岡山キャンプの保護者からの質問はまだあり、それについての話をした後、用意していた、ポジティヴ心理学について話しました。保護者への講演はこれくらいにして、岡山では定番となっている、子どもたちへの僕の話に入ります。  
 午後は、子どもたちとの時間でした。はじめに、築山さんが、子どもたちに、僕の紹介をしてくれました。

 「日本で初めて、吃音があって何が悪い、吃音があっても、そのまま生きていけばいいじゃないかと、吃音者宣言を作った、えらい先生です。吃音について思ってきたこと、考えてきたことを話してもらいます」

 ちょっと恥ずかしいけれど、うれしい紹介でした。
 子どもたちにこう語りかけました。
 「僕はえらい人ではないけれど、どもりの名人です。なぜ僕は、どもりの名人だと自分で言っていると思いますか」と問いかけて、子どもたちに想像してもらいました。

・「えーと、えーと」と言うから。
・どもりをはじめは気にしてたかもしれないけど、後から気にしなくなったから。
 
 これくらいなら、参加しているみんなも、すぐ名人になれます。これは時々、ことばの教室のグループ学習などても聞くことがありますが、中にはとても納得のいく答えが出ることがあります。もうちょっと何かないかなと聞きましたが、出てきませんでした。
 
 「僕は、50年以上も前からどもりのことばかり考えてきました。世界で一番どもりについて考え、一番たくさんどもる人に会い、一番たくさんどもる子どもと会ってきたと思っています。そして、僕はどもっても平気で、どんな場でも話します。そして、どもることを楽しんでいます。これが、僕がどもり名人だという理由です」
 このようなことを話しました。

 「今年の8月に、滋賀県で第28回吃音親子サマーキャンプがあって、僕は4年生の子どもたちの話し合いのグループに参加しました。そこで、どもることでからかわれたり笑われたり、真似をされたりして、とても嫌だと、みんなが言いました」と、言った瞬間、ひとりの男の子が「そう?」と不思議そうに言いました。「そう?」と思う子もいるのです。それを受けて、僕は、「どもってからかわれたり笑われたりしても、別に平気なときもあるし、すごく嫌だなあと思って悩むときもあると思うけれど、どうですか」と尋ねました。「ある」「平気なときが多い」という答えが返ってきました。そこで、「平気なときっていうのは、どういうときか。考えてほしい」と言いました。実は、この質問をサマーキャンプのときもしたのですが、難しくて、なかなか子どもたちから答えが出てこなかったのです。

・いらついていないときは平気だし、いらついているときは平気じゃない。

 どもること以外のことで、いらついているときや気持ちが落ち着かないときは、どもることをからかわれたり笑われたりすると、すごく嫌だけど、そうじゃないときは、まあ大丈夫ということらしいです。

・失敗したって自分で思ってないとき。
・友だちがはじめから分かってくれていたら、いい。

 周りの人が自分のどもりのことを知っていて、理解してくれていると分かったときは、平気だということでした。

・話す話題が多いとき。
・ほかにどもる子ども、仲間がいたら平気。他の子もがんばっていると思ったらがんばれる。

 一所懸命考えていた子どもたちでした。
 なぜ、こんな話題を出して、子どもたちに考えてもらったのかというと、それは、1975年にさかのぼります。この年、僕は、全国をずっと回って、吃音相談会・講演会をしました。35都道府県38会場で、その土地のことばの教室の先生が、会場を探して広報してくれました。そのとき、どもるための苦しみ、悩みをたくさん聞きましたが、同時に、どもる人やどもる子どもが、悩みをどう乗り越えてきたかについてもたくさん話を聞いたのです。「どもる子ども、どもる人の悩みの実態調査」もしました。多くの人に聞いてみたら、すごくどもっていても、平気だったときがあると言いました。僕は、自分がどもっていてつらく、すごく悩んでいたので、どもる人はみんな悩み苦しんでいると思っていたのですが、そうではないときもあったという話は衝撃的でした。
 なぜそうなのかと聞いたら、からかったり笑ったりする子もいたけれど、クラスに友だちがいっぱいいた、特に仲のいい友だちがいた、熱中して何かに打ち込むことがあった、スポーツが好きでがんばっていた、と言いました。つまり、人間関係がすごくよかったから、好きなものがあったから、気分が幸せだったからだというのです。幸せなときは、からかわれても、幸せな気分の方が大きくて、平気だったというのです。それを聞いて、自分のことを振り返ってみると、僕も、どもりに悩んでいたけど、なんとか学校へ行くことができていました。どもるしんどさはあったけれど、なんとかしのいで学校に行っていたのです。それは、僕に大好きなこと、熱中することがあったからです。本が大好きだったし、映画を見るのが好きでした。そういう自分が好きなものがあったから、どもりに悩みはしたけれど、それなりに学校に行くことはできたのだと気づきました。

 話を少し変えて、将来、大人になって、なりたい仕事ってあるか聞いてみました。それぞれ、看護師、ユーチューバー、飛行機のパイロット、アイドル、卓球の選手、ケーキやさん、デザイナー、野球の選手、水泳の選手、バスケットの選手、将棋の棋士など、夢があるようです。そこで、僕は、今年の吃音親子サマーキャンプに来てくれた消防士の兵頭君の話をしました。
 消防士になりたいが、どもっていて消防士になれるだろうかと相談してきた兵頭君に、僕は、本当になりたいんだったら、なったらいいと言いました。彼は、試験を受けて消防学校に入ったけれど、「そんなにどもっていて、市民の命が守れるのか」と言われた。僕だったらやめてしまうかもしれないけれど、彼はがんばって消防士になった。彼ががんばったのは、なぜだろうか、みんなに考えてもらいました。
 子どもたちの答えです。

・将来の夢が消防士だったから、どもるとかどもらないとかそれ以上に、将来の夢がしっかりしていたから、耐えて、がまんできたと思う。
・この仕事には絶対就きたいと思う気持ちが強かったから。
・吃音というコンプレックスより、やるという気持ちの方が勝ったから。
・吃音があったけれど、夢に向かってがんばっていたから。

 自分と重ね合わせて考えた子どもたちに、僕は、次のようなことを付け足して、話しました。

 「彼には、同じようにどもりながら、がんばっている友だちがいた。どもりながらがんばっている先輩や相談できる人がいた。ひとりで悩んでいたら、消防士になっていなかったかもしれない。周りに仲間がいたこと、大人の先輩に相談したことが大きかったと思う。これから、困ったり、悩んだりしたら、おうちの人、友だち、先輩、ことばの教室の先生など、誰でもいいから、誰かに相談してほしい。みんなにはそれぞれ夢があるし、いろんな仕事に就くことができると思う。僕も、どもりに悩んでいたときは幸せな気持ちにはなれなかったけど、どもる自分を認めて、どもる覚悟ができてからは、どもりについて勉強して、友だちもたくさんできた。世界中のどもる人に会いたいと思って世界大会を開いて、国際吃音連盟をつくって、幸せに生きてきた。きっとみんなも、どもることで嫌なこと、つらいことがあるかもしれないけれど、何か好きなもの、熱中できるものをみつけ、友だちや信頼して相談できる大人をみつけて、それを自分の財産にして持っていてほしい」

 子どもたちにとっては、ちょっと難しかったかもしれません。でも、こうして、考え続けること、問いかけに対して、一所懸命答えようとすることで、それが刺激となり、考える習慣となるでしょう。どもる子どもには、吃音について、自分について、一所懸命考えてほしいと思います。大人を交えて、対等に考える中で、自分の生き方をみつけていってほしいと願っています。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2018/1/13