80歳での執筆挑戦の夢、花開く 小津安二郎の世界


 20年ほどずっと、年末年始の2週間、僕たちは厚生年金保養ホームに滞在していました。全国に4カ所ある厚生年金保養ホームのうち、島根県の玉造温泉と、大分県の湯布院温泉に毎年行っていました。それぞれに、心に残る出会いがあります。

 玉造温泉では、島根県のことばの教室の教師との出会いから、島根スタタリングフォーラムという、どもる子どもたちの吃音キャンプに結びつきました。それは、18年続いています。

 湯布院では、地元の人たちとの交流があっただけでなく、保養ホーム滞在者との交流も深いものがありました。食事のときの4人がけのテーブルは、滞在期間中、固定されていて、2組の夫妻で3食をともにします。1時間ほどおしゃべりをしながら食事をとりますが、特に親しくなった2組の夫婦がいます。

 一組は、当時はまだ山口大学農学部の教授だった早川誠而さん夫妻でした。同い年ということもあり、天文学や農業について、また社会の出来事について、時を立つのも忘れて話し込み、食堂の人から退室を促されたことがたびたびでした。いつも大笑いして話し込む、不思議な関係でした。その後、早川さんの福岡の自宅にお邪魔してごちそうになるなど、交流が続いています。
 昨年10月、大隅良典さんのノーベル賞受賞を伝えるテレビのニュースに、高校の化学部の仲間の一人として、その早川さんが出てきて話をしているのを見て、驚き、電話をしたものです。

 もう一組が半田明久夫妻です。半田さんは、元毎日放送福岡支局のディレクター、演出家で、東芝日曜劇場のドラマを監督していた人です。仕事柄、映画関係者や役者との関係も深く、初めて出会った日から、映画の話で盛り上がりました。僕が小学生の頃から映画が好きで、当時の洋画のほとんどを見ていたこと、日本映画も、特に有名な小津安二郎や溝口健二だけでなく、衣笠貞之助、五所平之助、内田叶夢などの監督の名前をよく覚えていることに驚き、古い映画の話ばかりしていました。

 さすがに自分がドラマの監督だったためか、このシーンのこのセリフはこうだったなど、リアルに覚えていて、再現してみせてくれました。とても楽しく、充実した食事時間を楽しみました。不思議なもので、その、半田さん夫妻と早川さん夫妻も別の時期に来ていて、食事のテーブルで一緒になり、仲良くなっていたのです。ある年の年末年始に3組が一緒になりました。3組6人で、僕たちの行きつけの食事処で食事をするなど、不思議なつきあいとなっていました。

 ある年、小津安二郎の映像美の話になり、「東京物語」が一番評判はいいが、「麦秋」が好きだとすすめられて、僕も再度DVDを買っていくつも見る中で、同感したものでした。あまりに、映像について半田さんが語るので、映像を視点にした本はないから、半田さんが書いたらどうかとすすめました。僕が何冊も本を書いて、書くことの楽しさ、苦しさ、喜びを知っての上でのすすめなので、「そんなに、すすめてもらえるなら、書いてみるかな」と言われました。「善は急げなので、少し書いて僕にも読ませて下さい」と、背中を押しました。すると、すごいです。半年後だったか、どっさりと書かれた原稿が送られてきました。

 僕なりに読んで、感想も書いて、少し提案もしながら、どのようにすれば出版できるかお伝えしました。僕の本のすべては出版社による編集会議を通っての、出版社の責任で出版しているものですが、自分で経費を負担する自費出版も最近多くなっている話をしました。まず、出版社に原稿を出して検討してもらい、それがだめなら、自費出版の道を探るのもひとつの方法です。それでも書店の店頭には並びます。

 その後、湯布院の保養ホームが閉鎖され、湯布院でお会いすることがなくなったのですが、今年の年賀状に、4月に出版することになったと書いてあり、その後、本を紹介する案内がきました。僕に下書きを送って下さったあと、資料も集めながら、昔の映画関係者の励ましを受けながら、出版までがんばってこられたのです。福岡市のカルチャーセンターで、「書」と「絵画」教室の講師を続ける多忙な生活の中から、まとめ上げられたことに深く敬意を表するとともに、とても勇気づけられました。僕もまた、3つのカテゴリーの本を出版したいと思っています。半田さんの出版は、僕に対する応援のメッセージだと受け止め、がんばる気持ちが強くなりました。

 映画に興味のある方、映像に関心がある方、小津安二郎監督が好きな方、是非お読み下さい。また、周りの人に紹介いただければ、書くことをそそのかした張本人としての責任を果たすことができます。考えもしなかったことでも、人に勧められて、動いてみると、こんなすてきなことが実現するのだと、とてもうれしい、豊かな気持ちになります。半田さんの本は、4月1日には、全国の書店に並ぶそうです。

湯布院での滞在中に、半田さんにお願いして、書いてもらった「書」と「似顔絵」も紹介します。「書」は、僕の大好きなことばです。こんなふうに生きたいと思っています。
 
 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/03/28



 『映像文化を志す人へ 小津安二郎の映像を読み解く』 半田明久著 文芸社


゜半田明久 本の表紙半田明久 著者のことば

 
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