
 斉藤さんのこの本のこともぜひ、紹介させて下さい。斉藤さんとの出会いも、そして斉藤さんが以前書いて下さった文章も、紹介していきたいと思っています。お許し下さい。
 言語病理学の世界では四面楚歌でも、私と同じように考える人がいることは、私の大きな支えになっています。そして、ブログなどで紹介できることもありがたいです。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/05/24