「フランケンシュタインの誘惑 科学史の闇の事件簿」
        2018年1月25日(木曜日) 午後10時から放送 
   

 NHK BS放送のBSプレミアムに「フランケンシュタインの誘惑 科学史の闇の事件簿」という番組があります。その番組で、「吃音は母親の耳から始まる」とした、吃音の原因論としては一番有名で、影響力をもった「診断断起因説」で有名な、ウェンデル・ジョンソンが取り上げられます。診断起因説はその名の通り、子どもが言語発達の過程の中で、多くの子どもがみせる「非流暢性」、つまりどもっているような話し方を「これはどもりだ」と診断して、将来を心配し、不安に思い始めることで、本物のどもりになるというもので、「母親がどもりをつくる」と、母親の育て方を問題としたものです。その結果、日本でも、保健所や児童相談所などで、母親の育て方が問題視されました。原因論としてのこの説は、現在否定されていますが、その説を証明するために、「モンスター研究」と言われる、人体実験のようなことが行われました。
 企画した、NHKの担当ディレクターから相談を受けたのは、昨年の10月ですが、東京で会い、2時間以上、吃音についていろいろと話しました。当初は、吃音の原因論としての診断起因説だけでなく、最近の吃音事情についても取り上げる予定のようでした。取材することばの教室も紹介したのですが、予算その他の事情で、ジョンソンの人体実験ともいえるモンスター研究のみが取り上げられるようです。どのような番組になるか、大体のアウトラインはディレクターから送っていただいたのですが、まだ放送されていないので、紹介はできません。代わりに、「診断起因説の秘話」について、2002年に日本吃音臨床研究会の月刊紙『スタタリング・ナウ』で紹介した記事がありますので紹介します。
 
     診断起因説秘話
                日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
2002.3.16
 
 ウェンデル・ジョンソンの『診断起因説』ほど、数ある吃音学説の中で、有名なものはない。単一の原因論としては現在では否定されているものの、当時としては革命的なものであり、現在も少なからず影響を与えている理論でもある。
 聞き手への認識を高めたこと、どもる子どもにどう接すればいいか悩んでいた母親に、少なくともマイナスのかかわりを止めさせた点で大いに貢献したと言える。
 その学説が、倫理的にあってはならない実験によってなされたものだという、衝撃的な真実が65年の歳月を経て、明らかにされた。資料の保管のよさ、粘り強いジャーナリストの熱意に驚かされる。
 ウェンデル・ジョンソンの研究が、『モンスター研究』と呼ばれ、人体実験とも批判されるのは、当然のことだろう。ジョンソン本人も、それが悪いことだったと認識したから、その実験を隠そうとしたのだろう。実際に実験を担当した大学院生、被験者に大きな傷を与えたことには疑いがない。
 ジョンソンと同じように吃音に苦しんできた、吃音の当事者の私が、このジャーナリスティックに展開される秘話に触れて、どう感じたかを述べたい。
 まず、被験者の反応だ。報告があまりに長文であったために、全ては紹介できていないのだが、実験をそれとは知らずに受けて、どもる人としての人生を送った人の感想がいくつも紹介されている。その人たちは一様にその実験を知り、驚き、実験者を恨み、現在の不本意な状態を嘆いている。被害を受けた当事者としては当然の思いだろうが、ジャーナリストとしては、このような非道な実験がなされ、このような悲劇が起こったと、センセーショナルに扱いたくなるのだろう。
 「私は、科学者にも大統領にもなれたが…」と、吃音のために、いかに大きな損失を被り、人間関係を閉ざされたことが紹介されている。私にはそれが痛い。
 本来、吃音にならなかった人が、ジョンソンのために吃音になり、どもっていたために人生で大きな損失を被ったと、ジャーナリズムが被験者の悲劇性を強調すればするほど、今現に、ジョンソンのせいではなく、どのような原因かは分からないが、どもって生きている人がみんな悲劇の人となってしまう印象を与える。そもそも、吃音はそんなに忌むべきものなのか。
 「どもっているあなたのままでいい」と心底思い、自分自身へも、どもる人、どもる子どもたちへもメッセージを送り続け、吃音と共に生きてきた人生を、とてもいとおしく思う今の私にとって、吃音へのこの強い否定的なメッセージは、胸苦しさを覚えるのだ。
 吃音になったからといって、それがマイナスの人生になるとは限らないのだ。
 あとひとつ。実験のつもりではなくても、ジョンソンの実験に似たようなことが、無自覚に、一般的に行われていないか、ということである。
 「そのうちに治りますから心配しないで。吃音を意識させるのが一番いけないから、どもっていても知らんぷりしていなさい」
 このアドバイスは、ジョンソンの原因論からくるひとつの弊害だと私は思っているが、現在でも児童相談所や保健所などで言われている。そのうち治ると言われ、どもっているのを見て見ぬふりをして、ひたすら治るのを待ったが、中学生や高校生になっても治らないがどうしたらいいか、という相談が最近実に多い。
 何の根拠もないのに、安易に、「そのうちに治ります。吃音のほとんどは一過性のものだ」と言い切る臨床心理や教育の専門家の意見を新聞や雑誌等で現在でも見受ける。治ると信じていたのだろう。子どもの頃に吃音に一切向き合うことなくきたために、波乱の思春期に問題が吹き出す。そうなってから、吃音と直面せざるを得ないのは、難しいことだ。こうして、吃音に悩み、戸惑う人と接すると、「モンスター研究」と似たようなものを感じてしまうのだ。
 「吃音は必ず治る」と、多額の器具を売りつけたり、書物などで自己の吃音治療法を紹介しながら、実際は効果がない場合もそうだ。その宣伝を固く信じたが、吃音が治らずに悩みを深める。ジョンソンの被験者のように現在の不本意な生活を嘆く人がいる。この現実を暴いてくれるジャーナリストはいないのだろうか。
 吃音でよかったとまでは言わないけれど、「どもっていては決して有意義な、楽しい人生は送れない」とする考え方に、「どもっていても決して悪い人生ではない。自分の人生に、吃音というテーマを与えられたことであり、一緒に考え、取り組むことができる。自分の人生は自分で生きよう」と、私は言い続けたいのだと、ジョンソンの秘話に接して改めて思った。
 日本吃音臨床研究会 月刊紙 「スタタリング・ナウ」2002.3.16 NO.91

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2018/01/17