吃音親子サマーキャンプに関する学会発表

 1999年の日本特殊教育学会(北海道大学)で、僕が発表した、『吃音親子サマーキャンプ10年の実践報告』です。1998年のサマーキャンプを中心に報告したものです。


《日本特殊教育学会・1999年度発表》
    吃音親子サマーキャンプ10年の実践報告 伊藤伸二
                 keywords:学童吃音、親指導、セルフヘルプグループ

はじめに
 思春期および思春期以降のどもる人が、高校・大学に行けなくなる。就職した後、厳しい現実の社会生活の中で、吃音に悩み、仕事場に行けなくなる。このような電話や手紙による相談が最近とても増えてきた。小学生の不登校も増えている。
 これらの場合、学齢期から思春期にかけて、吃音の話題を一切避け、吃音と向き合うことなくきた人が多い。吃音を否定し、隠し、話すことを避けてきた私自身の内省から、学齢期に、吃音をオープンに話題にし、早期に自らの吃音と直面する必要性を考えてきた。早期に吃音と直面し、吃音と共に生きる自覚を持つために、10年間、どもる子どもたちのためのキャンプに取り組んできた。
 その第9回のキャンプの概要を紹介しよう。

概要
 1998年8月21・22・23日、2泊3日で行われ、どもる子ども、どもる子どもの親、公立小学校言語障害学級教師、言語聴覚士、成人のどもる人など91名が参加した。(2000年は146名の参加)

目的
 キャンプに初めて参加した子どもたちは、吃音について自分のことばで話し、自分の悩みや苦しみを真剣に聞いてもらう経験がほとんどなかった。
 また、同年齢のどもる子どもだけでなく、どもる大人とも会っていない。自分ひとりが悩んでいると思っていた。吃音と共に生きる道を探るには、自分以外のどもる子どもや大人と出会うことが必要なのである。
 しかし、どもる経験があれば誰でもいいというのではなく、吃音と向き合い、吃音とつきあおうとしているどもる子どもや大人に、早期に出会うことができ、共に話し合い、それらのことができれば、吃音と直面し、吃音を受容し、吃音から大きなマイナスの影響を受けずに生きることができる。
 どもる症状への早期治療ではなく、早期吃音受容のために、小学校1年生からの子どもを対象にしたサマーキャンプを開く。(2000年は4歳も参加)

活動概要
 ◇吃音についてのオープンな話し合い
 吃音に直面するとは、吃音の症状への直面ではない。自分の吃音をどう考えているか、どのような影響を受けているかに向き合うことだ。どもって笑われたり、いじめられたりした経験や、したいことで、しなかったことがあるか、もし吃音が治らなかったらどうするか、将来の仕事などについて話し合う。
 学齢期の低学年、中学年、高学年グループ、中学生高校生グループと、グループに分かれて話し合うが、どもる大人とことばの教室の教師がファシリテーターとして加わる。初めて吃音について話したという子どもが多いのは、これまで、家庭でも、学校でも、吃音についての話題が避けられてきたためである。子どもたちは実によく話し、他人の体験に耳を傾ける。また、作文を通して自分を語る。

 ◇からだとことばのレッスンと、表現としての演劇
 どもる子どもたちの声は小さく、不明瞭で、相手に届くものでないことが少なくない。また、からだの緊張が大きく、かたい。からだとことばのレッスンで知られる竹内敏晴にスタッフが、キャンプで取り組む劇について、演出、指導を受ける。からだとことばのレッスンと合わせて、キャンプで子どもたちと劇に取り組む。宮沢賢治のセロ弾きのゴーシュなど子どもたちが興味をもって取り組める演題が選ばれる。症状にアプローチするのではなく、どもる子どものからだや声にアプローチし、相手に向き合うからだをつくり、相手に届く声が出るよう、生きる力となる声が出るよう指導する。
 どもる子どもたちの中には、学校生活の中で、どもるがゆえに、せりふの少ない役や裏方の仕事をしてきたという子どもは少なくない。どもりながらも人前で演じることの楽しさを知ってもらい、声を出す喜びを味わう。どもってもいいという雰囲気の中で、演劇に取り組むことで、表現力をつける。登場人物になりきって、動作をつけながら、楽しく演じる中で、かたくこわばっていたからだがリラックスし、細かった声が張りのある生き生きとした声に変わっていく。

 ◇親の学習会
 どもる子どもたちがグループの中で話し合いをしているとき、親もグループを作り、話し合う。子どもの吃音について不安に思っていることや、悩みや困っていることを話す。子どもと同様、親も仲間と出会い、自分だけが悩んでいるのではないと実感する。その中で出てきた問題を解決するために、交流分析、アサーティブ・トレーニング、論理療法などを活用した学習会をもつ。

成果
 「高校生もどもっていたな。僕もどもっていいの?」(7歳)
 「何でどもりになったのかという暗い気持ちから、どもりでよかったという明るい気持ちになった」(10歳)
 「2年の頃、よくからかわれたり、真似をされ泣いて帰ったが、3年生の時、キャンプに参加して、どもってもいいんだと分かってから、発表ができるようになった。からかわれたら、「それがどうしたんだ」と言い返します。(10歳)
 
 子どもたちは、どもってもいいんだというメッセージを受け、徐々に吃音を受容していく。吃音を隠したり、逃げたりすることが減少する。学校でいじめやからかいにあっても、アサーティブに対応することができるようになる。
 親も、キャンプに入った直後にわが子の吃音をどうとらえるか、私たち独自の吃音評価法の3つのうちのひとつである《吃音についての意識》のチェックをする。キャンプ中にそれがどう変化したか、同一のチェックリストで調べるとかなりの変化がみられた。
 例えば、「どもっていれば、教師やセールスの仕事などつけない」と思っていた親が、できるだろうの項目へと変化する。また、「吃音をどうしても治したい」から、治るにこしたことはないが、どうしてもということではないに変化する。
 親は、将来吃音が治らずとも、明るく前向きに生きる大人のどもる人に出会い、話をする中で、吃音症状に以前のようにはとらわれなくなる。キャンプに来るまでは子どもがどもっている姿を見るのは辛かったが、今は子どもがどもっていても平気でいられるようになったという父親がいた。
 父親が参加することで、家族でどもる子どもたちとかかわる態度が育成される。きょうだいがどもる子どもを理解するのに役立つ。
 どもる子どもと親が、吃音を受容したどもる大人に出会うことによって、将来、吃音が治らずとも、自分なりの人生を歩んでいけることを実感する。具体的なモデルを提示することになる。
 セルフヘルプグループで活動するどもる人と、ことばの教室の教師や言語聴覚士が一体となって、スタッフとして取り組むことによって以上のような成果があがる。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/7/4