オープンダイアローグ どもる子どもとの対話

 僕がしてみたかったのは、オープンダイアローグの手法のひとつ、フィッシュボウル(金魚鉢)・ワークと名づけられた対話の方法です。
 まず、参加者が二重円になり、内側の小さな円には、話したい人が座ります。周囲の大きな円に座っている人は、内側に座った人の話にじっと耳を傾ける人たちです。座る場所は固定ではなく、自由に行き来できます。話したくなったら、内側に入ってきて話をすることもできるし、外側に行って聞くこともできるというものです。出入りのタイミングは自由です。
ちばキャンプ10 フィッシュボール 内側
ちばキャンプ9 フィッシュボール 二重円

 誰が輪の中に入ってもいいのですが、今回は、小学4・5年生に、内側に座る優先権があると伝えました。それは、出たくない子どももいると思ったからです。ことばの教室の教師も入っての話し合いに、子どもも加わってくれればいいと思ったのです。ところが、子どもがさっと移動して、内側の小さな円に座りました。6人の席が埋まってしまったので、そこから、僕と子どもたちの、吃音をめぐる対話がスタートしました。行き先は誰にも分かりません。途中、何が見えるかも分かりません。どんなことが起こるか、分からない旅に出発したようなものでした。
 何を話してもいいよとというところから出発しましたが、子どもたちからは、まず、質問が出てきました。

・日本中に、どもる人は何人くらいいますか。
・実況中継をするアナウンサーの中に、どもる人がいると思うけれど、どう対処しているのだろうか。
・吃音というのは、いつごろから、知られるようになったのか。

 話は、一問一答で終わるものではないので、広がりをもった話し合いの時間になりました。そして、ひとつの大きな話題提供になったのは、小学5年生の男の子の、こんな話でした。

 どもると真似をされて嫌な思いをしたので、なんとかそれをやめてもらおうとして、「真似しないでほしい」とみんなに言いました。ところが、却って、そう言ったことで真似をする子が他にも出てきてしまったのです。もうすぐ新学年が始まりますが、新しい学年になったとき、同じように「真似しないでほしい」と伝えようか、でも、それにより真似した子が増えたことがあるので、どうしようか迷っていると話しました。

 話題提供した子は、担任の先生に、自分の吃音についてみんなに言ってもらいたいと思っているようでした。自分で言うより、先生に言ってもらった方が、みんなは言うことを聞くだろうと思っています。いろいろ話しているうちに、自分で伝えてみてはどうだろうという話も出てきたのですが、話題提供した子には最初その選択肢はないようでした。すると、聞き役の中にいた子が輪の中に入ってきました。

 「僕は、小学2年のときに、自分でクラスのみんなに自分の吃音のことを話した。みんな分かってくれて、それからは真似がなくなった」
 「でも、自分で言ったことで、よけいに真似されたんだよ」
 「それでも、自分で言っていかないとだめだと思うよ。他人任せにしないで」
 膠着状態の時、どもる子どもの保護者が内側に入ってきました。

 「社会に出たら、そういうやつは、一部だけど必ずいる。そんなとき、誰かにやめるよう言ってもらうことはできないよ」
 「でも、真似しないで下さいと自己紹介で言ったら、しばらくしてから、かえって、真似する人が増えた。やっぱり言わない方がいいですか」
 
 「一度起こったことがまた起こるかもしれないと思うかもしれないけれど、試してみないと、やってみないと分からないよ。実験してみようよ」
 「もし、また真似されたら、どうするか、またその時、考えれば」
 「真似してくる子がそれをやめるいい方法はないかなあ」

 ことばの教室の担当者が輪の中に入ってきました。
 「なぜ真似してくるのか、それについて話し合いをしたらどうだろう」
 「真似をすることや、人の嫌がることをするのが好きな人はいる。いじめてやろうと思う人もいる。真似されることがこんなにも嫌なことだということを知らない人もいる」
 「話し合いができたら、お互いの気持ちが分かるでしょう。クラスのみんなに自分のことを言ったときは、言い放しにしないで、どう思ったか感想を書いてもらうといい」
 いろんな話が出ました。

 「そんなに嫌な思いをしているのに、君を、休まずに学校へ行かせているものは何ですか」
 「真似する子は多くない。仲のいい友だちもたくさんいるから」
 「それなら、そんな数少ない嫌な子のために傷つくのは損じゃないかなあ」
 「うーん」

 「真似する子がいるのは、仕方がない。真似してくる子のために、こちらが嫌な思いをして傷つくことはない。自分のやりたいことや好きなことを一生懸命して楽しく生活することの方がいいんじゃないの」
 
 僕が「実験してみないと分からない」と言ったことに反応してくれたのが、女子の一人でした。翌日の彼女の作文のタイトルは、「試してみないと分からない」でした。そのときどきに響くことばはそれぞれなのでしょう。

 内側に座った子どもたちの多くは、外に出ることなく内側に座っていました。そのためか、遠慮したのか、外側の人が内側に入ってくることがあまりなかったのは、少し残念でしたが、途中休憩なしで、2時間、ぶっ続けでの子どもとの対話はとてもおもしろかったです。保護者もことばの教室の担当者も、子どもたちがこれだけ語るのだということを目の前で見て、驚いていました。
 どもる子どもたちには、これだけ語ることがあるということなのでしょう。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2018/4/2