ことばの教室の仕事の翌日は、志の輔落語でした。 

 私は、つくづく遊び好きだと思います。何か仕事が入ると、その場所のいい場所、食べ物はいいものがないか探します。からだとことばのレッスンの「竹内敏晴さん」とはずいぶん違います。
 竹内さんが大阪によく来て下さるようになって、珍しく、四天王寺に案内してくれと言われました。そんなことはめったにないことで、いろんなところに出かけても仕事をして,とんぼ返りで遊びがないと、竹内さんはよく苦笑いをしておられました。私は、鵜の目鷹の目その仕事の前後に遊びをいれたいと探します。

 1月11日に神奈川県の秦野市に行きが決まって、さっそく、志の輔落語と吃音ワークシヨップを組んだのでした。
 親しくしていただいている笑い芸人「松元ヒロ」さんの話に、立川談志さんと志の輔さんの話が良く出てきます。それから、機会があれば志の輔を聞くようになりました。何度も東京に行きましたし、関西に来たときはできる限り行きます。志の輔さんのすばらしさは、多くの人が語っていますので、言う必要もないのですが、1時や2時間の話をひとりで、決してだれず、飽きさせず、集中して聞かせるところです。そして、常に現代の社会状況を、本演題の前の新作落語に入れるのが、すばらしい。新作のおもしろさはいつまでも残ります。

 昨年、ブログに書こうと思っていたのが、5月のピロティーホールの4日連続の公演の「中村仲蔵」です。
 もう時間が経ってしまい記憶が薄れてのですが、志の輔さんの新解釈にすごいと思いました。

 「一番下の地位から出発し、芝居修行を続けていた中村仲蔵が、やっと掴んだ主役級の立場「名題」に昇格するのですが、どんな大役がもらえるかと期待たのが、つまらない場面で、客が食事をする弁当幕と呼ばれる、忠臣蔵五段目の端役、定九郎でした。気落ちして上方修行に出るという仲蔵に女房が、あんたにしか出来ない定九郎を演じろと励まされ、衣装と見栄に工夫を重ね、斬新な定九郎を演じました。
 これまでに見たこともない斬新な、見事な演技に、観客は掛け声も忘れて静まりかえります。それをウケなかったと勘違いし、失敗したと、上方修行へと旅立つ途中で「昨日の定九郎を見たかい、素晴らしかった」との話を小耳に挟み、これを女房に伝えるために家に戻ります。親方に呼ばれ、昨日の芝居を褒められ、褒美に煙草入れをもらって家に戻り、女房に礼を言う。失敗したの、うまくいったのって、私しゃ煙に巻かれちまうよ。もらったのが煙草入れだ」

 落ちがこのようなものなのですが、志の輔さんは、新解釈で「声がかからないのが一番怖い」だったか、記憶が曖昧なのですが、役者にとって、沈黙が怖い」というような落ちだったように記憶しています。人が何を大切にするか、人と人との関わり、コミュニケーションの本質をとらえて見事だったと感じた記憶があります。記憶に生々しいときにブログに書けばよかったと悔やまれます。もう一度聞いて確かめたいものです。

 今回の演題は
 親の顔 質屋暦 百年目 でした。
 親の顔は、今の教育を風刺し、質屋歴は、民主党政権から自民党政権へ,ころころ変わり国民が振り回される世相を風刺し、それでも庶民・国民には対応する力があるとする、絶望しそうな私たちへの応援メッセージになつていました。そしても百年目。「中村仲蔵」と自分はもうだめだと思ったのが勘違いで、主人からほめられるという。この勘違いが、志の輔の真骨頂だと私は思います。
 落語の世界は、精一杯生きている人間が、たとえ失敗したと思っても、それは失敗ではなかったという、一発逆転の、おもしろさ、あたたかさがあります。前回報告した、14日に図らずも観ることになった歌舞伎「どもりの又平」にも通じるものです。

 豪華なお囃子にのって、三本締めで、今年一年のあわせを願う。新春ならではの、パルコ公演に、来年も必ずこようと思うのでした。落語には、人間の弱さを肯定し、笑い飛ばし、「人間、すてたものではない」と思わせてくれるものがあります。しかられ,店を追い出されると覚悟した番頭に、「おまえのすばらしさに気づけなかった自分を許してくれ、店をもたせるまでのしばらくの間、店に残ってくれと」頼む場面は、涙がぼろぼろこぼれました。
 落語で泣ける、数少ない落語家が、立川志の輔たど私は思っています。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2013/01/16