第37回日本特殊教育学会
     吃音親子サマーキャンプ10年を報告して批判を受ける

 もう、18年前になります。北海道で行われた第37回日本特殊教育学会で、僕は、吃音親子サマーキャンプ10年の実践報告と題した発表をしました。
「吃音を治す、改善する」ことを目指した、訓練的なキャンプではなく、「吃音を肯定的にとらえる」ことを目指したキャンプだと報告しました。すると、吃音分科会の二人の座長が、示し合わせたように僕を強烈に批判しました。吃音は治せるのに、治そうとしないで、「吃音と共に生きる」ことを目指すのは、危険思想だというのです。「それでは、あなたたちは治せるのですか」と反論したのですが、それが油を注いだようで、僕にはとうてい理解できない論理で、大勢の参加者の前でさらに批判されました。内須川洸筑波大学教授や僕を氷解してくれている研究者も同席しています。

 良い機会だと思って、大勢の参加者の前で議論ができればと、私は覚悟を決めました。発表予定者のひとりが体調を理由にキャンセルしたために、時間はたっぷりとありました。にもかかわらず、座長権限で、一方的に批判されたまま、何を批判されたのかもわからないままに、吃音分科会は終了を宣言されてしまいました。不思議な経験でした。

 「吃音は治せる」というのは、後で考えれば、どもりはじめの幼児吃音のことを指してのことだったのかと思います。確かに、幼児吃音の場合は、小学入学時までなら、45パーセント程度が、指導も何もしなくても自然に消失(自然治癒)します。かつては、自然治癒は80パーセントと言われた時代が長く続き、今でも、70パーセントと主張する人もいます。

 しかし、学童期になると自然消失は極めて少なく、「治っていない」場合がほとんどなのです。幼児吃音を頭に入れて「自然に治る、ちょっとした訓練で改善する」と言われても、学童期の子どもにはあてはまらないのです。吃音親子サマーキャンプは、その学童期・思春期の子どものためのものなので、「治す、改善する」の副作用を熟知している僕たちは、「治す、改善する」にとらわれず、吃音と共にいかに楽しく生きるか、吃音がマイナスに影響しないで生活できるようになるかを目指していたのです。結果として吃音は変わっていくのも事実なのですが。

 今でも、18年前と変わらない批判が僕たちに寄せられています。何も変わっていかない吃音の世界ですが、それでも、今年、28回目のキャンプが終わりました。たくさんの子どもたちが、幸せに生きることができるようになっています。キャンプり卒業生が様々な仕事について活躍しています。その成果を、僕を批判している人たちは、無視し続けるのでしょうか。

 日本特殊教育学会の予稿集に掲載された文章を紹介します。
なお、論文の中に、「吃音児」「吃音者」「吃る」ということばが出てきます。今は、これらのことばを使わなくなりましたが、18年前は使っていました。原文のまま、紹介します。

 
日本特殊教育学会  言語障害6-7
          吃音親子サマーキャンプ10年の実践報告
                       伊藤伸二 (日本吃音臨床研究会)
              key words: 学童吃音、親指導、セルフヘルプグループ

はじめに
 思春期および思春期以降の吃音者が、高校・大学に行けなくなる。就職した後、厳しい現実の社会生活の中で、吃音に悩み、仕事場に行けなくなる。このようなケースが最近増えてきた。小学生の不登校も増えている。
 これらの場合、学齢期から思春期にかけて、吃音の話題を避け、吃音と直面せずにきた人が多い。吃音を否定し、隠し、話すことを避けてきた筆者の内省から、学齢期に、吃音をオープンに話題にし、早期に自らの吃音と直面する必要性を考えてきた。早期に吃音と直面し、吃音と共に生きる自覚を持つために、10年間、吃音児のためのキャンプに取り組んできた。その第9回のキャンプの概要を紹介しよう。

概要
 1998年8月21・22・23日2泊3日で行われ、吃音児、吃音児をもつ両親、公立小学校言語障害学級教師、スピーチセラピスト、成人吃音者など91名が参加した。

目的
 子どもたちは、吃音について自分のことばで話し、自分の悩みや苦しみを真剣に聞いてもらう経験がない。また、同年齢の吃音児だけでなく、成人の吃音者とも会っていない。自分ひとりが悩んでいると思っている。吃音と共に生きる道を探るにはこのことが必要なのである。早期にそれらのことができれば、吃音と直面し、吃音を受容し、吃音から大きなマイナスの影響を受けずに生きることができる。吃音症状の早期治療ではなく、早期受容のために、小学校1年生からの子どもを対象にしたサマーキャンプを開く。

