大阪吃音教室 吃音基礎知識の続きです。
伊藤に出された質問
1.吃音と進化論
2.吃音は遺伝するのか
3.幸せに生きるには
4.相手によって喋りやすかったり喋りにくかったりするのはなぜか
5.なぜどもらない人は、どもる人を笑うのか
6.どもりは治るのか
7.男女比のなぞ
8.「環境調整」とは何ですか?
9.吃音を隠して生きる人、認めて生きる人の違いとは
8.環境調整
【参加者】
話し合いをしている時に、「環境調整」ということばが出てきました。環境調整とはいったい何でしょうか?
【伊藤】
環境調整とは、嫌なことばです。僕は、吃音の講義をしている大学や専門学校で「臨床家は、『環境調整』ということばを使わないようにしよう」と言っています。「幼児吃音の臨床は、環境調整である」と、国家試験には出るので、このことばを知っておく必要はありますが、僕は使いたくないです。
環境調整の基本的な考え方は、原因論として出された、ウェンデル・ジョンソンの診断起因説からきています。診断起因説とは、わかりやすく言うと、どもりは「子どもの口から始まるのではなく、母親の耳から始まる」という説です。子ども時代の誰にでも見られる、どもっているように聞こえる「非流暢性」を「どもり」だと診断することから、どもりが始まるというのです。ここから、どもりは母親が作ると言われた時代が長く続き、お母さんが責められたりしました。
また、ウェンデル・ジョンソンは、この大阪吃音教室でも学んでいる「言語関係図」も提案しました。どもる状態のX軸、聞き手の反応のY軸、本人の反応のZ軸の立方体をつくり、これが吃音の問題の箱だと考えます。これは、これまで吃音の問題は、どもる状態だけにあるとしていたことから大きな転換をはかる画期的な提案です。聞き手の反応をどもる子どもにとって良いものにしていこうとする考えそのものはいいのですが、それがあまりにも、強調されると弊害が出てきます。
「母親の態度、家族の態度が吃音に影響する。どもる子どもに、早く言うように言ったり、ことばで言わないまでも子どもがどもったら眉をひそめたりする環境が、子どもの吃音に影響するので、そういうことをしないでよい環境にしよう」というものです。具体的には言語聴覚士やことばの教室の教師が、家族にカウンセリングやガイダンスをして環境調整をしようとします。これは、環境があまり良くないから子どもがどもり続けているという前提に受け取られてしまいます。
しかし、僕が直接出会ってきた、また電話相談で話を聞くお母さんたちに、調整しないといけないような問題を抱えている家庭はほとんどありませんでした。むしろ環境調整しなきゃならないのは、こんなことばを作ったり、治そうとする吃音の専門家たち、「治そう、改善しよう」とする臨床家の方だろうと思います。
理想的な母親や父親、兄弟、姉妹関係の中で育ったとしてもどもる子どもはどもります。食べ物も与えられないような劣悪な環境にあったとしてもどもらない人はどもらない。
幼児期の吃音の母親指導の一番の眼目として「幼児の吃音は環境調整にある」と言われていますが、言語聴覚士やことばの教室の教師たちが保護者と面接しても「この保護者の、この家庭の環境のどこが悪いのだろう?」と困ることがあるようです。でも「何か問題があるのではないか」という環境調整の視点で探っていると、誰だって問題に気づき始めます。問題がありそうだという前提で、問題を探れば、子育ての中でもいらいらして、気が立ったりしてつい子どもを叱ったりすることもあるし、急がせたりすることもありますよね。そんなことを言ったらきりがない。
周りの環境も大切ですが、「環境調整」などと言う必要はないと僕は思います。それよりもずっと大切なのは、環境がどうであれ、子どもが生きる力をそだてることです。「レジリエンス」に僕たちは注目しています。
参考
『親、教師、言語聴覚士が使える 吃音ワークブック』(解放出版社)P.56 ワーク9言語関係図をつくろう
『吃音とともに豊かに生きる』 両親指導の手引き書41(NPO法人全国ことばを育む会)
伊藤に出された質問
1.吃音と進化論
2.吃音は遺伝するのか
3.幸せに生きるには
4.相手によって喋りやすかったり喋りにくかったりするのはなぜか
5.なぜどもらない人は、どもる人を笑うのか
6.どもりは治るのか
7.男女比のなぞ
8.「環境調整」とは何ですか?
