「フランケンシャタインの誘惑」
NHK BSプレミアム 午後10時〜11時

 「フランケンシャタインの誘惑」の担当デッレクターから連絡がありました。昨年の10月、東京でお会いして、ウェンデル・ジョンソンについての僕の評価や、この研究についていろいろと話をしました。その時、現在の吃音についても取材をされる予定でしたが、今回は「モンスター研究」にだけ焦点があてられたようです。筋書きは資料でお送りいただきましたが、映像としてどうなっているか、とても楽しみです。吃音だけでなく、臨床心理学、精神医学、教育、など多くの人に見ていただきたいと思います。 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二



その後、連絡も差し上げず申し訳有りません。
「モンスタースタディー」が、ようやく完成しました。
あれから12月アメリカに取材。ジョンソンの弟子筋に当たる2人の博士、そして、被験者の唯一の生き残りの人に取材してきました。
番組の見せ方もあり、ジョンソンを悪者にしすぎの部分はありますが、全体としては上手くまとまっているのではないかとおもっています。
放送は、1月25日(木)BSプレミアム 22:00〜です。
お時間があればぜひご覧ください。
 2018年1月22日


診断起因説秘話
                日本吃音臨床研究会 代表 伊藤伸二

 ウェンデル・ジョンソンの『診断起因説』ほど、数ある吃音学説の中で、有名なものはない。単一の原因論としては現在では否定されているものの、当時としては革命的なものであり、現在も少なからず影響を与えている理論でもある。
 聞き手への認識を高めたこと、吃る子どもにどう接すればいいか悩んでいた母親に、少なくともマイナスのかかわりを止めさせた点で大いに貢献したと言える。

 その学説が、倫理的にあってはならない実験によってなされたものだという、衝撃的な真実が65年の歳月を経て、明らかにされた。資料の保管のよさ、粘り強いジャーナリストの熱意に驚かされる。
 ウェンデル・ジョンソンの研究が、『モンスター研究』と呼ばれ、人体実験とも批判されるのは、当然のことだろう。ジョンソン本人も、それが悪いことだったと認識したから、その実験を隠そうとしたのだろう。実際に実験を担当した大学院生、被験者に大きな傷を与えたことには疑いがない。
 ジョンソンと同じように吃音に苦しんできた、吃音の当事者の私が、このジャーナリスティックに展開される秘話に触れて、どう感じたかを述べたい。

 まず、被験者の反応だ。報告があまりに長文であったために、全ては紹介できていないのだが、実験をそれとは知らずに受けて、吃る人としての人生を送った人の感想がいくつも紹介されている。その人たちは一様にその実験を知り、驚き、実験者を恨み、現在の不本意な状態を嘆いている。被害を受けた当事者としては当然の思いだろうが、ジャーナリストとしては、このような非道な実験がなされ、このような悲劇が起こったと、センセーショナルに扱いたくなるのだろう。

 「私は、科学者にも大統領にもなれたが…」と、吃音のために、いかに大きな損失を被り、人間関係を閉ざされたことが紹介されている。私にはそれが痛い。

 本来、吃音にならなかった人が、ジョンソンのために吃音になり、吃っていたために人生で大きな損失を被ったと、ジャーナリズムが被験者の悲劇性を強調すればするほど、今現に、ジョンソンのせいではなく、どのような原因かは分からないが、吃って生きている人がみんな悲劇の人となってしまう印象を与える。そもそも、吃音はそんなに忌むべきものなのか。
 「吃っているあなたのままでいい」と心底思い、自分自身へも、吃る人、吃る子どもたちへもメッセージを送り続け、吃音と共に生きてきた人生を、とてもいとおしく思う今の私にとって、吃音へのこの強い否定的なメッセージは、胸苦しさを覚えるのだ。
 吃音になったからといって、それがマイナスの人生になるとは限らないのだ。

 あとひとつ。実験のつもりではなくても、ジョンソンの実験に似たようなことが、無自覚に、一般的に行われていないか、ということである。
 「そのうちに治りますから心配しないで。吃音を意識させるのが一番いけないから、吃っていても知らんぷりしていなさい」
 このアドバイスは、ジョンソンの原因論からくるひとつの弊害だと私は思っているが、現在でも児童相談所や保健所などで言われている。そのうち治ると言われ、吃っているのを見て見ぬふりをして、ひたすら治るのを待ったが、中学生や高校生になっても治らないがどうしたらいいか、という相談が最近実に多い。

 何の根拠もないのに、安易に、「そのうちに治ります。吃音のほとんどは一過性のものだ」と言い切る臨床心理や教育の専門家の意見を新聞や雑誌等で現在でも見受ける。治ると信じていたのだろう。子どもの頃に吃音に一切向き合うことなくきたために、波乱の思春期に問題が吹き出す。そうなってから、吃音と直面せざるを得ないのは、難しいことだ。こうして、吃音に悩み、戸惑う人と接すると、「モンスター研究」と似たようなものを感じてしまうのだ。
 「吃音は必ず治る」と、多額の器具を売りつけたり、書物などで自己の吃音治療法を紹介しながら、実際は効果がない場合もそうだ。その宣伝を固く信じたが、吃音が治らずに悩みを深める。ジョンソンの被験者のように現在の不本意な生活を嘆く人がいる。この現実を暴いてくれるジャーナリストはいないのだろうか。

 吃音でよかったとまでは言わないけれど、「吃っていては決して有意義な、楽しい人生は送れない」とする考え方に、「吃っていても決して悪い人生ではない。自分の人生に、吃音というテーマを与えられたことであり、一緒に考え、取り組むことができる。自分の人生は自分で生きよう」と、私は言い続けたいのだと、ジョンソンの秘話に接して改めて思った。

  日本吃音臨床研究会 月刊紙 「スタタリング・ナウ」2002.3.16 NO.91


 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2018/01/25