島根県聴覚言語障害教育研修会報告 5     

 昼食時に、僕に対しての質問を書いてもらいました。30枚ほどの質問をその場で読んで答えていくのですが、僕はこの時間が一番好きです。自分が伝えたいと思うことをなんとか伝えようとして話すことは、好きというよりは、しなければならないことです。僕がどんな講演も断らないのは、僕には、ことばの教室の担当者や言語聴覚士に伝えたいこと、聞いてもらいたいことがあるからです。しかし、それは必ずしも聞き手の皆さんにとっての聞きたいこととは一致しないかもしれません。ところが、質問紙に書いてあることは、その人が自分の意思で聞きたいと思ったことです。その人が聞きたいから、知りたいから、書いて下さったのです。その人に向かって話すこと、僕は、それが好きなのです。また、その質問は、その人だけでなく、他の人にも役立つと考えているからです。その中で、2つの質問を紹介します。

 「吃音に治療法がなく、治っていない人が多いのは分かりましたが、治したいとの思いをもっている人に、治らないかもしれないと伝えるには、その人との関係性ができてからでないとできないと思います。そのような人と関係性をもつにはどうしたらいいですか」

 これはよく出る質問です。子どもとの、保護者との関係がまだできていない、指導が始まった初期の段階では、「治らない」とは言えないというのです。関係性ができてからと考えていると、なかなか、「今が、そのタイミング」だと見つけるのは、それこそ名人芸の域だと思います。関係性のできていない初期段階で、「吃音を治すことはできないけれど、吃音から受けるマイナスの影響は予防することはできるし、吃音と共に豊かに生きることはできる。そのことを一緒に考え、取り組みましょう」などと、丁寧に話すことはできます。僕の吃音ホットラインという電話相談では、すべてが初対面で、関係性はできていません。その中でも丁寧に説明すればほとんどの人が理解してくれます。その時、「治っていない」という、その人にとってネガティヴな情報は20%で、後の80%は、どもりながらちゃんと生きている子どもや大人がいること、どうしたら吃音に勝たないまでも負けない子どもに育てられるかのヒントは、話すことができます。
 多くの人は、「そのうち成長していけば治る」と小児科医師などから言われたと言います。僕が、「自然治癒」といわれる現象はあるけれど、せいぜい45%程度で、もし自然治癒が75%などと言われたら、それは頭から信じない方がいい。「自然治癒」しないで、どもっていても、問題がないような子育てを考えませんか? と提案すると、多くが賛成してくれます。僕は、僕の書いた本や、親の会が発行するパンフレットを紹介します。そして、困ったとき、何か知りたいときは、いつでも電話して下さいといって吃音ホットラインが終わります。
 専門家として知り得た事実をきちんと伝えること、それがことばの教室の担当者としての役割で、関係性がまだ持てていないと感じても伝える必要があるのです。
 「関係性ができてから伝えるのではなく、事実をきちんと伝えることによって、関係性ができるのです」と締めくくりました。これは僕のゆるぎない立場です。

 これは、1972年、大阪教育大学で学んでいるとき、神山五郎教授が必読の書として紹介していた、ノーベル文学賞受賞者パールバックの「母よ嘆くなかれ」(法政大学出版局)に強く共感したことがベースになっています。僕が読んだ当時とは訳者が変わっていますが、今も出版されているロングングセラーなので、質問をして下さった方に、是非お読み下さいと薦めます。

 僕の一日の講義が終わった後、何人かの人が話しかけてくれました。
 「吃音の話を通して、通級で関わる全ての子どもにもつながることを教えていただいたと思います。その子を信頼し、どもりながらでも、この子はしっかり生きていく、この子はきっと成長し、変わっていくというまなざしで子どもに接し、目には見えなくても子どもの中の芯となる部分を、子ども自身が育てていく手助けができるようになりたいと思いました。「関係性ができてから、相手と話すのか?」の問いは、自分が今悩んでいたことでもあり、「関係性ができているから話すのではなく、話すから関係性ができていく」ということばでした。正直な思いを伝えたいけれど、率直な思いを話すことで、相手が傷つかないだろうか、関係が壊れてしまわないだろうかと、どこか怖さのようなものを感じて踏み込めずにいました。しかし、それをどう受け止めるかは相手次第であり、思いに寄り添いながらも自分の知り得る情報の中で、必要なことを的確に伝えていくことが大切な役割であると改めて気づくことができました。「治したい」「治ると信じている」という保護者に対しては、もっとしっかり対話をしていきたいと感じました。そして、何よりも困難な状況の中でも、ちゃんと生きている人がいるということを忘れず、子どもたちのやりたいことの後押しができる職員になりたいと思いました」

 このような内容のことを話して下さいました。しっかりと伝わったとうれしくなりました。

 もう一つの質問は、次回に回します。


 日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/06/21