9.吃音を隠して生きる人、認めて生きる人の違いとは
8.環境調整
【参加者】
話し合いをしている時に、「環境調整」ということばが出てきました。環境調整とはいったい何でしょうか?
【伊藤】
環境調整とは、嫌なことばです。僕は、吃音の講義をしている大学や専門学校で「臨床家は、『環境調整』ということばを使わないようにしよう」と言っています。「幼児吃音の臨床は、環境調整である」と、国家試験には出るので、このことばを知っておく必要はありますが、僕は使いたくないです。
環境調整の基本的な考え方は、原因論として出された、ウェンデル・ジョンソンの診断起因説からきています。診断起因説とは、わかりやすく言うと、どもりは「子どもの口から始まるのではなく、母親の耳から始まる」という説です。子ども時代の誰にでも見られる、どもっているように聞こえる「非流暢性」を「どもり」だと診断することから、どもりが始まるというのです。ここから、どもりは母親が作ると言われた時代が長く続き、お母さんが責められたりしました。
また、ウェンデル・ジョンソンは、この大阪吃音教室でも学んでいる「言語関係図」も提案しました。どもる状態のX軸、聞き手の反応のY軸、本人の反応のZ軸の立方体をつくり、これが吃音の問題の箱だと考えます。これは、これまで吃音の問題は、どもる状態だけにあるとしていたことから大きな転換をはかる画期的な提案です。聞き手の反応をどもる子どもにとって良いものにしていこうとする考えそのものはいいのですが、それがあまりにも、強調されると弊害が出てきます。
「母親の態度、家族の態度が吃音に影響する。どもる子どもに、早く言うように言ったり、ことばで言わないまでも子どもがどもったら眉をひそめたりする環境が、子どもの吃音に影響するので、そういうことをしないでよい環境にしよう」というものです。具体的には言語聴覚士やことばの教室の教師が、家族にカウンセリングやガイダンスをして環境調整をしようとします。これは、環境があまり良くないから子どもがどもり続けているという前提に受け取られてしまいます。
しかし、僕が直接出会ってきた、また電話相談で話を聞くお母さんたちに、調整しないといけないような問題を抱えている家庭はほとんどありませんでした。むしろ環境調整しなきゃならないのは、こんなことばを作ったり、治そうとする吃音の専門家たち、「治そう、改善しよう」とする臨床家の方だろうと思います。
理想的な母親や父親、兄弟、姉妹関係の中で育ったとしてもどもる子どもはどもります。食べ物も与えられないような劣悪な環境にあったとしてもどもらない人はどもらない。
幼児期の吃音の母親指導の一番の眼目として「幼児の吃音は環境調整にある」と言われていますが、言語聴覚士やことばの教室の教師たちが保護者と面接しても「この保護者の、この家庭の環境のどこが悪いのだろう?」と困ることがあるようです。でも「何か問題があるのではないか」という環境調整の視点で探っていると、誰だって問題に気づき始めます。問題がありそうだという前提で、問題を探れば、子育ての中でもいらいらして、気が立ったりしてつい子どもを叱ったりすることもあるし、急がせたりすることもありますよね。そんなことを言ったらきりがない。
周りの環境も大切ですが、「環境調整」などと言う必要はないと僕は思います。それよりもずっと大切なのは、環境がどうであれ、子どもが生きる力をそだてることです。「レジリエンス」に僕たちは注目しています。
参考
『親、教師、言語聴覚士が使える 吃音ワークブック』(解放出版社)P.56 ワーク9言語関係図をつくろう
『吃音とともに豊かに生きる』 両親指導の手引き書41(NPO法人全国ことばを育む会)