自己内対話と、自分の声・ことばに向き合う


 吃音親子サマーキャンプ2日目の朝。毎年、流れる朝の放送が流れません。
 数年前までは、この音楽なら誰でも絶対起きるだろうというほどの、にぎやかな曲が流れていましたが、少し前からさわやかな曲に変わりました。それが流れません。警備員の人が「おかしいな、音が鳴らない」とあちこち触ってくれましたが、一向に出ません。桑田省吾さんと相談して、桑田さんの放送で朝の集いをすることにしました。

 奥村寿英さんが前に出て、かけ声でラジオ体操が始まりました。しかし、どこからか、ラジオ体操の音楽が聞こえてきます。小さい頃から慣れ親しんだ曲なので、口ずさみ始める人が現れ、それなりの音量になりました。歌いながらの体操でした。

 朝食の後、テーブルの上に手早くロール紙を敷き詰め、食堂が文章教室に早変わりしました。毎年のことながら、手際よいスタッフに感謝です。
 同じころ、しゃくなげの部屋では、ウォークラリーのときに配るおやつの小分けをしてくれています。
 いつも、このおやつを買うのに悩みます。個装されているものを買うのですが、全体のグラム数は書いてあっても、1袋に何個入っているのか分からず、袋を手探りしてだいたいの個数を想像して買っています。人数が多いので、同じものを8袋、10袋とスーパーのかごに入れていきます。毎年恒例の買い物風景です。

 文章教室に早変わりした食堂に、みんな筆記用具を持って集まってきます。作文が始まりました。
 「どもりについて作文を書きます。どもりに関係することで一番よく覚えていることひとつにしぼって書きます。ふさわしいタイトルもつけましょう。書けたら持ってきて下さい。読ませてもらって、ちょっと足りないなということがあったら、書き足したり、書き直したりしてもらいます。昨日の夜は、みんなでどもりについて話し合いました。今日、これからの時間は、ひとりで自分のどもりについて向き合う時間です」だいたい、こんなことを言います。

 作文が苦手で、もし、何も書けなかったとしても、書けない自分に向き合う時間になってくれたらいいと思っています。

 「では、始めましょう」の合図で、静かになり、鉛筆の音だけが聞こえてきます。毎年思いますが、100人以上の人が一斉に原稿用紙に向かっている光景は、なんともいえないものです。話し合いでは、同じグループの人と対話をしますが、この作文の時間は、ひとりで自己内対話をします。
作文教室  作文が終わると、昨日に引き続いて2回目の話し合いです。さきほど書いた作文の話題から始めるグループも、昨晩出ていた宿題から始めるグループもあります。話し合い、作文、話し合い、と2日にわたって、サンドイッチになっているこのプログラムは絶妙だと、密かに僕は思っています。

 今年の高校生グループは、直前に1人キャンセルがありましたが、それでも全員で11人。話し合いのグループとしては、ちょっと多すぎると思いましたが、高校生同士のつながりも大事にしたいと思い、とりあえず、11人全員で話し合いを始めてもらいました。
 2回目の話し合いは、少しの時間、3、4人の小グループに分かれて話し合いをし、最後には、また、全員に戻って話し合ったと聞きました。それは、高校生が、グループ分けも含めて自分たちで決めたそうです。話したいテーマを決め、話し合う小さいグループを決め、全体に戻すという構成も自分たちで決めたとのこと。
 そして、「サマキャンに来て変わったこと」というタイトルで、寄せ書きのように、大きな紙に自分のことを振り返って記入していました。しっかりと自分をみつめている高校生の姿がありました。

 この作文の時間に平行プログラムとして、初めてあるいは2度目の参加のスタッフ向けのサマーキャンプ基礎講座をしています。まず、一日、実際にキャンプを体験してもらい、2日目の朝に、初参加の人からの質問を受けて話しますが、結局は、キャンプを始めたいきさつ、キャンプが目指していることなどを話すことになります。

 今回は特に、28年の歴史について話しました。疑問や質問には、ベテランのスタッフも答えます。サマーキャンプ卒業生がスタッフとして参加した場合、キャンプの舞台裏を初めて知る機会になります。それぞれのプログラムに込められた僕たちの思いを直接聞くことになります。
サマキャン基礎講座
 午後は、子どもと保護者のプログラムが平行して進みます。

 まず子どもたちは、芝居の練習です。昨晩見たスタッフのお芝居を今度は、自分たちが上演します。
 以前は、すぐに誰が何の役をするのか決めて練習していたのですが、最近は、事前レッスンで受けたいくつかのエクササイズをしたり、全員でいろんな役をしてみたり、芝居に入る前にだいぶん遊べるようになってきました。これは、誰が誰に言っているせりふなのか、このせりふを聞いてどう思うか、など、ここで深めていくことが大切です。子どもたちからもどんどんアイデアが出てきます。芝居をそつなく完成させることが目的ではなく、そのプロセスを大切にしたいというスタッフの基本姿勢が一致しているため、どのグループも、笑いがあり、大いに楽しんでいるようでした。
 
 しかし、楽しいだけではなく、「自分の声」に向き合う時間でもあります。声が出ずに、時につらい体験をする場合もありますが、それは同じような体験を体験をしてきた仲間なので、支えることができるし、乗り越えていくことができます。懸命に自分の声、ことばに向き合う姿は、感動的です。
 「吃音とともに豊かに生きる」と主張すると、言語訓練は一切しない、ことばには触れないと誤解されていますが、僕たちが一番、言語訓練的なことを大切にしていると言えます。もちろん、「治す、改善する」ためのものではありませんが。

劇の練習1劇の練習2
 
 午後3時になると、子どもたちは、荒神山へのウォークラリーに出発するため、長袖に着替え、水筒を持って、玄関前に集まってきます。生活・演劇グループごとに少しずつ時間をずらして出発します。
 このウォークラリー、数年前から、高校生や何回も来ている子どもたちがリードするようになってきました。毎年登っているので、よく知っている子どもたちはリードすることができます。ここで、他者貢献を味わっているようです。頂上に着くと、琵琶湖がきれいに見えるそうです。そして、この3日間で唯一のおやつの時間です。このウォークラリーで生活・演劇グループの結束力が高まります。

 残念ながら、僕は、このウォークラリーに参加したことがありません。もう20回以上、荒神山自然の家を利用していますが、一度も登っていません。子どもたちがウォークラリーをしている間、僕は、保護者と一緒に親の学習会をしているのです。

 親の学習会については、次回紹介します。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2017/9/1