日本一落語家らしくない落語家


 10月3日 桂文福さんのお弟子さんの桂まめださんの10周年記念の独演会が、大阪天神橋の繁昌亭で開かれました。桂文福一門が温かい眼差しで、まめださんの10年を祝いました。ぎりぎりになってまめださんにキップの手配をお願いしましたがやすでに、売れ切れて、補助席もいっぱいで、立ち見席しかないと、恐縮されていました。せっかくの10周年、立ち見席でもいいとお祝いに駆けつけました。

 まめださんとは8年ほど前、まだ、桂文福さんのところに入門したてのころに会いました。私たちが主催して、桂文福さんの落語会をひらいた時、付き人としておられたように思います。おとなしい、無口でおよそ落語家としては、縁のない、ふさわしくないような人のように私の目にはうつりました。子どものころいじめに合い、人とつきあうのが怖くて、人とつきあうのがとても苦手な人のように思えました。
 それが、桂文福さんの人柄に惹かれて、入門したということでした。その後、私たちの吃音ショートコースに桂文福さんに来ていただき、落語をして頂いた時、前座のような形で、小話をしました。大変失礼な言い方ですが、高校や大学の落語研究会の人よりも、落語家らしくない話しぶりでした。
 およそ、落語家にはとても向いていない人を、弟子として引き受ける、文福さんもすごいし、やめずに続けるまめださんもすごいなあと常に思っていました。まめださんが高座初登場の時だったでしょうか、まめださんの落語を聞きました。「子褒め」だったとおもいますが、あまり上手とは言えません。それども精一杯演じる姿に、桂文福一門を応援している人達は、とても温かい、やじと、声援を送っていました。とても心温まる落語会でした。

 まめたさんから、独演会の案内をいただいた時、感慨深いものがありました。正直ここまで続けられるとはおもなかった。プロの落語家として本当にやっていけるのだろうか心配がありました。よく10年間続けて頑張ってこられたとことに、独演会をひらけるようになったことに心からの祝福を送るとともに、敬意をはらう気持ちになりました。おそらく、この日駆けつけた観客の多くは、ひやひやしながら、まめださんの成長を見守り、自分のこどものような気持ちで、温かい声援を送る、同志のようにこの場、繁昌亭にいたのでないでしょうか。

 
 弟弟子の落語の後、文福さん、そしてまめださんの「長短」がはじまりました。気の短い男と、気の長い男のやりとりがおもしろいのですが、気の長い男のときは、本領を発揮するものの、気の短い男では、本人が反省していたように迫力不足でした。それでも、一生懸命語る姿に、みんな満足で大きな声援を送っていました。

 その後、師匠との対談がありましたが、無口なまめださんですから、まさにさきほどの演題、「長短」の再現のような対談でした。話ははずみません。その時、メッセージが流れました。まめださんにやさしく語りかける女性の声です。

 「まめださん、あなたが私の家に初めて入門したいと尋ねてきた時は・・・で始まり、いろんなエビソードを紹介しながら、250人の上方落語家の中で、一番無口なあなたが、ここまで、頑張ってこれたことが嬉しい。家族みんなで見守ってます」
 という、桂文福さんのご夫人の、弟子を思う温かい、温かいメッセージでした。
 
 入門したてのころから知っているだけに、いろんなエピソードが目に浮かぶように鮮やかに感じられます。その話を聞きながら、まめださんの精一杯のがんばり、文福一家の温かさに、涙がぽろぽろこぼれました。落語会で涙を流した初めての経験でした。

 落語は。決して上手いとは言えませんが、10年の修行の成果は十分に感じられます。落語の世界に、まめださんのような、およそ落語家らしくない、おとなしい、優しい、無口な、誠実な人がいた方がいい。いつまでも、自分らしい落語家でいて欲しい。吃る私たちと同じ匂いの、同じ空気の人が、落語の世界に居続けて下さることが、私たちにはとても大きな励みになります。

 20周年の独演会で、まめださんに出会えることが今からとても楽しみです。
 独演会が終わって、ひとりひとりと挨拶を交わしています。桂文福ご夫妻も、まめださんも、私たち吃る仲間が応援にきたことを喜んで下さいました。
 まめださんは、吃る人ではありませんが、私たちの仲間のように私にはおもえるのです。
 温かい、とてもいい場に居合わせてもらった。来て良かった。幸せな気持ちで、一緒に行った仲間と、帰路についたのでした。


 2010年10月4日
        日本吃音臨床研究会 伊藤伸二