「フランケンシュタインの誘惑」を見ました

 NHK BSプレミアムの 「フランケンシュタインの誘惑ーモンスター研究」を 見ました。
 人体実験の生存者が91歳であることを考えると、今、このモンスター研究を紹介した意義は、今後このようなことが、決して行われないようにとの決意や監視の意味でも、大きいと思います。

 ただ、胸のざわつきが大きかったことは書いておきたいと思いました。

 この研究については、2002年3月に日本吃音臨床研究会のニュースレターで、「マーキューリー・ニュース」紙「ワシントンポスト」紙などを中心にした編集で紹介しました。文字で読むのと、映像で見るのとは格段に違いました。映像として再現、表現されると、あの実験のおぞましさがリアルに伝わってきます。胸が悪くなる、決してあってはならない実験でした。
 ご覧になった方はどのような感想をもたれたでしょうか。

 僕もいろいろな思いがわきました。おそらくジョンソンへの強い憤りは誰もが感じるでしょうが、おそらくあまり指摘されないであろう、僕の思いだけを書きたいと思います。
 
 NHKの放送の冒頭、ノーベル平和賞のマララさんの感動、ヒットラーの扇動、オバマ大統領の広島で被爆者との絆をつくるのスピーチの映像で「人のこころを動かすことばの力」を紹介し、「もし、そのことばの力を奪われるとしたら」の表現に、僕はとても強い違和感をもちました。

 ジョンソンの非人道的な研究は、どんなに批判しても批判したりないくらいですが、その一方で、人体実験をされ、吃音になった人の悲劇を強調するあまり、「吃音の悲劇」が浮き彫りになり過ぎました。どんな原因かはわかりませんが、僕たちはどもるようになりました。今、現にどもっている子ども、大人は、「ことばを奪われた」悲劇的な子ども、悲劇的な人でしょうか。 

 91歳の生存者が「他の子どもに、こんなつらい経験をさせたくない」と言った経験は、実験の経験なのか、吃音の経験なのかは分かりませんが、あの文脈の中では、「考古学者になる夢があったのに、言葉も、夢も奪われた」ことになるのでしょう。胸が痛いです。

 今は、絶版になり、古本や、図書館にしかないだろう僕の本『吃音と上手につきあうための 吃音相談室』(芳賀書店・1999年)に、どもる子どものお母さんからの手紙への返信として、診断起因説の功罪を書きました。このモンスター研究を当時知っていたら、どんな文章に変わっていたでしょうか。前にも紹介しましたが、もう一度、診断起因説の部分だけ採録します。

 2.ジョンソンの診断起因説

 「吃音はお母さんが作る」となぜ言われたのか、吃音の原因として、この考え方を信じる人は少なくなりましたが、吃音を考えるヒントは得られますので知っておくとよいでしょう。アメリカの言語病理学者で、その研究成果が世界的に認められているウェンデル・ジョンソン博士を中心に、心理学・医学・教育学などの専門家が1934年から1959年にかけて大がかりな調査・研究を行いました。
 子どもを吃音と考えている母親とその子どもの群(A群)、そうでない母親とその子どもの群(B群)とを比較して、どこが違うかを調べました。子どもには心理テストや医学的な検査などで心と体の働きやことばの状態を、母親には性格テストや子どもの話しことばに対する意識や態度などを調べました。

子どもについての比較
○ことばをつっかえる量やつっかえ方にはほとんど差がない。
○性格的、身体的な差は全くない。

母親についての比較
○子どもの吃音を気にし始めるのは3才前後が多く、それを最初に発見するのは、ほとんどの場合、母親である。
〇A群の母親はB群の母親に比べ、子どもの発達や行動、特にことばの面での期待が少し高い。

 この結果からジョンソンは、診断起因説を次のように説明しました。
 『吃音の子どもは、心も体も異常はない。3才の頃にはよくみられる、流暢でない話し方をA群の母親はどもると考え、B群の母親はごく普通の話し方と考えている。子どもの話し方に《吃音》とレッテルを貼るのが吃音の子のお母さんだ。《吃音》と診断された後から吃音が起こる』

3.ジョンソンのアドバイスの功罪

 ジョンソンはこの説をもとにして、次のようなアドバイスをしています。
○自分のことばの異常を気にするような、注意を向けさせてはいけません。そのために《吃音》というレッテルを貼ったり、「言い直してごらん」「もっとゆっくり言ってごらん」などと言ってはいけません。
○子どもが喜んで話したくなるようなよい聞き手になって下さい。
○子どものことばに寛大になって下さい。
 どう接してよいか分からなかったお母さんに、これらのアドバイスは大きな勇気を与えました。どもるたびに嫌な顔をされたり注意されてきた子どもも、話す時のプレッシャーから解放されました。しかし、この説がよい影響ばかりを与えたわけではありません。

 これまでの育児態度を頭ごなしに責められ、自分がこの子の《吃音》を作ったのだと自責の念にかられ、育児に自信をなくした人。当然躾けなければならないこともつい甘やかしてしまい、子どもがひとりでは何もできなくなったという人。また、成人になってからお母さんのせいだと責められた人もいました。
 「吃音を作るのはお母さんだ」とは言えません。18才の子どもから、吃音矯正所に行きたいと言われ、初めて自分の子どもが吃音だと知ったなど、お母さんが吃音だと診断していない例は少なくないのです。どうか《私が悪い》とご自分を責めないで下さい。たとえ、反省することがあったとしても、お母さんなりに子どもの幸せを願って努力してこられたのです。いたずらに過去を振り返るより、これから子どもとどう関わればよいかを考えましょう。
  『吃音と上手につきあうための 吃音相談室』(芳賀書店・1999年) p36〜 p41

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2018/01/17