どもりが、どもりとして認められる社会
 
 ナラティヴ・アプローチは吃音を考えるのに、極めて有効です。
 2014年秋、吃音ショートコースで「ナラティヴ・アプローチ」の講師として、僕たちに同行して下さった、ニュージーランド・カウンセラー協会員で日本臨床心理士の国重浩一さんが、「三日間一緒に過ごすというのはたいへん貴重な体験になるものだとつくづく感じている」と、ナラティヴ・アプローチが吃音に対してどのように取り組むことができるのかについて、日本吃音臨床研究会の月刊紙「スタタリング・ナウ」に書いて下さいました。

 その中で、私たちを取り巻くさまざまな常識とされる考え方が、私たちの考えかたや行動に大きな影響をあたえているとし、私たちに影響を与えているものを、ディスコースと呼び、特に、常識として、他の見方を許さない、「支配的なディスコース」が私たちを重圧をかけてくると書いて下さっています。

 支配的なディスコースは、専門家から語られることが多く、つい反論しづらくなります。このディスコースを僕は、社会通念と言って来ました。吃音の研究者が、「どもりは努力すれば治る」「どもっていたら、有意義な人生や、楽しい人生は送れない。少しでも吃音症状を軽減してあげなくてはいけない」などと発言したり、文章として書いているのを知るにつけ、僕たちは、この通念と長年戦ってきたのです。
 ナラティヴ・アプローチとは、そのような支配的なディスコースに反論するための考え方や手段を提供してくれるものなのです。
 吃音については第三者の国重さんが「スタタリング・ナウ」の4月号に書いて下さった文は、僕たちの考えてきたこととほぼ同じです。ということは、僕たちの考えてきたことは、ある意味普遍的なことだとだとうれしくなりました。
 

 1976年に僕は「吃音者宣言」の解説書のような本を出版しました。『吃音者宣言-言友会運動10年』(たいまつ社・1976年)です。そのプロローグとして、―吃音者宣言の目指すもの― として書いたものを紹介します。40年近く前にかいたものですが、僕は今も、まったく同じ考えです。長いですが紹介します。


 
どもりに悩み、不本意な生活を送ってきた私たち吃音者は、一気にその悩みを解消し、有意義な人生を送ることを夢見た。どもりを治したいと願った。その夢を、公的な相談機関がない中で、民間のどもり矯正所に託した。しかし、どもりは治ると宣伝するどもり矯正所で、私たちのどもりは治らなかった。そこで、私たちは長期にわたる努力ができる言友会をつくって、どもりを治そうとした。しかし、どもり矯正所が、どもりを治せなかったように、言友会10年の活動の中でも、どもりを治すことはできなかった。

 私たちは、どもりが「治っていないという」事実を直視する。一方、言友会の活動の中で、どもりつつも明るく生きる吃音者が育ったことを評価した。どもりを持ちながら、明るく生きる人が多くいる事実と、どもりが治っていない事実を前にしても、それでもなお、「どもりを治すことにこだわり続ける」のか、それとも、「治らなくてもどもりを持ったまま自分らしく生きることに確信を持つ」のかの選択を私たちは迫られた。

 私たちは後者の道を選んだ。治すことにとらわれ、治そうと努力すればする程悩みを深めた経験を持つ私たちは、治す努力を否定した。いつまでも、どもりにこだわり続け、そのことでエネルギーの大半を使ってしまい、人間として大切な日々の社会生活がおろそかになってしまうことを恐れたからである。

 どもりは隠そうと思えば隠し続けることができる。人間として当然すべき責務を放棄し、主張すべきことも発言せず、人生のあらゆる場面で消極的になっていれば、自分のどもりを隠し通すことはできる。どもることの苦しみから逃れるために、自分を殺し、相手に迷惑をかけても、「どもりだから仕方がない」と言い訳する甘えを私たちは持っていた。自分に甘え、社会に甘える姿勢が続き、逃げの人生を歩んできたのだった。

 どもっているのはあくまで仮の姿であり、近い将来どもりが治れば、一気に本来の自分をとり戻し、楽しい生活を送ることができる。「どもりさえ治れば」とますますどもりの殼に閉じこもっていった。そのような生活の中では、都合の悪いことが起これば、それを全てどもりのせいにしてきた。あれ程自分を苦しめたどもりが、逃げの人生の中では、自分を守るための隠れ蓑の役割を果してしまったのである。

 隠れ蓑を捨て、逃げの人生から脱皮するため、逃げている自分、甘えている自分を自覚することから私たちは始めた。逃げている自分を自覚し、意識的に生活の中で逃げない選択を続けていると、これまでできないと思っていたことが、思ったよりできる自分に気づいた。今までの甘えた、逃げた自分の生活態度を変えることは苦しい。またどもることに対する不安や恐れは一朝一夕に消えるものではない。不安を持ちながらも、頼りない自分を目覚しながらも、恥をかきつつ自分を出していくしかなかった。

 一方、私たちは、この吃音者の生き方を阻むものにも目を向けなければならない。それは、長いどもりの歴史の中で育まれてきた、一般社会のどもりに対する誤った通念である。「恥しい」「不自由」「みっともない」「小心」「神経質」などのイメージが社会にあり、「どもりは努力すれば治る」という考えも根強い。私たち吃音者が、どもりを持ったまま明るく生きることを、それらが著しく阻害している。私たちは、どもりが治った後の人生を夢みるのではなく、どもりを持ったままいかに生きるかを考える一方、このどもりに対する社会通念を変えていくことに取り組まなければならないと考えた。

 言友会は、10周年を記念した全国大会で、社会にも、自らにも、どもりを持ったままの生き方を確立することを宣言した。この吃音者の生き方を通して、どもりに対する社会通念を変えていこうとしているのである。
 どもりが、どもりとしてそのまま認められる社会の実現こそ、私たちの願いなのである。
 その道は遠くとも、行かねばならない。

 −『吃音者宣言』(たいまつ社)1966−


日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015/04/14