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 2月11日、私の故郷である三重県津市のことばの教室に行ってきました。どもる子どもや保護者、ことばの教室の教師たちと出会うためです。
 近鉄の「津新町」駅に少し早く着いたので、どこか喫茶店をと探しましたが、駅の周辺にはありません。以前はあったような気がしていたのですが。懐かしくて、駅の周辺を少し歩きました。19歳までいた町です。よく行って叱られた駅前の映画館はもうありません。

 9時30分から私の講演が始まり、保護者との話し合い、子どもとの話し合い、懇親会とすべての行事が終わって近鉄「津」駅を出発したのが、夜の8時でした。吃音にどっぷりつかった私の一日が終わり、近鉄特急のシートに深々と座ったとき、温かい、満ち足りた気持ちが広がりました。

 40人程度と聞いていたのが、65人も参加してくれました。津市の人だけでなく、四日市や松阪、鈴鹿などからも参加して下さったようです。自分の担当している子どもたちに私と出会わせたい、共に話をしてほしいという願いから始まったこの企画が、このように広がったこと、小島玉子さんたち、ことばの教室の先生方の熱意のたまものです。

 小学2年生の秋から吃音に悩み始め、つらい、苦しいことばかりで、楽しい思い出のひとつもない故郷の津市です。その苦悩の原因となった吃音について、講演し、保護者やどもる子ども、その子どもたちとつきあう、ことばの教室の教師と話すことができること、私にとっては本当にありがたく、うれしいことです。人と人との関係を切り離した吃音のおかげで、今、私は、たくさんの人と出会っている。不思議なことです。

 どもる子どもたちとの話し合いで、「せっかく、どもりになったのだからどもりを治したくない」という子がいました。その子は、私の書いた「どもる君へ いま伝えたいこと」(解放出版社)を読んでくれている子どもでした。ことばの教室の先生との吃音についての学習や、私の本を読むなどして、そのように考えるようになったのでしょうか。私が吃音に深く悩んだ吃音について、このように明るく話す子どもと出会って、長年吃音に取り組み続けてきてよかったと、心底思えました。
 その時の子どもたちとの話し合いの様子は、またブログで紹介したいと思います。

 その子どもの「せっかくどもりになったのだから」のことばの「せっかく」が頭から離れません。

 せっかく吃音に悩んだ当事者にとってできることは何でしょうか。悩んだから、「吃音を治し、改善しようね」と吃音治療を提案することでしょうか。悩んだけれど、今は楽しく生きています。

 吃音に悩みながらも、自分なりの人生を生きてきた私たちにできることは、吃音を治療することを求めたり、治そうと励ますことではなく、どもっていても、豊かな、楽しい人生を送ることができると、自分の体験をもとにして話していくことではないでしょうか。そうでなければ、せっかく吃音に悩んだ意味がありません。
 ところが、日本を、世界を見渡しても、吃音に悩んできた当事者で、相変わらず「吃音治療」の立場に立った発言を続けている人は少なくありません。いや、とても多いのです。それでは、自分の吃音人生を、失敗だったと言っていることに等しいのではないでしょうか。しかし、そのような人も、実際は、豊かに自分の人生を生きた人が多いのです。だから、私はとても不思議でならないのです。

 私は、吃音に深く悩み生きた21歳までの人生を、とてもいとおしく思うし、その後の吃音と共に楽しく生きた人生を誇りに思います。「どもりに悩んで本当に良かった」と心の底から思う私は、吃音と共に生きる人生を、トータルでは素晴らしいと考えているのです。

 このように考えてきたことを、今回も話してきました。そして、一所懸命書いてきた本が、少なからず多くの人に共感をもって受け止められていることを知りました。私の体験も役に立っていると実感できるのはとてもありがたいことです。近鉄特急の座席の中でずっと、今日一日を振り返っていました。
 日本吃音臨床研究会・会長 伊藤伸二 2012年2月12日
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