僕は国際吃音連盟の顧問理事をしていますが、今、国際吃音連盟が、これまでの「吃音の理解を広げよう」とした、理念を変えようとしています。
 世界から活動基金を集めやすいように、吃音の苦しみを前面に出し、「吃音の治療・改善」を、吃音研究者・臨床家に求めようとする内容です。

 2013の第10回オランダ大会で、「私はどもるけれど、それに何か問題がありますか?」の缶バッジをつけて、堂々とみんながどもっていた姿が、とても印象的でした。世界の多くの人と話す中で、「と゜もりは治らなかったが、楽しく、充実して生きている」との話をたくさん聞きました。なので、少なくとも、ヨーロッパの人たちは、僕たちの「吃音と共に豊に生きる」方向になっていると思っていました。だから、この唐突な国際吃音連盟理事会の提案に戸惑いました。

 そこで、理事会にこのような発信をしました。海外の人たちに少しでも伝わるようにと、英文では少し変えいますが、内容はこのようにものです。紹介します。

     提案  日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 1986年夏、私が大会会長として第一回世界大会を京都で開いた時、「研究者、臨床家、どもる人が、互いの研究、臨床、体験を尊重し、情報交換すべきだ」とする大会宣言を採択した。

 どもる人には、どもる人の役割がある。国際吃音連盟は、世界のどもる人のセルフヘルプグループのゆるやかなネットワークだ。セルフヘルプグループの活動の中で得た、知識や、生きるための工夫、つまり、「吃音と共に、サバイバルして生きる」ための情報交換の場だ。吃音の理解を広げ、どもる人が生活しやすくするための情報発信の場だ。さらに、セルフヘルプグループの活動を世界に広げる役割をもつ。

 もし、国際吃音連盟の基本の理念として、吃音は本来あってはならないものとして、「吃音治療・改善」を活動の中心に置くなら、それはセルフヘルプグループの活動ではなく、患者団体になってしまう。
 患者団体と位置づけるなら、どもる人は、常に援助されなければならない弱い存在として、吃音研究者・臨床家に、「吃音の原因究明や、治療・改善」を要請することになるだろう。
 セルフヘルプグループと位置づけるなら、専門家の支援を受けつつも、私が人生の主人公だとし、「吃音と共に生きる」ことを仲間と共に探り、実践していくことになる。

 100年以上の本格的な吃音研究・臨床が続けられながら、いまだに吃音の原因が解明できず、確実な治療法がない現在、私たちは、「吃音と共にいかに、サバイバルして生きるか」を追求し、そう生きているどもる人の存在を、世界に発信していく必要がある。日本吃音臨床研究会は、吃音がその人にマイナスの影響を与えているものは何で、それにどうすれば対処できるかを常に考えてきた。論理療法、交流分析、認知行動療法、マインドフルネス、アサーティヴトレーニング、ナラティヴ・アプローチが、吃音改善のための言語訓練より遙かに役に立ち、吃音と共に豊かに生きる、どもる子どもやどもる人が育った。

 今、精神医療・福祉の世界で「レジリエンス」への関心が高まり、研究・実践が広がっている。また、「リカバリー」の概念も広がり、「障害や病気が治らなくても、自分のかけがえのない人生を生きる」とする生き方が追求されている。そのような大きな流れの中で、なぜ、吃音だけが、かつての「脆弱性モデル」から抜け出られずに、「治療・改善」にとらわれるのか。私たちは、好むと好まざるに関わらず、すでに「吃音と共に生きている」。そこで得てきた生活の知恵や工夫を、当事者の立場から発信し、共有する時にきている。狭い意味での吃音治療から脱却すべきだ。

 国際吃音連盟が、その先頭に立ってほしいと切に願っている。

 1986年の第一回世界大会・大会宣言を紹介しておく。
             
 大会宣言
 話しことばによるコミュニケーションが欠かせない現代、吃音は人間を深く悩ませる大きな問題のひとつだと言える。また、吃音は人口の1%の発生率があり、これは国や民族の違いを越えてほぼ同率である。この世界の多くの人々が悩む吃音問題を解決しようと、様々な調査、研究、及び治療プログラムが世界各国で進められ、セルフ・ヘルプ・グループも多く発足した。しかし、長年にわたる調査、研究にもかかわらず、吃音の本態で不明な部分は多く、したがって全ての吃音児・者に100%有効な治療法はまだ確立されていない。吃音児・者は吃音にどう対処すればよいか、また臨床家はどのようにアプローチすればよいか悩んでいるのが現状である。
 一方、一般社会には「どもりは簡単に治るものだ」という安易な考えがあり、吃音児・者の真の悩みは知られていない。社会における吃音問題への理解の浅さが、吃音児・者本人にも影響を及ぼし、吃音問題解決に大きな障害となっている。

 このような吃音を取りまく厳しい状況の中で、吃音問題の解決を図ろうとするためには研究者、臨床家、吃音者がそれぞれの立場を尊重し、互いに情報交換することが不可欠である。互いの研究、臨床、体験に耳を傾けながらも相互批判を繰り返すという共同の歩みが実現してこそ、真の吃音問題解決に迫るものと思われる。

 ここで、研究、臨床上、考慮しなければならないことは、吃音は単に表出することばだけの問題ではなく、その人の人格形成や日常生活にまで大きく影響するということである。だからこそ、吃音問題解決は、吃音児・者の自己実現をめざす取り組みであり、吃音症状の改善、消失もその大きな枠の中に位置づけられるべきである。
 1986年8月、京都で行なわれた第一回吃音問題研究国際大会を機に、我々は世界各国の研究者、臨床家、吃音者に呼びかけ、吃音問題解決のための輪を広げることを宣言する。

 1986年8月11日 第一回吃音問題研究国際大会・京都大会

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015/05/08