活動
◇吃音についてのオープンな話し合い
 吃音に直面するとは、吃音の症状への直面ではない。自分の吃音をどう考えているか、どのような影響を受けているかに向き合うことだ。吃って笑われたり、いじめられたりした経験や、したいことで、しなかったことがあるか、もし吃音が治らなかったらどうするか、将来の仕事などについて話し合う。
 学齢期の低学年、中学年、高学年グループ。中学生、高校生とグループなどに分かれてグループで話し合うが、ひとりの吃音者とことばの教室の教師がファシリテーターとして加わる。初めて吃音について話したという子どもが多いのは、これまで、家庭でも、学校でも、吃音についての話題が避けられてきたためである。子どもたちは実によく話し、他人の体験に耳を傾ける。また、作文を通して自分を語る。
◇からだとことばのレッスンと、表現としての演劇
 吃音児の声は小さく、不明瞭で、相手に届くものでないことが多い。また、からだの緊張が大きく、かたい。からだとことばのレッスンで知られる竹内敏晴にスタッフが、キャンプで取り組む劇について、演出、指導を受ける。からだとことばのレッスンと合わせて、キャンプで子どもたちと劇に取り組む。宮沢賢治のセロ弾きのゴーシュなど子どもたちが興味をもって取り組める演題が選ばれる。症状にアプローチするのではなく、吃音児のからだや声にアプローチし、相手に向き合うからだをつくり、相手に届く声が出るよう、生きる力となる声が出るよう指導する。
 吃音児の中には、学校生活の中で、吃るがゆえに、せりふの少ない役や裏方の仕事をしてきたという子どもは少なくない。吃りながらも人前で演じることの楽しさを知ってもらい、声を出す喜びを味わう。吃ってもいいという雰囲気の中で、演劇に取り組むことで、表現力をつける。登場人物になりきって、動作をつけながら、楽しく演じる中で、かたくこわばっていたからだがリラックスし、細かった声が張りのある生き生きとした声に変わっていく。
◇親の学習会
 吃音児がグループの中で話し合いをしているとき、親もグループを作り、話し合う。子どもの吃音について不安に思っていることや、悩みや困っていることを話す。子どもと同様、親も仲間と出会い、自分だけが悩んでいるのではないと実感する。その中で出てきた問題を解決するために、交流分析、アサーティブ・トレーニング、論理療法などを活用した学習会をもつ。

成果
「高校生も吃っていたな。僕も吃っていいの?」(7歳)
「何でどもりになったのかという暗い気持ちから、どもりでよかったという明るい気持ちになった」(10歳)
「2年の頃、よくからかわれたり、真似をされ泣いて帰ったが、3年生の時、キャンプに参加して、吃ってもいいんだと分かってから、発表ができるようになった。からかわれたら、「それがどうしたんだ」と言い返します。(10歳)
 吃音児は、吃ってもいいんだというメッセージを受け、徐々に吃音を受容していく。吃音を隠したり、逃げたりすることが減少する。学校でいじめやからかいにあっても、アサーティブに対応することができるようになる。
 親も、キャンプに入った直後にわが子の吃音をどうとらえるか、私たち独自の吃音評価法の3つのうちのひとつである吃音についての意識のチェックをする。キャンプ中にそれがどう変化したか、同一のチェックリストで調べるとかなりの変化がみられる。
 例えば、「吃音であれば、教師やセールスの仕事などつけない」と思っていた親が、できるだろうの項目へと変化する。また、「吃音をどうしても治したい」から、治るにこしたことはないが、どうしてもということではないに変化する。
 親は、将来吃音が治らずとも、明るく前向きに生きる成人吃音者と出会い、話をする中で、吃音症状に以前のようにはとらわれなくなる。キャンプに来るまでは子どもが吃っている姿を見るのは辛かったが、今は子どもが吃っていても平気でいられるようになったという父親がいた。
 父親が参加することで、家族で吃音児とかかわる態度が育成される。兄弟姉妹が吃音児を理解するのに役立つ。
 吃音児と親が、吃音を受容した吃音者に出会うことによって、将来、吃音が治らずとも、自分なりの人生を歩んでいけることを実感する。具体的なモデルを提示することになる。
 セルフヘルプ・グループで活動する吃音者と、ことばの教室の教師やスピーチセラピストが一体となって、スタッフとして取り組むことによって以上のような成果があがる。
                            ITO Shinji
                    
 日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二 2017/09/07