第17回 吃音キャンプOKAYAMA PART3
吃音は、自然に変わる
 

友浦 伊藤さんの本を読んでいたら、どもりは練習なんかしなくても、自然に変わると書いてあったけれど、どういうことですか。
伊藤 どもりに限らず、精神的なことでも、精神的というのは心のことだけど、治そうとすればするほど、却って病気が悪くなるということがある。それはどもりも一緒。どもりを改善しようとか、軽くしようとか思って練習すればするほど、だんだん、どもる自分はだめな人間だと思ってしまう。それは、僕はよくないと思う。そうではなくて、どもっている自分を認めて、僕はこういう話し方だけど、言いたいことはちゃんと言おう、言わなければならないことは言おう、とした方がいい。僕は、小学校のとき、全然できなかったけど。僕は、小、中、高時代、逃げて逃げまくって、すごく損をした。本当は友だちになれたかもしれないのに、本当は恋人になれたかもしれないのに、その人にしゃべりかけないで、勝手に、僕なんか、好きになってくれるわけはないと自分で思い込んで、しゃべりかけなかった。だから、今から思うと、すごく悔しい。小、中、高時代に戻りたいと思うけれど、それは、どもらない人間として戻りたいのではなくて、どもりのことを勉強して、いろんなことを知って、知恵のある、どもりに対してかしこい少年として戻りたい。そしたら、ちょっとくらい、からかわれても、「なんで、そんなこと言うんや」と言えただろうし、「放っておいてくれ」と言えたかもしれない。発表も、どもってでもできたかもしれないし、いろんなクラスの役割もどんどん引き受けたかもしれない。
 21歳のときに、治そう治そうとすることは、却って自分をだめにすると分かってからは、どんなにどもっても、僕は働いた。アルバイトで、接客業もこども百科事典のセールスもした。そのとき、嫌なことも経験したけれど、ちゃんと聞いてくれる人がほとんどだった。どもりながらもしゃべっていけば、相手も聞いてくれるんだなあということが分かった。そのとき、僕は、どもりながらでも、ちゃんと生きていけると分かった。僕は、友だちがほしい、恋人がほしいと思っていたけれど、周りから「どもっていても、友だちはできるよ、恋人はできるよ」と、何万回言われても、信用できない。けれども、実際に友だちや恋人ができたら、どもっていても友だちや恋人はできるんだと思えた。実際に経験するということは大事だね。大切なこと、プレッシャーがあって緊張する場面で、しゃべっていくことが大事だと思う。そうすると、いろんな嫌なことがあって落ちこむこともあるけれど、それも練習するうちに、だんだんと落ち込みが軽くなっていく。
 人生の中で一番安全な小学校という場で、できるだけどもって、どもり倒して、笑われてからかわれたりしながら、がんばっていたら、変わっていくと思うよ。ふと、気がついたら、あれ、前よりずいぶんしゃべれているなあと思う。不思議なことで、逃げて逃げてしゃべらなかったら、笑われたりからかわれたりしない代わりに、しゃべることには慣れない。しゃべることが多ければ多いほど、結果としてだけど、言語訓練みたいになるので、だんだんとあまり人前ではどもらなくなるように変わっていった。でも、僕は治ったわけではないけどね。
岡山キャンプ 横から全体
友浦 ありがとうございます。練習とかじゃなくて、おしゃべりをいっぱい楽しんだら、変わってくるよと伊藤さんが、今、おっしゃって下さったから、みんなも、学校で通級で、おしゃべりを楽しんで下さい。では、その次。どもっていて、よかったと思ったことはありますか。みんなは、ある?
子ども ある。
伊藤 えーっ。どもっていて、よかったことがあるの?
子ども うん。
伊藤 どういうこと?
子ども どもっていてもよかったと思ったときは、どもったとき、笑われずに「よかったね」と言ってくれた。
伊藤 そうか、そうか。普通の人なら、どうってことないことでも、ちょっと成功したりすると、よかったと思ったのね。確かに、僕らも、「おはよう」って、なかなか言えなかったのに、「おはよう」と言えたときに、気持ちのいい1日になる。どもってない人間なら、「おはよう」を言うくらい当たり前だから、そんなことで喜んだりしないよね。だから、喜ぶことが増えるね。
友浦 喜ぶことが増える、いいですね、それ。
伊藤 僕は、どもってよかったと思ったことはないね。でも、どもりでよかったことはいっぱいある。どもりに悩んだおかげで映画が好きになったし、本が好きになった。東京正生学院でどもる仲間と出会えたし、自分の一番関心のあるどもりについて勉強することができた。おかげで、勉強もせず、成績がめちゃくちゃ悪かったのに、国立大学の先生になったよ。
子ども えっ。本当?
伊藤 本当だよ。どもりでなかったら、僕は、国立大学の先生にはなれなかったと思う。もちろん、昔は勉強はしなかったけれど、21歳からはいっぱい勉強したよ。今でも、すごく勉強しているよ。世界大会を世界で初めて開いた、それも何千万円というお金をかけて開催したけれど、それも、どもりのおかげだ。その後も、たくさんの有名人、たとえば、谷川俊太郎さんとか鴻上尚史さんとか、いろんな人と対談をしたり、本を16冊も書いた。そして、75歳になって、こうして岡山のキャンプに来ている。この2週間後には島根県や沖縄県にも行く。なんかどもりで得したことばっかりだ。僕はどもりのおかげで、生涯をかけてする「道楽」ができたので、いまだに楽しい生活をしている。大人になると、楽しい生活が待ってるよ。でも、それには条件がある。どもることを否定しないこと、どもっているのが僕だ、私だ、と思うこと。そして、言いたいこと、言わなければならないことは、どんなにどもっても言っていくこと。そうすると、人から信用され、信頼されるし、人間関係も広がっていく。僕は今、友だちがいっぱいいる。それも世界中にいる。これは、どもりでなかったらあり得ない。いい人生を送ってきたと思います。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/11/2